ラウジ街.5
ヘルマンの家に行く。ヘルマンはジアンを起こした。
ジアンの目から頭部まである火傷痕は、私が目を背けたくなる程、酷かった。よほど痛い思いをしたはずだ。
ヘルマンがジアンに話す。
「治せるか分からないけど、やる価値はある」
ジアンは、
「対価は?お金無いじゃない」
と言った。ヘルマンは私を見る。
「対価は後で考えるわ。絶対に内緒にしてね」
ヘルマンもジアンもしっかりと返事を返す。ジアンを横に寝かす。
エバーが耳元で言う。痛みを思い出して、と。私はうなづく。ホントに軽くだぞ。うたた寝程度で充分だからな。とエバーの声にうなづく。
「闇の精霊よ我が元へ集群しジアン・ホールスクの魂を疲労に於いて就眠させよ」
私は唱えた。ヘルマンは闇という言葉を聞き不安な顔をするも、私は眠ってもらうだけだから。と手で制した。
私の手は痛みを思い出した事ですでに震えていた。震えを止めようとしても止まらないが、ジアンは眠りについた。
「これで私が魔法使えるの分かったでしょ。ジアンと二人きりにして」
と声の震えを抑えながら私はヘルマンを部屋から追い出す。
「火傷だから皮膚と眼の表面だけ治せば見えるはずだ。皮膚と眼が元に戻る心像を強く想って。そしてもっと痛みを思い出さないとせっかく覚えた記憶まで無くなる可能性がある」
エバーの言葉。私は大きく深呼吸をし、剥がれた何個もの爪が落ちてる地面を思い出す。そしてジアンの火傷の無い顔を思い浮かべる。綺麗な目を思い浮かべる。そして治癒の呪文を唱えた。
私は吐き気を堪えた。魔法を使った事でなく、あの痛みを思い出したため。爪先をほんの少しでも動かしただけで全身に激痛が走ったあの痛み。
「呼吸しっかり」
エバーに言われて息をする事を忘れていた。私は大きく息を吸った。
「記憶はどう?」
私は過去を思い返す。
「大丈夫みたい」
「痛みの記憶は?」
「もう思い出したくない。むしろ鮮明になったみたい。強く思い出し過ぎたかしら?」
「そうみたいね。よほど痛かったみたいだね」
「殺して欲しかったわ」
何回か深く深呼吸すると手の震えもなくなり、落ち着いた。私はジアンを見る。火傷痕がどんどん治ってく。髪の毛は生えないが、皮膚が火傷してない肌と同じになりつつある。あとは目が見えれば問題ない。
「魔法って凄いのね」
フレイは言った。
「その代わり対価も大きいからね。 普通なら五十年分の記憶が無くなるよ」
「なんで私は平気なのかしら?」
「それだけの痛みを記憶したからかな?それか一回記憶を失ったから耐性ができたか?傷を負う程の強い記憶だったかもしれない。俺の身体が入ってるのも影響あるのかも」
エバーの話を聞いてる間にジアンの火傷痕は完全に他の肌と遜色ない肌になった。
「ジアンが目覚めるまでこのままで。ヘルマンを呼んでも大丈夫」
エバーの言葉に私はヘルマンを呼んだ。ヘルマンはジアンの綺麗になった肌を見て涙を浮かべて喜んだ。
「フレイは大丈夫なのか?」
ヘルマンは私の対価である記憶の消失を心配する。私は記憶をもう一度掘り返す。多分、何も失っていない。
「大丈夫みたい。ジアンが目覚めるまでこのままで」
私はエバーの言葉をそのまま言った。
会話はそれ以上無かった。ヘルマンはジアンのそばにいて寝顔から目を逸らさない。
私はエバーから魔法の話か何か違う話を聞きたかった。でないとあの痛みを思い出してしまいそうだった。
「私、少し外に居るね」
ヘルマンに声をかけて部屋から出る。
私はエバーに話しかける。
「ねぇ、魔法の話をもっと聞かせて」
「言っておくけど魔法はいざという時以外は使うな。いったん魔法を使うとあまりの便利さ手軽さにもっと使ってしまう。まだ大丈夫。まだ大丈夫。ってね。そして記憶を失うんだ」
どこかで聞いた事のある言葉だったが、私はうなづく。
記憶を失う事。確かに私が記憶が失ってる時は大変だったらしい。私の覚えてる古い記憶は、エバーの、足を前へ動かせ。の言葉だった。それ以前の記憶は全く無い。
食べ物や水を飲み込む事すら分からない私にエバーは喉奥まで食べ物を押し込んだらしい。痒い箇所をかく行為を知らないで怒りに暴れたらしい。
エバーには感謝しかない。何よりも自分の身体をくれて私を強くしてくれた。それにいつもエバーは冷静で客観視して正しい。
魔法は使わない。魔法を使わなくても私は強い。私はそう思ってる。
エバーに、ありがとう。と言った。
エバーは、急にどうした?と言う。
私はあいまいに首を振る。なんとなくそんな気持ちになったの。とだけ答えた。
ヘルマンは外に来ない。おそらくジアンが目覚めるまでそばにいるつもりだろう。そういう私も、眠気はあまりない。やることがなくて眠りにつくけど、何日でも起きていられる気がする。
エバーは寝ない。最初は信じられなかった。動かない時が多いけど、私が起きればすぐ動くし、夜中に声をかけても眠たい声ではない。
ご飯も水も必要ない。スライムは自分を食べる種族と言ってた。実際に、大ナメクジは自分の分身でもある子供を食べ、子供は親の胎盤を食べるらしい。だから自分で自分を食べる生き物もいておかしくはない。
エバーが普段何を考えてるか分からない。ただ世界を人間だけの世界にして混沌を少なくしたい。平和にしたい。それは分かる。私はそれを手伝う。協力は惜しまない。だって私の中にエバーがいるし、私には他にやる事がない。
そんな事を眠くない真夜中の時間に考えてる。そして分からくなると横になり身体の為に寝ようと眠りにつく。
空を見上げる。真っ暗な空が白んでくる。もう少しで朝日が出てくる。
街の朝は初めてだった。少し通りを歩く。店は閉まっていて、人が一人も居ない通路。昼間はあんなにたくさんの人が行き来する通路なのに。何故か不思議な光景と思った。時間が違うだけでこんなにも変わる事が。
少なくともヘルマンは起きてるはず。見張りの兵士も起きてる。私の記憶を奪った悪い魔法使いは起きてるのか?今の私なら勝てるのか?魔法使いだって必ず死ぬ。不死身な動物はエバーだけ。でもエバーは最後には消えると言っていた。
真夜中の時間は好きだった。思考を思いつくままに、次から次へと垂れ流しできる。そして正解を求めなくてよい時間。エバーは、真夜中は神秘的な生き物の為の時間だと言ったのを思い出す。
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