ラウジ街.3
ヘルマンは冷たい目をしながらゴッツという男を立たせ、ゴッツのヒザの汚れを手で拭き取った。
「ゴッツ、何度も言ってるだろ?お前は大きくて強い。なのに何故いつもいつもその強い力を弱い相手に使うんだ?」
ゴッツは下を向く。
「まさか女を怖がってるのか?」
ヘルマンは下を向いてるゴッツを下から覗き睨む。私には一瞥もくれず無関心だった。私はそっと下がり野次馬の中に隠れようとした。
「フレイちゃん」
ヘルマンは私を呼んだ。
「ここにはここの規則があるんだ。フレイちゃんの規則でここが回ってるわけじゃないんだ」
「知らなかった」
私は思ったままを口にする。
「それも通用しないんだよね。ここでは」
ヘルマンは笑って言った。怒ってるとは思うが、笑顔は昨日見せた笑顔と同じだった。降りて来たサリーを私は見る。サリーの顔に怖がってる気持ちが出ていた。
「ヘルマンも悪い人なのね」
私は言った。
「悪いかどうかの判断は誰が決めるんだい?僕はね、仕事が無くて困ってる女の子達にお金を稼がせてるんだよ。親切心からね。それが悪い事なら、親切は悪い事になる。フレイちゃんはサリーの為に親切にしたんだろ?ならフレイちゃんは悪い事をしたんだなぁ」
ヘルマンは私の肩を掴もうとした。私は半歩下がって肩を掴ませなかった。ヘルマンの片手は宙に置き去りになる。ヘルマンは手を出したまま下を向いて笑う。
そしてすぐにもう一度私を掴もうとした。私はまた彼の手が届かないよう一歩下がる。触らせない。
「ガキかと思ってたが、もう許さねぇ。おい」
ヘルマンの声に五、六人の男達が野次馬を乱暴にどかしながら前に出て私を囲った。
エバーは動かない。私は戦っていいのか分からない。どうする?悩む暇もなく、私は思い切り息を吸って、大きな悲鳴をあげた。囲ってる男達もヘルマンも耳を塞ぐのが分かる。もう少し声の大きさを上げた。
私と男達の周りにいた野次馬もサリーも耳を塞ぐ。
ヘルマンが耳を抑えながら何かを言ってるが、片膝をついてうずくまった。更に大きな悲鳴をあげる。何かが割れた音が何個か聞こえる。
まだ大きな声をあげられるが、息が切れて私は口を閉じた。全ての人がうずくまっていた。エバーがいつの間にか肩から落ちていた。
私は大きく息を吸って、うずくまってるヘルマンに、「なんか言った?」と声をかけた。が、ヘルマンは両耳を抑えうずくまったまま。仕方なく、エバーとフードを持ち直してこの場を去った。
エバーが「最悪の行動だったよ」と言った。
「だってどうしていいか何にも思いつかなかったんだもの」
と言い訳した。
「とりあえず叫ぶの禁止ね。俺も危なかったよ」
「へー、エバーでもうるさかったの?」
私はニヤニヤと笑った。
「フレイにはまだ難しいから細かい事は言わないけど、俺の身体は小さなたくさんの命で出来てるんだ。大きな音を出すと小さいから逃げ出すんだよ」
「大きいのに?」
「だから、たくさんの命が固まってるんだよ」
「変なの」
私は分からなかった。変だとしか思えなかった。
「まだ難しいか。とにかく絶対に大きな声を出さない。とくにカン高い声はね」
「分かったわ。ごめんなさい」
私は謝った。エバーに迷惑かかる事はしたくない。
エバーは、宿替えどころか明日に街を出ようと言った。
宿屋から出て、お化粧の道具を買って、顔の色を濃く、目の下と眉を少し黒筆で太く塗った。髪の毛をまとめて後ろで縛る。首巻きを口まであげてフードを深くかぶった。これで男の子に見えるはずだ。
エバーはフードに潜って、耳の後ろで言った。
「お城の近くに行くよ。俺が話すからフレイは答えを聞けたらお礼のお金を渡して」
私はうなづく。近くの商人に、エバーが声をかける。
「お城はどこですか?ここから遠い?」
「あそこだよ。今は見えないけど夏になればかすかに塔が見えるんだ」
と商人は指差した。私はお金を渡した。
「まいど。どれが欲しいんだい?」
商人はお金を受け取って言った。私は首を振って歩き始めた。
「お金渡さなくてよかったんだよ」
「教えてもらったらお金払うって言ったじゃない」
「あんな簡単な答えに対価は必要なかったんだ」
「だったら最初から言ってよ」
私は、どうにも解せなかった。
「銀貨渡したのか」
「金貨は辞めといたわ」
「当たり前だよ。銅貨一枚の対価もなかったよ」
「怒らないでよ。次から、」
「右の路地に曲がって、後ろからついて来てる」
エバーが私の言葉を遮って言う。私は黙って路地に入る。
後ろから走って来る音が聞こえてる。壁にぶつかった音と誰かが倒れる音。エバーがやった。
「二人だったの?」
私は振り返らずに歩きながら言った。エバーは、
「ヘルマンの仲間だろ。やっぱり探すよねぇ。まだ何人か後をついてるね。ヘルマンのヤツ、意外と仲間持ってるなぁ」
と緊張感なく言った。
「どうするの?」
「城に行くから大丈夫。下手な事は出来なくなる」
城が見え始める。道行く人の中に軽微な鎧をつけた人や、同じ服を来た人が多くなる。
同じ服の事を制服というんだ。皆、国や王様に仕えてる人。兵士や騎士と言う。兵士や騎士には色々な種類や階級がある。とエバーが耳元で教えてくれた。
三人の兵士が地面に酔っ払って寝ている爺さんに声をかけてた。
「イアン爺さん、ここで寝たらダメだよ。イアン爺さんでも連れていかなきゃならんからな」
一人の兵士が声をかけるも爺さんは寝たまま。兵士は爺さんを抱き抱えると、近くの酒場の前の椅子に座らせた。
もう一人の兵士が爺さんの寝ていた所から杖を取って爺さんに握らせた。
「イアン爺さんは昔、クワガ王の側近だったんだぜ」
「でも、あぁなっちゃあなぁ。怪我だけはしないようにしないとな」
兵士は周りを気にせず話しながら城へ向かった。
「酒を買って」
エバーの言葉に私は酒を買う。エバーのやりたい事が分かったので、イアン爺さんの前に行く。
「イアン爺さん」
エバーが声をかける。爺さんは半分、目を開ける。私は酒を差し出す。爺さんは目を覚ます。
「なんじゃ?」
「僕の父さん覚えてますか?イアン爺さんと一緒に魔物討伐に行ったはずなんです。父さんからイアン爺さんの話を色々聞いて育ったんです」
エバーが言う。
「討伐なら何十回も行ったからなぁ。父さんは元気か?」
「いえ、魔物にやられて亡くなりました。父さんの事をもっと知りたくて。だから父さんがよく話してたイアン爺さんに会いに来たんです。僕も大きくなったら騎士になりたいんです」
「おー。偉いのぅ。ワシで良かったらいくらでも教えてやるぞ」
「ありがとうございます。ここだと邪魔が入ると嫌なのでどこか…」
「ならワシの家へ来るかの。ワシ一人だから余計な気を使わなくていいしな」
「父さんがお世話になったからこれを渡してくれと言われました」
エバーが私の首筋をつつく。私は宝石をあげた。なんか可哀想だった。
エバーの動きがなかったから正解かな。と思った。
「こんな高価なの受け取る覚えはないぞ」
「いえ、父さんもお世話になったし、僕も今後お世話になるかもしれませんので」
エバーは答えた。私はイアン爺さんの肩を持つ。
「すぐそこじゃ」
イアン爺さんの家は近かった。私は爺さんを座らせて酒とコップを目の前に置いた。エバーが色々と質問し、イアン爺さんが答える。私はコップが空になったら酒を注いだ。
人間の国は兄弟二人が統率している。ザメリカ国とドシア国。兄のレギウス王がザメリカ国を。弟のタランドゥス王がドシア国を。
私は爺さんの答えた言葉や人の名を記憶に入れる。
兄のレギウスは金儲けが上手くて戦略家。慎重だがそれが政策に上手く適してる。
弟のタランドゥスは、武力に長け討伐をよくするので、市民の受けはいい。政策はレギウスをソックリ真似てる。弟は兄を認めてる事。二人の良さが一つになればいい。
私は爺さんの話す内容を頭の中でまとめる。
ドシア国のタランドゥスは、世界各国から勇敢な戦士をかき集めている。模擬戦を定期的に行い、勝者に二つ名を付けるのがタランドゥスの楽しみの一つ。
今度の討伐はいつか?とエバーは聞くも爺さんは寝入ってしまった。
「討伐の時に恩が売れそうだな」
エバーは私に言った。
私は爺さんの家から出て城の近くにいる兵士に、次の討伐はいつなのか?どこでやるのか?まだ募集してるかをエバーが尋ねた。
「子供は無理だよ」
と言われるが、
「兄に聞いて来いと言われて」
エバーが言った。兵士が笑って返す。
「弟はいつも使いっ走りだよな。俺もそうだったよ」
私は笑みを顔に浮かべる。
兵士は一枚の紙をくれた。討伐募集の紙だった。
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