第11話 武器は重く、勇者はリーダーになれない

 ザビエル暦四月第一週二日目。この日から本格的な授業が始まった。

 勇者の基本装備として、一人一本ずつ真っ直ぐな剣が配られた。

 その名もナマケモノの剣という。なるほど、剣といっても、刃が付いていない。金属を型に流し込んだだけの、紛い物だ。

「アミーゴスにお配りしたのは、勇者の基本装備デス。全ての勇者は、ここから始めマス。ワタシも剣を相棒に生きてきましたが、ハジマリはこの剣でした」

 担任のマタドール先生が説明してくれた。要するに、初心者の練習用みたいなものか。

 学園の演習場に出て、剣の扱い方を学ぶ。そこでマタドール先生が、大変な熱血教師だということがわかった。

「いいディアスか?剣は、オ、レ!オ、レ!オ、レ!と振りマス。腰が大事ナノデス、腰が。オ、だけでは少し突っついたダケデス。腰を入れて、オ、レ!オ、レ!って振るデスヨ」

 クラスには女性の勇者もいるのだが、そんなことは御構い無しに、オ、レ!オ、レ!と、僕らに見せつけるように腰をフリフリさせる。熱のこもった指導で、僕らはみっちりと剣術の基礎を学ばされた。

 しかし、このナマケモノの剣とやら。とにかく重い。

 両手で持って丁度いいと思うのだが、持ち手が短くて片手でしか持てない。

 仕方なく左手を添えるのだが、それでもフラフラとしか振れない。まるで鉄アレイを振っているみたいである。

 それなのにマタドール先生は、毛むくじゃらの太い腕で、オ、レ!オ、レ!と振っていた。

 凄いなあ。流石にこの学園のレジェンド勇者だけのことはある。

「みんな情け無いデス。あと素振り500回するデス。腰を入れて、オ、レ!オ、レ!オ、レ!これがマタドール式オレ流デス。そ〜れ、オ、レ!オ、レ!オ、レ!」

 うへええええ。

 とてもじゃないが付いていけず、みんな途中で根を上げた。

「せ、先生!切れない剣を振って何の意味があるんですか!?僕は附属の出身なんです。ナマケモノの剣よりももっと軽くて強い、いい武器を持っています。せめてそっちを振らせてください」

 クラス委員らしく玉音銀次郎たまねぎんじろうがみんなを救うようなことを訴えたかと思いきや、自分だけが楽をしようという魂胆が丸見えである。

「それはいけまアセンシオ。ナマケモノの剣を振れるようになることは、戦いの基本中の基本ナノデス。付け焼刃の技術では、いざというときに役に立ちません。ワタシは皆さんに、目先のレベルアップに囚われず、本物の冒険力を身に付けて欲しいのデス」

 にべなく却下された。いい気味である。

 一人、独出進ひとりですすむ君だけが、額に脂汗を垂らしながら、黙々と剣を振り続けていた。

 根性あるなぁ。


「あ〜、肩が抜けそう」

 ヘトヘトになりながらも、授業が終わってネズミ君たちと約束していたダンジョンの入り口に向かう。

 お昼は購買部のパンで済ませた。僕は貨幣経済に慣れつつある。ちなみに学園の購買部には、ちんぶり商店という名前が付いている。ちんぶりかえると言うと静岡弁で、ふてくされるとか、拗ねるという意味であるそうだ。

「お待たせ」

 ダンジョンの入り口には、既にネズミ君が待っていた。

「遅えよ」

 いや、ちょうど14時なんだけど。ネズミ君はせっかちだな。

「これ貰ったんだ」

 と、ナマケモノの剣を見せる。

「ああ。勇者はみんな最初それだよ」

「ネズミ君は何貰ったの?」

「うん?盗賊科は普通は十徳ナイフだけなんだけどな、附属出身の奴は卒業記念にこいつを貰えるからさ」

 と、凝った装飾が付いた刃渡り15センチぐらいの綺麗なナイフを見せてくれた。

「洗礼の短刀っていってさ。ゾンビとか、アンデッドモンスターに効果のある、聖なる武器なんだぜ」

 玉音銀次郎が言っていたのはこれのことだろうか?

「お待たせ〜」

 そこに、鉄子と妙子が到着した。

「遅えよ。時間過ぎてるら」

「支度が色々とあるんだからしょうがないじゃない」

 そう言った鉄子の格好は、今日もロングのスカートにセーラー服である。肩に竹竿を担いでいた。

「セーラー服は女の戦闘服よ」

 そ、そういうものなのか?

「それより信じられる?戦士の初期装備、これなんだって」

 ブンブンと、不満そうに竹竿を振ってみせた。

 武器というより、洗濯物を干すやつだな、これは。真新しいせいか、振るたびに青竹のいい香りがして癒される。

 一方の妙子は、有名なモノグラムの付いた大きめのトートバッグを肩からかけて、胸にはやっぱりゲンちゃんを抱いていた。

 とても今からダンジョンに潜る人のようには見えない。

「妙子さんは何を貰ったの?」

「わ、私は、ねこでんねんを頂きました」

 みんなで、へ?という顔になる。ねこでんねんって、なんだ?

「ゲンちゃんの大好物なんです」

 カバンの中からゴソゴソと取り出した袋には、ねこでんねんマグロ味と書いてあった。固形のキャットフードのようである。やっぱりこの猫、幻獣じゃないな。

「それよか、みんな何だよ、そのカッコ。遊びに行くんじゃないんだぜ」

 ネズミ君はカーキ色のリュックサックを背負っていた。

 よく考えてみたら、ダンジョンに潜るんだから、それ相応の装備が必要だ。

 僕も武器は持ってきたけど、後はブレザーの内ポケットに学生証があるだけで、財布すら持っていない。

「ま、いいや。後で俺がレクチャーしてやる。ダベってないで、とっとと行くら」

 どうやらこのパーティのリーダーはネズミ君らしい。普通は勇者なんだろうけど、まあ、彼は附属出身だし、最初のうちはしょうがないか。

 僕らは階段を下りて、ダンジョン内部に入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る