第6話 勇者は自由を感じ、ネクタイは結ばれる

「ふう」

 やがてバスは学園に到着し、慌しく入寮手続きを終えた僕は、自分の部屋に入って一息ついた。

 六畳一間の個室は、今まで家族三人で暮らしていた物置小屋よりも広々としている。

 寮の部屋は、一つ一つに立派な勉強机とベッドが付いていた。

 風呂と洗面所は共用だが、多摩川とは比べ物にならない。

 生まれて初めてベッドに腰掛け、部屋の中を見渡してみる。

 静かだ。

 田舎に来ているというのもあるが、人工的な騒音というものがない。

 自由、なのかな。

 生まれて初めて味わう解放感。

 仰向けにベッドに寝そべって、うーん、と伸びをしてみる。

 今日からここに寝るのか。

 それが現実のものとは思えなくて、僕は奇妙な遊離感に襲われた。

 あ、そうそう。いつまでも中学校の学ランを着ているわけにはいかない。

 さっき貰った学園の制服に着替えよう。

 なんか、ゲームのコスプレみたいな格好をさせられたらどうしようかと思っていたが、意外にもまともなブレザーだった。

 男子生徒は白シャツに青のブレザーが、私立ファンタジア学園の制服である。下はミディアムグレーのグレンチェックのスラックス。ズボンにも、青い糸が織り込んであって、統一感がある。ネクタイは、濃紺に水色が入った、オーソドックスなレジメンタルタイだ。

 靴は指定がないから、履き潰して色が濃いグレーになった白いスニーカーのままだ。

 ブレザーの胸ポケットに、勇者科である印の、盾の形をした小さなバッジを付けた。

 廊下の突き当たりにあるトイレに行って、自分の姿を鏡に写してみる。

 ほおおおおお。

 馬子にも衣装とは、良く言ったものだ、と決まりきった感想を用意していたのだが、何の感慨も湧かなかった。

 ファッションに関する知識がゼロなものだから、そもそも似合っているかどうかすら分からない。

 ま、現実はこんなものだ。

 ちょっと期待した自分がいたのが馬鹿馬鹿しい。

 僕の目的は異世界に行くことなんだから。

 楽しい学園生活なんてのは、それこそ僕にとっては遠い異世界の出来事なんだ。

 その日は売店に行き、パンの耳を買っただけで、後は部屋に籠って過ごすことにした。

 学生食堂も営業していたけど、バス内の様子を考えると、使う気にはなれなかった。それにお金も節約しなくては。

 それにしても。

 あ〜、緊張した!ロクに買い物なんかしたことないから。

 小銭を出す手は震えるし、お釣りは落としちゃうし。

 貨幣経済デビューしたばかりの奈良時代の人って、こんな感じだったんだろうなあ。

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