第3話 勇者は誕生し、猫は喧嘩する
ここで僕の生い立ちを話しておこう。
僕は15年前、東京は大田区の町工場が立ち並ぶ地域の、多摩川沿いにある物置小屋で生を受けた。
物置小屋というのは比喩的な表現ではなく、正真正銘本物の物置小屋である。
超貧乏だった僕の両親は、住む家がないため、親戚が経営している工場敷地内にあった物置小屋に、勝手に住み着いたのである。
母親は産気づいても病院には行かず、野良猫に見守られながら僕を産んだ。
馬小屋で生まれたイエスの下には、東方より三賢人が祝福に訪れた。
一方、物置小屋で生を受けた僕は、生まれて3秒で両親から疎まれた。
子供は金がかかる。
一応、世の中には3秒ルールというものがあるらしいので、親は3秒だけは子供を愛さなくてはいけないが、そこから先は金次第である。
ウチには金がない。
両親ともにできるだけ働かないようにして生きていくことを人生のテーマとしているのだから、当然のことだ。
だから肉体年齢3秒にして、僕は両親の呪いを一身に受けたのである。
僕が最初に覚えた言葉は、「お前を産むつもりはなかった」だったらしい。
次に覚えた言葉は、「パパは酔っ払っていたんだ」だったという。
しかし養育義務がある。義務教育だけは、卒業させなくてはいけない。
思案を巡らせた結果、両親は、とある計画を立てた。
中学を卒業させると同時に、我が子を異世界に送り込むのである。
これなら法に触れることなく、厄介払いできる。思慮深さというものが子供用プールぐらいしかない彼らには、名案と言えた。
高校は、全寮制の私立ファンタジア学園に入れる。
この世界で唯一、異世界を救う冒険者を養成するための特殊な学校だ。
断っておくが、世界というのは、僕たちが今住んでいる世界だけがあるのではない。
この世界の他にも、無数の世界がある。それらの世界を総称して、異世界という。
その数は無限と思えるほど膨大にあり、多くの場合、科学的には遅れている。中世ヨーロッパ並みの水準に留まっていることがほとんどだ。
その代わり、魔法というものが発達していて、魔法使いと呼ばれる人たちが存在している。
そう聞くと、まるでおとぎ話のようだが、事はそう単純ではない。
どの異世界にも、必ずと言っていいほど、世界制服を企む、闇の大魔王が現れ、配下のモンスターを操って人々を苦しめているのだ。
時々、大抵の場合は日本に住んでいる少年か少女が、ひょんな拍子に無理矢理召喚されて、救世主となって異世界を救うことがある。
だが、闇の大魔王は倒しても倒しても現れるし、長い冒険の末にやっとこさ大魔王を倒したと思ったら、さらに強い大魔王が裏に隠れていたなんてことも日常茶飯事である。
異世界というのはいつも何かしら問題を抱えていないと気が済まないものなのだ。
まるで定期的に国民に不祥事の話題を提供してくれる日本相撲協会のように。
そこで生まれたのが、富士山の麓にある世界初の全寮制の冒険者養成機関である、私立ファンタジア学園なのだ。
その歴史は古く、1974年に創立されている。
世界初の、ろーる、ぷれいんぐ、ちょっとよく分からないが、なんとかというものがその年に誕生したとかなんとかかんとか。要するに、なんか異世界関連のものがその年に出来たのだろう。それをきっかけにして、学園も誕生した。
その経営は全て異世界からぶんどってきた金銀財宝や、OBや生徒の親からの寄付金によって賄われるため、私立ファンタジア学園の生徒たちは全額学費を免除され、一人ずつ寮の部屋が割り当てられる。
生徒たちは、その代わり異世界に行き、火を吹くドラゴンや氷の魔法を操る魔法使い、巨石で造られたゴーレムらと命懸けの死闘を繰り広げ、三回攻撃四回攻撃当たり前の闇の大魔王を倒して、異世界に平和を取り戻さなくてはならない。
そこで命を落としても、完全に自己責任である。
そして一つの異世界をクリアしても、すぐにまた次の異世界が待っている。
どうして僕らはこんなに異世界ジャンキーなんだろう。
まあ、それはさておき、僕を私立ファンタジア学園に送り込んでしまえば、両親としては体良く厄介払いができる。異世界の人にも喜ばれて、一石二鳥である。
そこで子供に「勇者」と名付け、異世界で活躍するための英才教育を施すことにしたのである。
そのために、僕は幼少の頃より数々の試練を与えられて育った。
「お腹が空いた」と言うと、「異世界の人たちはひもじい思いをしている」と言って、食べるものをくれなかった。
「小遣いが欲しい」と言うと、「異世界には円もドルもない」と言われた。
週に一回は、野営の訓練と称して、毛布一枚で多摩川の河川敷で寝かせられた。
僕が涙で滲んだ星空を見上げているとき、ウチからは野良猫が喧嘩するような声が聞こえてきたという。
そのとき両親が何をしていたのか、今なら分かる気もするのだが、想像するにおぞましい。
当然、学校では孤立した。住んでいる世界が違い過ぎて、誰とも話が合わないのだ。
虐められるかと思いきや、虐められもしなかった。完全に無視である。
誰も僕とは、何らかの関わりも持ちたくないようだった。
完全に完全なるソーシャルディスタンスが、幼少の頃より僕の生活様式だった。
思えばその頃から、僕は異世界の住人だったのだろう。クラスメイトたちはすぐ側にいるようで、遠い遠い世界に住んでいた。
先生たちも、僕とは最低限の関わりしか持とうとしなかった。
まるで悪い魔法使いに呪文をかけられて、姿が見えなくなってしまったかのように。
親に勝手に敷かれたレールの上を走るのは嫌だったが、それ以上にこの世界が嫌になっていた。
ここから逃げ出せるのであれば、異世界でもいい。そう思っていた。
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