第6話 神崎正機は求めない!

「神崎くん……わたしはただの人数合わせなの?」


 彼の顔を上目遣いに覗き込む。放課後のAI研究会部室はさっきまで最後の掃除をしていたミステリー研究会の部室に負けず劣らず埃っぽかった。目の前には青龍中学きってのイケメン――神崎正機。


「クックック! 何を聞きに来たのかと思えば。――姫宮飛鳥、どうやら自らの立場を理解していないみたいだな」


 普通の中学生は「クックック」とは笑わない。イケメンというより残念イケメン。中二病患者である。普通の会話をしたいだけなんだけどなぁ。ちらりと神崎くんの隣に座る倉持くんに助けを求めるが、一瞬視線があった後、また電子基板のハンダ付けに戻ってしまった。ややこしい問題には首を突っ込みたくないのだろう。うん。逆の立場なら、わたしもそうする気がする。


「立場は理解しているもん。わたしは神崎くんと倉持くんのロボットを潰しちゃった。だから、その代わりに、弁償をするか、入部するかを迫られているってことよね?」


 これがまとめだ。「ほほう」と声を漏らして顎に手をやる神崎くん。


「――では答えを聞こうではないか。姫宮飛鳥よ」


 なんなんだろう? この魔王モードは? わたしが助け舟を求めるようにもう一度視線を送ると、倉持くんは残念そうに肩を竦めて首を左右に振った。


「神崎氏のそれは病気みたいなもんだから、放っておくしかないお〜。真面目にとりあうだけ疲れるだけお〜」

「――そうなのね」


 大変残念なお知らせである。


「こら! クラヌンティウス! 余計なことは言わなくてよい!」


 そう言って神崎くんは、倉持くんのこめかみあたりをビシッと指さす。「ほーい」と倉持くん。なんだかなぁ。


「えっとね。神崎くん。ロボットのことは本当に申し訳ないと思っているの。必要があれば弁償だってするわ――」

「……ほう」


 神崎くんは意外そうに目を細める。弁償の可能性を持ち出すとは思っていなかったのだろう。


「――でも、大金だし。だから、入部の方だってちゃんと検討したいの。それで――もし入部したらなんだけれど、やっぱり、やるからには、ちゃんと活動したいとは思っているの。わたしの所属していたミステリー研究会は廃部になっちゃって他に入る部活もないわけだし、次に入った部活ではちゃんと頑張りたいなって思うの」


 わたしは思い出す。昨日、神崎くんはわたしを誘う時に確かに言ったのだ。「共にジュニアAI選手権全国優勝を目指すのだ!」――と。それはどこかで嬉しかった。中学一年生の間はミステリー研究会でのほほんと生きてきたわたしだったけれど、大きな目標に向かっていく部活動への憧れみたいなものが無いと言ったら嘘になる。だからそう言われた時に、未来に向けてなんだか大きな道へとつながる扉が開かれたようの気がしたのだ。

 だからこそ、それがただの部員の人数合わせだったら悲しすぎる。昨夜、リコと電話で話して、その答えに行きついた時、わたしは言いようのない無力感に襲われた。自分は何者でもないって知っていたけれど、そんな現実をあらためて突きつけられたみたいな、そんな感覚だった。


『あーちゃん。そうと決まったわけじゃないんだから、決めつけちゃだめよ? 神崎くんだって、もしかしたらもっと違う理由であーちゃんを誘ったのかもしれないから。だから直接本人から聞いてみて。あーちゃんを誘う本当の理由を』


 それはそうだ。この理由は限られた情報から推理したにすぎない。断定するには情報が不十分すぎる。だから神崎くん本人から直接聞こうとこうやって部室まで足を運んだのだ。青龍中学AI研究会の部室である放課後の理科準備室まで。


「わたしは真面目に話しているの。神崎くん、真面目に答えて」

「失礼だな、俺はいつも真面目だぞ」

「――じゃあ、わたしとリコがした推理を話していい?」

「いいだろう。推理ときたものだ――さすが元ミステリー研究会だな」

「女子中学生探偵!――それは萌えポイントだおー!」


 さっきまで無視していた倉持くんが妙に食いついてくる。うーん、よくわかんない。よくわかんないけれど、ここは前に進むのよ! 姫宮飛鳥!


「神崎くんはわたしにAI研究会に入ってほしいって言ってくれたけれど、それって如月ジョシュアくんが転校してAI研究会を辞めちゃったことと関係しているんじゃないの?」


 如月ジョシュアの名前に反応して、ピクリと神崎くんの眉が動く。


「この春までAI研究会の部員数は五人だった。そこに急にジョシュアくんが転校しちゃったものだから、四人になっちゃった」

「――なんだ。本当に探偵気取りで謎解きをするつもりか……?」


 眉を寄せる令和の天才AIサイエンティスト。見せてあげようじゃない名探偵ヒメミヤアスカのお手並みを!


「そうよ」


 如月ジョシュアくんが確かに転校していたと、それから年度末の時点でAI研究会の登録部員数が五人だったことは放課後までにリコが裏取りをしてくれた。さすが情報屋イチノセである。謝礼として後に駅前の喫茶店で苺パフェを奢らねばなるまい。


「青龍中学の生徒会規則で五人未満になった部活動は予算配分において同好会に準じた扱いになる。それに二年以上その状態が続いたら廃部対象にもなるわ。だから神崎くんはなんとかして部員を五人以上にしたかったんじゃない? つまり――わたしは辞めた如月ジョシュアくんの代わり。――どう? 私の推理、間違っている?」


 目を閉じたまま、じっとわたしの話を聞いていた神崎くんだったけれど、私が推理を終えると肩を震わせて笑い、そしてニヤリと皮肉っぽい笑みを浮かべた。


「フフフフフ。いいや、間違っていない。ああそうさ、貴様はただの人数合わせさ!」

「――神崎氏〜」

「黙っていろ、クラヌンティウス!」


 縋るような目で止めに入る倉持くんを神崎くんは右手で制止した。


「姫宮飛鳥――まさか、貴様、自分が請われてAI研究会に誘われているとでも思ったか? もしそうなら片腹痛いわっ!」

「なっ……!」

「考えてもみろ。どうしてプログラミングも出来ない、AIに関する技術を一つも具体的に知らない貴様なんぞ俺たちが欲しがる? ああそうさ、結局は人数合わせ、学校による廃部ルートを回避するため、AI選手権への出場基準を満たすため、そして、予算削減を回避するためさ! お前はあくまでも人数合わせの『駒』に過ぎないのさ!」


 そう言うとフハハハハと神崎くんはまた魔王みたいに笑う。

 ううう。知らないことを否定はできないけれど、『駒』だなんてはっきり言われると「ハイそうですか」と頷くこともできない。やっぱり、わたしは部活に参加するならちゃんとした部員として参加したいし、メンバーとは仲良くしたいのだ。それが今、贅沢かもしれないと分かっていても。うぬぬぬぬぬ。推理は当たり、そしてわたしは追い詰められた。


「やっぱり、そうだったのねっ!」

「ああ、そうさ、そうに決まっている。貴様なぞ、数合わせにすぎないのだっ!」

「おおう、神崎氏〜。そんなわざと悪ぶらなくても〜」

「くどいぞ、クラヌンティウス!」


 なんだか倉持くんが神崎くんを止めようとしているけれど、わたしだって止まらない!


「だいたい貴様は二つのことを勘違いしている」

「な……なにをよ?」


 神崎くんは「一つ――」と人差し指を立てる。


「まず第一に、貴様は我々の愛機『アズールドラゴン2号』を破壊した。今はその代償の話をしているのだ。だから貴様は謝罪しながら、それを金銭によって支払うか、体で払うかを問われているのである!」


 うっ、それもそうだった。正論である。返す言葉もない。ごめんなさい。


「――体で払うってなんだかアダルトだお。中学生らしくないお〜」


 倉持くんが別の角度からの抗議。それはとりあえずスルー。

 そして神崎くんは「二つ――」と中指を立てる。


「第二にお前は逆立ちしても如月ジョシュアの代わりになんかなれない。俺たちを裏切った――あの男の代わりにはなっ!」


 ――裏切った!?

 思いもしなかった鋭い言葉。その欠片がわたしの耳に突き刺さった。


「裏切った……ってどういうこと? ジョシュアくんは転校しただけじゃないの?」

「転校しただけだって? 何の相談もなく転校して、俺たちの全国制覇の野望も置き去りにして――」

「――神崎氏!」


 倉持くんが左手を差し出す。右手にはハンダ小手。左右に首を振る倉持くんの顔を見て神崎くんはハタと止まる。


「……すまん。取り乱してしまったな」

「……あ、いえ、全然。……大丈夫です、はい」


 気圧されてしまったが、何だかジョシュアくんとの間に何かがあったみたいだ。もしかしたらちょっと敏感な所に触れてしまったのかもしれない。――それにしても「裏切り」とは穏やかではない。


「とにかく姫宮飛鳥。貴様はジョシュアの代わりなどではない。ジョシュアの代わりになろうなど百億年早い! ……そう、百億年早いわっ! 自惚れるなっ!」


 えええええ? なんでわたし怒られているの? ていうか、自惚れていないし!


「なんで神崎くんが怒っているのか、わたしにはわっかんないけれど、わたし、そういう意味でジョシュアくんの代わりになれるって言ったわけじゃないから。――わたしはただ、ただの『人数合わせ』で入部するのはなんか嫌なだけ! わたしだって役立ちたいの! 入部するからには!」


 腕を組んで神崎くん「ほほう」と顎を上げる。


「『役に立つ』だと? なるほど、それは見上げた根性だ。しかし、一体、どうやって役に立ってくれるのかな?」

「うっ……!」


 再びの神崎正機の魔王スマイル。確かにそうなのだ。どう考えてもわたしにAI研究会なんて無理筋なのだ。定期試験の赤点王にしてプログラミングなんて小学校のなんちゃって授業以外ではやったこともない系女子なのだ。そんな人間が、全国制覇を目指しているらしいAI研究会に入って『役に立つ』などドダイ無理な相談だったのだ。

 うぐぐぐぐぐぐ、と歯を食いしばる。や・ん・ぬ・る・か・な!


「――わかったわ」

 わたしは上半身を理科準備室の椅子の背に預ける。そして一つ溜め息をついた。

「何がわかったんだ? 言ってみるがいい、……女よ」


 だから中学生の同級生男子になんで『女』って呼ばれなきゃいけないのよ。どんだけ中二病やねん。ちなみに神崎くんはまた魔王モードで二本指を額に押し当てている。


「一万千五百円――弁償します! 『人数合わせ』の入部なんて絶対にしないんだからね!」

「えええええ? ……神崎氏ぃ〜!」


 倉持くんは右手のハンダ小手を理科準備室の机の上に置くと勢い余って立ち上がる。わたしはそんな太っちょくんには目もくれず、目の前の魔王を凝視した。


「――フッ。よかろう。……貴様もその程度の女であったということよ。縁が無かったということだな。それでは、来週の月曜日までに一万千五百円――きっちり耳を揃えて持ってくるんだな!」

「ふええええ? 神崎氏ぃ〜!!」

「ええい、女々しいぞ、クラヌンティウス! 今は俺とそこの女とが会談しているところぞ! しゃしゃり出てくるな!」

「でも〜!」


 倉持くんの気持ちはありがたいよ。でもね、そう、魔王と同じで、わたしにだって負けられない戦いがあるの!


「――望むところよ! 月曜になって現金を目の前にして吠え面かくんじゃないわよ!」

「いいだろう! 貴様の顔を見るのも来週月曜日が最後になりそうだな! 姫宮飛鳥!」


 神崎くんが机に両手を突いてガタリと立ち上がる。


「ええ! その言葉、そっくりお返しするわ!」


 わたしも負けじと立ち上がった。目の前にある残念イケメン――いえ残念魔王の双眸を凝視する。こんな男に負けてなるものですか! 赤点大王の力を思い知らせてやるわ! そう思って睨み合った一線上で、巨大な火花がはじけ飛ぶのが見えた気がした。


「なんで、こうなるのぉぉぉぉ〜〜〜〜!!」


 放課後の理科準備室に倉持大夢くんの絶叫がこだました。

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