第5話 研究会がわたしを誘う意味!
「え? だって、あーちゃん、あのウィンターカップの日以来、学校でいつも神崎くんのこと目で追っているよ?」
「ちょっと待って、待って、待って、待って〜」
あまりの超展開についていけない。一体何をどうしたら、そんな話になるのだろう。確かにウィンターカップの時、ロボットを天に掲げる神崎くんのことを「ちょっとカッコいいな〜」って思ったことは事実だ。そこは認めよう。でも特別な恋愛感情なんて持っていないし、それにそんな「いつも目で追っている」なんていうのは絶対にリコの思い込みなのだ! 新聞記者として情報屋イチノセがゴシップ情報を求めすぎて、そんな風に見えてしまっただけなのだろう。うん、そうに違いない!
「あんな女の子の繊細な気持ちも分からないやつなんて、だいたいこっちから願い下げなんだけど? 分かって〜、リコ〜。無実の罪を着せないで〜」
「いや別に罪じゃないから。別にいいのよ? ツンケンした残念イケメンを好きになることは悪いことじゃないのよ〜?」
「リコ〜」
「あ〜もう、わかったわよ、あーちゃん」
だって、だって、だってである。あんな奴のことを好きになるなんてありえないのだ。
今日だって謙虚にもわたしが「AI研究会に入っても、きっとプログラミングとか全然できないし、わたし何の役にも立てないとおもいますぅ〜」などと下に出れば、あの男は「はぁ?」と面倒くさそうな表情で「あ〜、うん。戦力になるとは思ってないから。荷物持ちとか買い出しとか、掃除とかくらいはできるだろ?」と返してきたのである。
はああああああああああ? わたしゃ何ですか? 召し使いですか? 家政婦ですか? もちろんAIのこととかわからないし、数学と理科が赤点なのは私が悪いですよ? でも、せっかく誘われて、新しい部活に入るならば、それなりに期待されて入りたいじゃない? それが荷物持ちと買い出しと掃除しか期待されていないなんて、もうハートの残存エナジーがゼロだよ〜。
「――ひどくない?」
「あはは、それはひどいかもね〜。でも、神崎くんって素直じゃないキャラクターみたいだから、本当のところはそれだけじゃないのかもよ?」
「そうかな〜。でもそれなら他にどんな理由があるんだよう!?」
「元ミステリー研究会の名探偵ヒメミヤアスカも、自分のこととなると推理は働かないか〜」
「『犯人はお前だ!』――ビシッ! って決められたら良いんだけれどね〜。うーん、わかんないや。やっぱり、わたしに対する嫌がらせ?」
「嫌がらせしたい相手をわざわざ自分の部活に入れたりはしないでしょ?」
「そうかなぁ〜。 うーん、そうだよね。……確かに」
「――あたし、一つ心当たりがあるんだけれど、聞きたい?」
情報屋イチノセはスマートフォン越しに、神妙な声へと変化させた。それは女子中学生同士のおしゃべりというムードを、ミステリー劇場の謎解きムードへと変化させるに十分な声色だった。――ゴクリ。
「――うん。聞きたい。何? 何か知っているの?」
それは元ミステリー研究会で情報収集と分析に秀でた能力を発揮した情報屋イチノセによる情報提供だった。
「まず今日の話をあーちゃんから聞いて。『やっぱりね』って思ったわ。確認するけれど、今日いたのは神崎くんと倉持くんだけだったのよね」
「う……うん、そうだけど?」
――それがどうしたのだろう?
「そして倉持くんはそのロボットを『二人で新しく作った』って言ったのよね?」
「うん、確かそうだったと思う。ウィンターカップで使っていたのが『アズールドラゴン1号』で、今日、私が踏み潰しちゃったのが『アズールドラゴン2号』のプロトタイプだったみたい」
「あーちゃん、覚えている? 冬休みあたしたちが体育館でAI研究会の優勝シーンを見た時、神崎くんたち何人だった?」
「えっと……三人? ……あっ!」
「そう、もう一人いたでしょう?」
「うん。そういえば今日は、あのもうひとりのイケメンがいなかった」
たしかにウィンターカップの時にはもうひとりのイケメンがいたのだ。金髪の美しい帰国子女。名前は――
「如月ジョシュア。アメリカ帰りの帰国子女。神崎くん以上のイケメンで、神崎くんよりかは言動もまともだから、中学一年生の間に三年生の先輩からも告白されるくらいモテモテだったらしいわよ」
「う……うん。知っている」
わたしも如月ジョシュアくんのことだけは知っていたのだ。一年生の時の文化祭で人数不足のESSを手伝ってちょい役で英語劇に参加した。その時に同じく助っ人として出演していたのが如月ジョシュアくんだったのだ。冬休みの時点では知らなかったのだけれど、後で聞いた話だと、あの英語劇の後、ESSの先輩も一人ジョシュアくんに告白して、振られていたらしい。合掌。
「噂は本当だったみたいね。あたしも自分に直接関係なかったし裏とりを後回しにしていたのだけれど――」
「噂? 裏とり?」
何のことだろう? ジョシュアくんは今日、部室にいなかったみたいだけれど、それとわたしがAI研究会に誘われたことに、何か関係があるのだろうか?
そんな疑問符を浮かべた私にリコが告げた言葉は、まるで稲妻だった。
「如月ジョシュアくん。転校しちゃったらしいわよ。――だから、AI研究会も辞めているとおもうの」
そして繋がり始めるピース。ミステリーの謎解きが脳内で始まる。
そう、五人以下になる部活は廃部の検討が始まってしまうのだ。
AI研究会は強い部活だけれど、少数精鋭で、決して部員が多いわけではないと聞く。
もし去年の時点で部員が五人だったとしたら。そして、如月ジョシュアくんが退部したことで、部員数が五人を下回っていたとしたら。部の存続のためには、何よりも部員の補充が大切なのである。その補充が重要であることは、今日のミステリー研究会の廃部という事態が完全に物語っている。
そしてそんな時、わたしがトラブルを起こして神崎くんに弱みを握られた。だからわたしは、AI研究会に誘われた。――数合わせの部員として。
「――わたしは、ただの数合わせの部員……なのね?」
「あーちゃん?」
電話越しにリコの心配そうな声が聞こえる。でもその声はもうわたしの心に届かなかった。
わたしは普通の女の子。何の取り柄もない赤点だらけの中学生だ。それでも、だからこそ、誰かに求められたいと思うのだ。だから、その存在が「数合わせの駒」でしかないと分かった時。それ以上の何かが期待されているわけでもないと分かった時。やっぱり切なくなってしまうのだ。
神崎くんにとって、わたしは、頭数を揃えるための、数字でしかないのだ。その結論が胸を締め付けて、わたしはスマートフォンを耳に押し当てたまま枕に顔を埋めた。
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