第18話 花火大会翌日③

 軽めの昼食を取り終え、俺はリビングのソファーでぼーっとくつろいでいた。

 洗濯とか掃除とかいろいろとやらなきゃいけないことがたくさんあるけど、今はそれどころではないというか……とにかくやる気がでない。

 ずっとこうしていると、ふと昨晩の奈々の様子が頭の中に浮かび上がる。

 冬井さんが俺の実妹と知った瞬間、目に涙を浮かべ、膝から崩れ落ちた姿。その表情だけがなぜか記憶の中に深く刻み込まれている。

 ――あの時奈々は何を思っていたのだろうか……?

 奈々はやたらと俺との関係を迫ってきていた。俺と兄妹だと思い込んでいた時もそうだし、法律なんて無視する勢いですらあった。

 正直、今こんなことを考えたってどうしようもないことくらいわかっている。だけど、なんと言うのだろうか……これまで本当に妹として見てきた分、兄心とでも言うのだろうか? 無性に心配になってくる。

 そんなことを考えていると、隣からの視線がやけに気になってきた。


「な、なんだよ。そんなにじーっと見てきて……」


 てか、なんでまだ明日香が俺の家にいるの?


「別になんでもないけど……ただ、昨晩のことがちょっと気がかりでね」

「そっか。なんか悪いところを見せちゃったな。せっかくの花火大会だったのに気分を害すような出来事になってしまって本当にごめん」


 俺は軽く頭を下げた。


「ううん。ぼくは別に気にしてないから大丈夫だよ。それよりはるくんの方がぼくとしてはいろいろと心配だ。家庭環境があんなにも複雑だったなんて知らなかった……」

「知らないのは同然だろ? 明日香には何も言ってなかったし、俺も最近知ったことばかりだからさ」


 明日香が気に病むことなんて何一つない。

 むしろここまで心配してくれていることに感謝しなくてはならないレベル。

 明日香は俺の顔をまじまじと見つつ、ゆっくりと口を開く。


「はるくんが何に対して悩んでたり、不安がっているのかは話してくれない限り、ぼくにはわからない。けど、ぼくは親友としてはるくんを少しでも楽にしてあげたい……」


 明日香の表情は真剣そのものだ。青い瞳もじっと俺を捉えている。

 その瞳に映る俺の顔はどこか怯えている風にも見えた。

 今は何に対して、怯えているのか自分でも正直わからない。

 だが、悩んでいることはたしかにある。

 俺は全身の力を抜くような感じで大きく息を吐く。


「明日香に訊いてもきっと俺の置かれている状況はわからないと思う」

「うん、それはぼくも理解している。その上で話してほしい。一緒に悩もうよ」


 明日香は優しく微笑みかけてくれた。


「ありがとな……。奈々のことなんだけどさ……俺はこれからどう接していけばいいのか、ちょっと見失ってな……。これまでは本当に実妹とばかり思っていたし、奈々と血が繋がっていないことを知ってからも妹として扱おうと思っていたんだ。でも……血が繋がっていないということを奈々に知られてしまった以上、もう妹として扱うことは難しいんじゃないかって考えてしまって……そうなると、俺はどのようにこれから接していけばいいのかわからなくなったんだ……。友だちにしろ、今までの積み重ねもあったりするし、明日香みたいに親友と言っても少し違うような気がするし……」


 奈々はもう親族ではない。

 かと言って、友だちや親友かと問われれば違うし、恋人かと問われてももちろん否である。


「じゃあ、逆に訊くけど実妹である冬井さんのことはどう思っているんだい?」

「冬井さん? ……特に今まで通りというか、あまり妹として実感が湧かないというか……」

「なら、それでいいんじゃないかな? なーちゃんのことを妹としか見れないのなら、これからも変わらずに妹として見てもいいんじゃない?」

「そ、それはそうだけど……奈々の方が……」

「なーちゃんはなーちゃんだよ。なーちゃんにも考えというものがあるし、相手をどう想うかは人それぞれさ。ぼくがはるくんのことを幼なじみと思うように、きっとなーちゃんも悩んだ末にはるくんをどう想うかを決めると思う。なーちゃんはあー見えて、ぼくと並ぶ学年一位だからね」

「本人が聞いてたら“あー見えてってなんですか!?”とか言って、憤慨しそうだけどまぁ明日香の言う通りかもしれないな」


 まだ釈然とはしていないが、明日香が言うことにも一理ある。相手のことをどう思うかは人それぞれだと思うし、互いの捉え方が一致しないことなんてよくある話だ。幸い夏休みが終わるまで約一週間はある。その間にまた明日香の意見も交えて深く考えた方がいいだろう。……いや、こういうことに関してはあまり深く考えない方がいいって聞くし、軽い感じの方が案外よかったりもする。


「ありがとな。少し楽になったような気がする」

「そうかい? ならよかったよ。はるくんも少しは元気を取り戻してくれたようだし、ぼくはこれで自分の家に戻るとしようかな」


 そう言うと、明日香はソファーから立ち上がり、「またね」と手を振りながらリビングを出て行った。

 玄関のドアが開き、ガチャンと音を立てながら閉まったことを耳で確認する。

 ――俺のことを心配して、ずっと居てくれてたんだ……。

 やはり持つものは親友に限る。今度お礼として何かしてあげようかな。あっ。そういえば、明日香の誕生日ももうすぐだったか……。誕プレも用意しないといけないなぁ……。

 そんなことを思いつつ、渋々と家事の方に取り掛かった。

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