エピローグ 知らぬは恥だし罪になる

 エルフ森林王国の騒動から一週間が過ぎた。


 暴走ゴーレムによる都市襲撃と王都の御神木である巨大アールヴの樹の中で暴れた化物がもたらした衝撃は、当然のことながら甚大なものだった。

 騎士たちに多数の死傷者が出てしまい、王都の物的被害は考えるだけでも頭が痛くなる。それに加えて国家の長たるレゴリアス国王は、辛くも一命を取り留めたものの政務を執れる状況になく、しばらくの間はミュールが代理執政官として振る舞うことになった。


 その期間がどれほどになるのかはわからない。けど、ミュール本人が言うには「お母様が戻ってきてくだされば、すぐに交代できます」とのことだった。


 ミュールの母親は公的には病気療養中とされているが、実のところ病気ではなく、生まれついての体質の問題で王都に居続けるのが辛いというのが真相らしい。その〝体質〟っていうのがどういったものなのかは、さすがに聞けなかった。そこまで踏み込めるほど深い間柄じゃないしね。


 ともかく。


 そんな理由もあって、ミュールはすぐに第三前線都市に戻ってくることができなくなってしまった。

 そうなると、あたしも付き合っていられない。事情が事情だし、仕方ないよねってことで一人先に帰ることにしたのだ。

 ミュールからは「私を見捨てるつもりですか!?」なんて言われたけど、そんなん知らんがな。そもそも、政務のことなんてあたしにはわからないし、部外者が口を挟むことでもないじゃない。ねぇ?


 そんな感じでミュールを置いて一人、第三前線都市に戻ってきたあたしが真っ先にやったことは、ミュールを冒険者ギルドまで連れて帰る緊急依頼の報告だ。

 結果としてはミュールを連れ帰れなかったから、失敗と言えばそうかもしれない。けど、伝えられる範囲での諸事情をしたためたミュールからの手紙を差し出すことで、いちおう成功という認定で報酬を受け取ることができた。


 三〇万エン。

 ……あの化物とやりあって、三〇万か……。


 ちょっぴりやるせない気分になったけど、でもそれはロアを含めた受付嬢たちも似たようなものかもしれない。エースの帰還がさらに先になる事実に、彼女らの悲嘆は図り知れず、全員目が死んでいたからね。

 とにもかくにも色々と割りに合わない出来事も多かったけど、あたしとしては、もう一人の依頼主に良い報告ができることが、せめてもの救いかもしれない。


 待ち合わせた場所は、あたしの店。

 時間は、ルティの飲食店がピークを過ぎる午後の二時ごろ。


「いやはやイリアス殿、こんなに早く連絡を頂けるとは思いもしませんでしたぞ」


 珍しく時間通りにやってきたスイレンが、喜色満面の笑みを浮かべている。

 あたしが覚えている限りでは、スイレンが時間通りに行動するなんて自分の研究に関わることだけ……って、そうか。今回の件は、まさに〝自分の研究に関わること〟だからテキパキ動いているのね。


 ……うん、私生活でも頑張ろ?


「それでイリアス殿、我を呼んだということは……?」

「うん。はい、これ」


 頷いて、あたしはテーブルの上に厳重に蓋をした小瓶を置いた。


「おおっ、これが……!」

「アールヴの樹の樹液。ゴーレムの中核素材ね」


 エルフ森林王国で起きた騒動を静めた功績ということで、ミュールからこっそりと小瓶一本分の樹液をもらうことができた。彼女はスイレンがゴーレム技術を流用して義肢を作ろうとしていることを知っているし、あたしがそのために動いていたこともわかっている。

 なので、こうしてスイレンの手に渡ることも承知の上でしょう。


「なんとか手に入れたけど、定期的に供給してもらうのはさすがに無理だったわ」

「いやいや、それでも入手できただけでも凄いことですぞ!」


 スイレンは興奮しきりだった。そこまで喜んでもらえるなら、あたしも苦労した甲斐があったってもんだわ。


「使い方としては、綺麗な水で伸ばして素体にまんべんなく塗った後、所有者が魔力を流せばいいんだってさ」

「割合はどのくらいでしょうな?」

「うーん、樹液の量が多ければ多いほど魔力伝達率が高まるって話よ。ただ、あまりに樹液の濃度が濃すぎると、生身の手足より頑強で光線とかも撃ち出せちゃったりするんだって。義肢に丁度いい塩梅は、スイレンが割り出した方がいいんじゃないかしら?」

「なるほど……一歩間違えれば兵器になりかねないということですな」

「それを危惧して、エルフはゴーレム技術を秘匿してるらしいからね。管理は厳重にお願いするわよ」

「任せてくだされ」


 普段はズボラなスイレンでも、自分の研究に関わることだから樹液の管理は大丈夫でしょう。


「これで義肢の開発も進むかしら?」

「ですな。試作品も、すぐに完成すると思いますぞ。ただ……問題はその後ですな」

「あー……まぁ、そうよね」


 スイレンが言いたいのは、樹液の安定供給の話だ。上手く生身の手足に匹敵する義肢が完成したとしても、それを量産するにはエルフ森林王国と樹液の取引を確立させなくちゃならない。

 残念ながら、そっちの方の目処はまったく立ってないのよね。


「飲み物をどうぞ」


 するとそこに、ルティがお茶を持ってきてくれた。


「これはルティーヤー殿、ご無沙汰しておりましたな」

「ええ、お久しぶりです」


 スイレンとルティは顔なじみだ。そもそもスイレンと知り合ったのは、あたしがルティと一緒に聖獣と契約を結ぶために世界中を旅歩いていた最中のことだったからね。


「……あら、それってアールヴの樹の樹液ですか?」


 そんなルティが、スイレンに渡した小瓶を一目見て中身まで見抜いた。


「もしかして、店長がエルフ森林王国を訪れたのってゴーレムを作るからですか?」

「違うわよ」

「我からの依頼ですぞ」


 ルティはあたしの店で飲食店を開いているけれど、正しくは雑貨店の従業員なのを忘れちゃいけない。共同経営者だし、飲食店の売上も帳簿上ではイリアス・フォルトナー雑貨店の売上として計上してるからね。

 だから、あたしが進めているスイレンとの商談も別に隠してないし、むしろ報告しておかなくちゃいけないことだったかもしれない。


「ははぁ、ゴーレム技術を使った義肢ですか。なるほど、ヨルムンガンドにしては悪くないアイデアを出しましたね」


 おや、珍しくルティがヨルのことを褒めてるぞ。

 そんな褒められたヨルは、雑貨店のカウンターで店番を……いや、あれは寝てるな? しっかり座って背筋もピンっと伸びてるけど、なんかすぴーすぴーって聞こえて来てるし。


 ……あとでお仕置きだな!


「でも、それならスライムを使った方が楽じゃありません?」

「スライム?」


 ちょっと待って。なんでここにスライムが出てくるの?


「ゴーレムを作るのに必要なのは、固有の魔力波形がない魔力──すなわち、停止状態にある魔力ですよね? 活動停止させたスライムを密封した容器の中に入れて、一ヶ月くらい放置しておくと、あの粘液の体がアールヴの樹の樹液と似たような性質に変わるんですよ。ただ、どれだけ頑張ってもアールヴの樹の樹液ほど品質がよくなりませんけれど」

「早く言って!?」


 え、じゃあ何? あたしが苦労してエルフ森林王国で化物相手に大立ち回りしなくても、そこいらでスライム捕まえて密封容器に入れておくだけで事が足りたってこと?


 嘘でしょ!?


「あたしの苦労って、いったい……!」

「いやしかしイリアス殿、スライムで代用できると言っても品質に問題があるのでしょう? 義肢に使用できねば困りますからな。その辺り、如何なものでしょうな?」


 話を振られたルティはしばし考えた後、「そうですね……」と口を開いた。


「ちゃんと検証しないことにはハッキリとは言えませんが、日常使いならスライムで代用しても問題ないと思いますよ。ただ、激しい運動とか──それこそ冒険者のような活動をするには不向きかもしれませんけれど」

「ふむふむ、なるほど。いや、それは大変参考になる話を聞かせていただきました。これは検証のしがいがありそうですな! イリアス殿、この度は大変お世話になりましたぞ。義肢の件について、今後も相談させていただくことがありやもしれませぬが、その際には何卒善しなに。それでは!」


 なんかスイッチでも入ったのか、スイレンは早口でそう言うと樹液の入った小瓶を大事そうに抱えて店から出ていった。


 なんだかなぁ、もう。


「それにしても、よくアールヴの樹の樹液が手に入りましたね」


 あたしが呆れていると、ルティが感心したようにそんなことを言う。


「エルフの国の何割くらいを焦土にして強請ったんですか?」

「ルティの中で、あたしはどういう人物になってるの? ちゃんと譲ってもらったのよ、ミュールに。『助けてもらいましたし、私のヤドリギですから』って」


 そういえば、結局その〝ヤドリギ〟ってなんのことか聞いてないわね。樹液をもらった時は、そっちの方で頭いっぱいだったし。


「……ちょっと店長、エルフのヤドリギになったんですか?」


 不意に、ルティがなんだか声を低くして問い詰めてきた。


「え? あ、うん。身分を問われたら〝ミュールのヤドリギ〟って答えれば問題ないからって言われて……え、何? 目つき怖いよ、ルティ」

「店長、エルフが言う〝ヤドリギ〟がどういう関係なのか、ちゃんと理解してます?」

「えっ? か、関係!?」

「そもそもヤドリギというのは、他の木の枝で成長する植物のことを指すんですけど、エルフはその姿を見て、自分自身と親しい相手との関係に例えているんです」


「つ、つまり?」

「エルフが誰かを指して〝ヤドリギ〟と言うのなら、それは恋人とか伴侶とか……いえ、もっと深い関係の、それこそ魂の片割れとか言い出すくらい親密な相手を指す言葉なんですよ」

「え……えぇっ!?」


 こっ、恋人? 伴侶!?


「ちょっ、ちょっと待ってよ! そっ、そんなこと聞いてない! そもそもあたしは女だし、ミュールに至っては王族だったんだよ!? 立場的にも性別的にも問題ありまくりじゃない!」

「店長、エルフはヒューマンじゃありませんよ。異種族なんです。どうして彼らの性愛がヒューマンと同じだって思うんですか? 数千年にも及ぶ長い人生があるんですから、僅かな時でも一緒に過ごしてくれる相手なら、例え同性だろうと異種族だろうと受け入れるほどおおらかな種族なんですよ」

「え、えぇ~……」


 あのミュールが……えぇ、あたしのことをそんな風に? いやでも、あの時はそういう方便で周囲を納得させようとしただけなんじゃないの?


 え、どっちなの?


 別に同性愛だろうと異種族愛だろうと、個々人の気持ちは尊重するけれど、それが我が身に降り掛かってくるとなれば話は違う。


 そもそも、あたしは──。


「イリアス?」

「いだだだだっ!」


 ルティにギュッと頬を抓られた。


「あなたが帰ってくる場所がどこなのか、ちゃんと分からせないと駄目かしら?」

「ちゃんとわかってる! わかってるから信用して!」

「へぇ~」


 怖い! 怖いよルティーヤーさん! めちゃくちゃ冷めた目であたしのこと見てる! 今まで一度も見せたことのないような目であたしのこと睨んでるぅっ!


「信じてよ、ルティ~っ!」

「知りません!」


 その後。

 飲食店の夜の営業中もずーっと機嫌が悪かったルティをなだめるのに、あたしは貧相な語彙力を駆使し、出来得る限りの行動で示すことになったのだった。


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これにて「イリアス・フォルトナー雑貨店の営業日誌」第二幕は完結となります。


今後の予定ですが、あと一回、第二幕の登場人物紹介で更新しますので、それまでに☆の数やレビュー、ブックマークをどの程度いただけるのかで決めようかと思います。


続きを望む声が多ければもちろん続けますし、逆にあまり反響がなければここで筆を置き、新しい話を始めたほうがいいかなぁと考えています。


兎にも角にも、ここまで読んでいただいて誠にありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。


それでは!

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