第11話 容疑者イリアス

 ちょっと待ってほしい。いやホントに。

 たかだか一介の冒険者が、曲がりなりにも国際社会にその地位を築いているエルフ森林王国を侵略しようとしてるって?

 よっぽど頭の中がお花畑にでもなってなけりゃ、そんな発想は出てこないわよ。


 もしかしてこの人たち、都市警備隊ってのは嘘?

 それらしい身なりを整えて、武張った態度を取れば騙せると──って、あたしを騙してどうする。

 何より、身につけてる装備品が詐欺程度の犯罪で用意する代物じゃない。

 てことはこの人たちが、本物の警備兵だと思った方がいい。最悪な事態を想定しておこう。


「……そもそもこの国って、侵略を受けてたの? それとも、現在進行形で侵略されてる?」

「詳しい話は警備隊屯所で願いたい」

「………………」


 困った。

 これはホントに困ったぞ。

 これがちょっとした確認程度のことなら、あたしも黙って隊長さんに従ったわよ。警備隊の屯所に付いていったでしょう。


 でも、話の規模が大きすぎる。

 単に屯所で話をして、誤解を解いて、はい終わり──とは、いかないでしょうね。

 あたしに対して、拷問まがいの尋問をしてくるかもしれない。

 頭の中を覗くような、精神汚染系の魔法を使うことだってあり得る。

 なかなかに胸糞の悪くなる手段だけど、国家の安寧が掛かっているというのなら、どこの国だって似たようなことをするのは間違いないわ。


 巻き込まれる立場としては、ホントたまったもんじゃないけどね。

 どうしよう……逃げる?

 それとも抵抗する?


 ……そうだ!


 一か八かになっちゃうけど、賭けてみよう。暴れるにも何をするにも、穏便に済むであろう方法を試してからでも遅くない。


「ついていく代わりに、こっちの要求を叶えてくれる?」

「そなたは極めて重大な犯罪の容疑者だ。こちらとしては、公務執行妨害で強制的に連行してもいいんだがな」

「あら、そういうことをする人なの?」

「……まぁ、聞くだけ聞こう。それでおとなしく付いてきてくれるのであれば、余計な手間も省けるというものだ」


 やっぱこの隊長さん、武張った態度でちょっと威圧的に感じるとこもあるけど、ちゃんと義を通す人だわ。


「この王都に、ダンジョン中立地帯にある第三前線都市の冒険者ギルドで受付業務に従事していたミュールって名前のエルフがいると思う。たぶん、王城に。彼女が同席するのなら、そっちの質問に答える。それが叶わないのであれば、黙秘を主張させてもらうわ」

「ミュール……? いや、しかし……」


 ……ん? なんでそんなに悩んでるのかしら?


「一つ聞く。そのミュールなる人物の家名は、なんと言う?」

「家名?」

 ……なんだっけ?


 いつもミュールのことは名前で呼んでたから、記憶が曖昧で……確か、ゆ、ゆる、違う、ゆぐ……。


「ミュール・ユグラーヴァ……だったような気がする」

「ユグラーヴァ、だと? ならば……いや、待て。それなら……」


 なんなの、いったい。

 隊長さんはまたもや考え込み、しかしすぐに顔を上げて部下の一人に何かを囁いて何処かへ向かわせると、改めてあたしを睨めつけた。


「そちらの要求は理解した。が、少なからず時間を必要とするかもしれん。その間、こちらの用意した部屋で待機してもらうことになるが、それは構わんな?」


 堂々と監禁しますって宣言じゃないのよ、それ。

 でもまぁ、これ以上駄々をこねて隊長さんの気分を害したって、いい方向に話が転がるとは思えない。

 ……仕方がない。二、三日くらいは我慢しますか。

 それ以上時間が掛かるようなら、面倒なことになっても実力行使でお暇させていただきますけどね。


■□■


 ちょっと予想外のことが起きた。

 屯所に連れて行かれたあたしは、てっきり暗くて狭くてジメジメしていて臭い独房に放り込まれるのかなぁって思っていたんだけど、放り込まれたのは普通の部屋だった。

 ベッドがあって、テーブルがあって、ついでにトイレもある。部屋の広さは、王国に来た時に借りた宿とほぼ一緒。うん、部屋の設備や備品も同じ感じかな。

 違うのは、部屋の前には監視っぽい人が立ち、扉には鍵がかけられ、窓には抜け出せないように格子が付いてるってことくらいか。


 それ以外は、ホント普通。


 食事もちゃんと運んできてくれる。エルフ料理っぽい質素さはあるけど、マズイわけでもなければ量が少ないってわけでもない。

 唯一の問題は退屈ってことだけど、部屋に放り込まれてからまだ二日、発狂しそうな精神状態にはまだなってない。それに、いざとなったらマスタースライムを喚んで、保管してる玩具かなんかを出して遊んでてもいいわね。


 あ、そうそう。尋問みたいなことも、まだされてないわ。あたしを捕まえた隊長さんどころか、食事の配膳以外で誰も来ていない。

 そんな感じで三日目の朝。


「んが……?」


 ベッドでぐっすり眠ってたあたしは、扉の外でガヤガヤと騒がしい問答の声が聞こえて目が覚めた。

 なんだか「早く開けなさい!」って少女の声が聞こえたかと思えば「お一人でお通するわけにはまいりません!」だの「落ち着いてください!」などなど、複数人の男性が何やら必死に引き止めているような声も聞こえる。

 なんだなんだ、隣の部屋に痴話喧嘩でとっ捕まった人でも放り込まれた?


 なんであれ、うっさいわねぇ~……。


 まだあたしは寝てるんだから、ちょっと静かにしてほしい。文句の一つでも言ってやりたいけど、扉には鍵が掛けられているんで我慢するしかないのが悔しい。


「んん~~~……!」


 シーツを頭からかぶり、少しでも騒音を和らげようと試みた。あたしゃまだ眠いんだよ。


「イリアスさん!」

「ひゃっ!」


 いやその、いくらあたしだって微睡んでるところに、いきなりバターン! と、でかい音を立てて扉を開けられたらビックリして悲鳴の一つもあげますよ。

 てか、いったい何事よ!?


「ああ、イリアスさん。ご無事でしたか。何もされてませんか? それよりも、怒ってませんか? 恨んだりしてません? 暴れないでくださいね。どうか、どうかここは堅忍持久の精神で我が国をお許しください!」

「え、ええ……え? えー……」


 ちょっと頭が回らない。

 堅忍……って、なんだっけ? お許しくださいってなんのことよ。

 そもそもさぁ──。


「……誰?」


 まったく覚えがないんだよね、このエルフの少女に。

 だってさ、一目でわかるほど高価なシルクを材料に、豪奢で丁寧な刺繍を贅沢に施して、格式張ったデザインのドレスに身を包む、まるで絵本の中から飛び出してきたようなお姫様エルフなんて、あたしの交友関係にはおりませんよ。


「何言ってるんですか、イリアスさん! 私ですよ、私! ミュールです!」

「ミュール? ……え、ミュール!?」


 嘘でしょ? え、ちょっと待って。ホントにミュール?

 ちょっと自分でも信じられないけど……よくよく見れば、確かにミュールかもしれない。

 髪はアップでまとめられ、お化粧で顔の印象はちょっと変わってるけど、声の感じや見せる仕草には強い既視感を覚える。


「あー……夢かぁ」


 ハハハ。あのミュールが、着飾った程度でこんなに綺麗になるわけがない。

 どうやらあたしは、まだ夢の中にいるみたい。


「夢じゃないです! 起きなさい!」


 ペチン! と、おでこを叩かれた。

 ……痛い。

 どうやらこれは、ホントに夢じゃないらしい。


■□■


 目の前のお姫様は、どうやら本当にミュールみたいだ。テーブルを挟んで向かい合って座っている今になってなお、にわかには信じられない。けれど、そんなミュールの後ろには、正装で起立するペリド隊長の姿がある。

 仮にお姫様なミュールの姿が、あたしをからかうおふざけだったとしても、厳格そうで武人肌な隊長さんが、そんなものに付き合うだろうか。


 付き合うわけがない。

 そうなると、ミュールのお姫様姿は、決して冗談やおふざけではない──ということになる。

 いったい何がどうなってるの?

 もはや理解が追いつかない。というか、あれこれ考えたって正しい答えが出てくるとも思えない。


「ミュール……もしかすると色々複雑な事情があるのかもだけど、全部正直に、今がどういう状況なのか教えてもらえる?」

「その前に……イリアスさんがこの屯所に拘束されたのが三日前と聞いております。ご不便をおかけ致しましたことを謝罪させていただきます。誠に申し訳ございません」

「それは別にいいわよ。部屋から出られなかっただけで何もされてないし、食事も出してもらったし。それに、なんか大変なこと起きてるんでしょ?」

「ご寛恕を賜り感謝いたします。ペリド隊長」


 もう一度あたしに頭を下げたミュールは、続いて後ろに控える隊長さんに声をかけた。


「はっ!」

「此度の一件、騎士として実に見事な判断と行動でした。そなたのような家臣を持てたことを喜ばしく思います」

「もったいなきお言葉です」

「されど、他国の者を三日に渡り監禁せしめたことは、度を超えた処遇と判断せざるを得ません。よって、一時の謹慎を言い渡します。下がりなさい」


 えぇ~……謹慎ですか。それはちょっと厳しくないですか?

 ほら、隊長さんったらあたしをジロっと見てるわよ。

 けど、ミュールの言葉に逆らうことができないのか、隊長さんは一礼すると何も言わずに部屋から出ていった。


「はぁ~……疲れた」


 途端に、ミュールが机の上に突っ伏す。

 やっぱこれ、ミュールだわ。


「ねぇちょっと、いくらなんでも謹慎って重くない? あたし、別に気にしてないわよ?」

「方便ですよ。〝一時〟って付けたじゃないですか。警備隊隊長のままだと、私の護衛って名目で席を外せないから、任を解いて出て行かせたんです。帰り際に『謹慎を解く』って言えば復帰です。その辺りの機微は、ペリドもわかってると思いますよ」


 あ~、それで部屋から出ていく前に、あたしをジロっと睨んだわけか。「こいつと姫様を二人きりにして大丈夫か?」みたいな確認を込めて。


「いや、それにしても肝が冷えました。一報が届いた時、耳を疑いましたもの。本当はすぐに駆けつけたかったんですが、立場的にもそうはいかず……その間にイリアスさんが暴れたら、この国は三分も掛からずに終わってましたね。不当な扱いをしなかったペリドの判断は勲章ものですよ」

「三分って……あたし一人で国を滅ぼせるわけないでしょ」

「イリアスさん、契約してる聖獣って五〇くらいって前に言ってましたよね?」

「え? っと、今は一〇〇くらいになってるけど?」

「……増えてる……」


 なんで頭抱えてるのよ。調教士が聖獣と契約するのは当たり前のことじゃない。


「それよりも、これって結局、どういう状況なの? ちゃんと説明して欲しいんだけど?」

「そう……ですね。長い話になってしまいますけど、イリアスさんなら……仕方ありません、すべてお話いたします」


 そんな前置きをして、ミュールは自分のことを話し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る