第4話 ダンジョン突入!
ダンジョンには謎と危険、そして一攫千金の夢で溢れている──とは、誰が最初に口にした言葉だったか。定かではないけれど、一度でも足を踏み入れれば、誰もがその言葉の意味を身に染みて理解できると思う。
まず最初に、そもそもダンジョンの塔がどんな物質でできているのかわかっていない。
見た目は鉱物だけど、石でもなければ鉄とかの金属でもない。ミスリルとかアダマンタイト、オリハルコンといった神性鉱物とも違う。加えて、どんな物理攻撃・魔法攻撃でも傷一つつかない異常性を持っている。おかげで、欠片を持って帰って調べる──なんてこともできないほどだ。
さらに言えば、ダンジョンの内部は外部よりも謎だらけだ。
まず、広さがおかしい。
塔は外部から見れば直径百キロほど。まぁそれでも十分おっきい塔なんだけど、内部はそれよりさらに広い。どれだけ歩いても端っこまでたどり着かない。
おまけに、内部の装いも多種多彩ときたもんだ。
例えば、とある階層が暗くてジメジメした迷宮のような構造になっている所もあれば、水と氷に覆われた北方の海みたいなところもある。かと思えば緑が広がる草原だったり、砂と照りつける日差しが身を焼く砂漠だったり、あるいはかつて人が住んでいたような遺跡じみた階層まで発見されている。
もう意味がわからない。まるでダンジョンの内部は空間がねじれて、あたしたちの常識も通じない異世界と繋がってるんじゃないかとさえ思える。
けど、本当に各階層が異世界と繋がってるのか疑問に思うこともあるのだ。
それがダンジョンの危険──すなわち、魔物の存在だ。
ダンジョンの各階層には魔物がいる。そしてその魔物は、すべて共通の特徴を持っている。
もし、各階層がそれぞれ別の異世界と繋がっているのなら、共通の特徴を持つ魔物がいるのはおかしい──というのが識者の意見だ。
そんな意見に対する反証もあるらしいけど、確実なことがわからない内は滅多なことを言わないってのが、いつの世の学者先生に当てはまること。何より、まがりなりにもダンジョンの探索者という立場にあるあたしには、襲ってきた魔物を撃退する以外に選択肢はないのだ。
「それじゃ……ええと、あたしは勝手に行くから。ヴィーリア、カシューくんの安全は任せていいのよね?」
「心配しないで。カシューもうちの隊員なんだから。それに、今回はカシューに〝頂〟を見せることが目的だしね」
「いただき?」
「ま、こっちのことー」
うーん、なんか真意が読めなくて気持ち悪いなぁ。妙なイヤガラセをしてくるヤツじゃないことはわかってるけど、何を考えてるのかわからないってのは不気味だ……。
ま、気にしても仕方ないか。先を急ぎましょう。
「それじゃフェンリル、道中はぜんぶあなたに任せるわ」
『承知』
今回、あたしの目的は二十三階層と二十四階層の間に発見された隠し階層の探索──さらにいえば、まだ全域にわたって解明もされていない隠し階層に眠っているであろうお宝目当てである。
自分に言い聞かせるついでに改めて言うと、開店したての自分の店で、目玉商品になるであろう武具を作るため、そのサンプルになりそうなものを得るためだ。それを忘れちゃいけない。
なので、ほぼほぼ踏破された階層には用がない。
途中の階層では無駄な戦闘を避けてさっさと通り過ぎ、目当ての階層までバビューンと向かうつもりだ。
「フェンリル、上層へ移動できる場所は覚えてる?」
『無論だ。行くぞ』
フェンリルの背中に飛び乗ると、勝手知ったる様子で移動を開始。一層から二層、そしてあっという間に二十三層までたどり着く。普通に歩くと一日くらいかかる行程を、ほんの数十分で済ませてくれるのは有り難い。
で、ここからどう行けばいいのかしら?
「ねぇ、隠し階層って……」
「ぐぇぇ~……」
階層移動の詳しい場所を聞こうと思ったら、カシューくんはヴィーリアに抱えられて目を回していた。
「えっ、大丈夫?」
「あ、ごめんなさいね。この子ったら、高速移動に慣れてないのよ」
「い……いえ、僕の方こそ足を引っ張っちゃって……うっぷ」
うぅ~ん……あたしとしてはいつも通りなんだけど、移動だけでこうも苦しそうにされると、本当に大丈夫なのかなって思っちゃう……。
「えっと、無理しないでね? ここで帰ってもいいのよ?」
「いえっ! ご一緒すると決めた以上、最後まで着いて行きますんで!」
う、うーん……? 本人の意見は尊重するけど、最初はちょっと乗り気じゃなかったわよね? 何も無理することないと思うんだけどなぁ。
「あー、それなら隠し階層に繋がる《門》ってどこにあるかわかる?」
「ここから南西の方向へ二十キロほど進んだ所にあります」
「ここから南西?」
ここ二十三層は遺跡エリア。いったい何時の時代のどんな文明が栄えていたのかわからない、朽ちた石造りの瓦礫があちこちに転がっている。
ここから上の二十四階層へ向かうには北東方向にある《門》を使えばいい。そこまでの道のりも、今ではダンジョンに挑む数多くの冒険者たちが通ったおかげで、しっかりと道ができている。
反面、二十四階層の《門》がある場所へ向かうルート以外は、あまり〝うま味〟がない。
よくわからない瓦礫が行く手を阻み、無駄に魔物が多く、財宝もあるような雰囲気じゃない。
そんな所に隠し階層の《門》があったというのだから、第一発見者はなんの因果があって南西方面に進んだんだか。
「フェンリル、南西方向に《門》の気配ってある?」
『ふむ……』
と、唸っただけで何も言わない。
ははーん。これ、絶対にわかってないヤツだ。
何やら思案げな声を漏らしてるけど、わかってないことをなんて言えば巧くごまかせるかなって思ってるな。
「ま、探索にはあの子を喚びましょう……あー、でも」
あたしが契約している聖獣には、こういう探索に適した子もいる。けど、ちょっと癖の強い子でねぇ。ヴィーリアはともかく、カシューくんは大丈夫かな?
「ヴィーリア、案内役を喚ぶけど、カシューくんを連れてくるならちゃんと責任持ってね」
「案内役? ……あ、もしかして」
ヴィーリアがなんだか少し、嫌そうな表情になった。
さすが、わかってらっしゃる。
「来たれ、我と契約せし者。汝の力は我とともにあらん!」
あたしの〝力ある言葉〟で描かれる魔法陣。
「ティターニア!」
その魔法陣から、呼びかけとともに淡い光を纏わせて踊るようにクルクルと回りながら姿を現したのは、王宮住まいの女王さまのようなドレスを身に纏い、蝶の羽根を背に持つ妖精女王だ。
「あらあら、まぁまぁ、うふふふふ」
呼びかけに応じて現れた妖精女王ティターニアは、あたしたちを一瞥しながら、どこかわざとらしい驚きの表情を見せた。
「嬉しいわ。とっても嬉しいの。あなたが私を喚んでくれるだなんて。今日はいったいどうしたの? 遊ぶ? 私と遊んでくれる?」
身長があたしの指先から肘くらいまでしかないティターニアは、顔の周りをくるくる飛び回りながらそんなことを言ってくる。
うーん、相変わらず思ったことをそのまま口にしちゃう子ね。
「ねぇ、ティターニア。あっちの方向にダンジョンの《門》があるらしいんだけど、そこまであたしたちを案内してくれる?」
「《門》? そこへ行くの? 行きたいの? いいわ、連れて行ってあげる。うふふ。私に任せて。ちゃんと付いて来て。鬼ごっこよ。うっふふふ」
そういうと、ティターニアの姿がフッとその場から消えた。
うむ、始まった。
「フェンリル、追いかけるわよ! ヴィーリア、遅れないで!」
『やれやれ……彼奴は相変わらずか』
「せわしないわねぇ。行くわよ、カシュー」
「わわわっ!」
あたしはフェンリルの背に飛び乗り、ヴィーリアはカシューくんを抱えて消えたティターニアの後を追う。
フェンリルが空を蹴って空を駆けると、遺跡のあちこちにティターニアの痕跡と思わしき淡い光が現れては消え、消えては現れていた。
右へ、左へ、かと思えば後ろに、左右それぞれに、あるいは惑わすように、あちこちに光が灯る。
──鬼さんこちら──
──手の鳴る方へ──
──ほら、こっち──
──こっちよ──
──こっちこっち──
加えて、ティターニアの声が反響しているかのようにそこかしこから聞こえてきた。
やっぱりこうなるか。
ティターニアは妖精女王。イタズラ好きで、遊ぶのが大好きな妖精たちの女王さま。
そもそも妖精とは、そこかしこに存在する目に見えない精神体のことである。
それを人々は妖精──フェアリーと呼ぶ。
一方で、ピクシーと呼ばれる妖精もいる。
誰の言葉だったか、フェアリーとピクシーの違いは肉体の有無らしい。
ピクシーは実体を持ち、フェアリーは実体を持たない。代わりに草花や土、風、炎の中に潜んで隠れる。
逆を言えば、世界の至るところに存在している──とも言える。
人に限らず、聖獣も魔物も含め、フェアリーは世界のあらゆる〝目〟を欺き、騙し、誤魔化す存在であると同時に、世界のあらゆる所に存在し、如何なる〝心〟にも寄り添い、慕い、信じる存在……そう言われている。
だから、そんなフェアリーやピクシーといった妖精たちの女王さまであるティターニアは、世界のあらゆるところに存在するフェアリーを通じて認知し、理解し、遊び呆ける。
それはダンジョンの中でも変わらない。
『あれであるな』
ティターニアの惑わすような誘いに騙されず、真実の道を辿って行くと、ストーンサークルの遺跡中央から空に──この場合は天井に、だろうか──真っ直ぐ伸びる光の柱が見えてきた。
どうやらあれが隠し階層に行く《門》のようだ。
「あ~あ、捕まっちゃった」
残念そうに、けれど悔しがってるわけでもなく、見ている人をどこか不安にさせる笑みを転がしながら、ティターニアがあたしの前に再び現れた。
「次は何? 私、かくれんぼがいいわ」
まだまだティターニアは遊びたいのね。
「次の階層に行ったらね」
そう告げて、あたしは《門》を開いて隠し階層へと歩を進めた。
光の柱に飛び込むと、すぐに周囲の景色が一変する。
……ふむむ。
どうやら隠しフロアは迷路構造みたい。両脇には壁、上を見上げれば天井がある。少し薄暗くて、どういう仕組みなのか、階層全体がぼんやりと光っていた。
というような初見の感想を抱いていると、ヴィーリアとカシューくんもやってきた。
「へえ、隠し階層はこんな感じなのね」
「お伽噺に出てくるような、古典的なダンジョンですね」
二人もここに来るのは初めてみたいね。まぁ、ヴィーリアのとこは踏破記録の更新を目的にしているパーティだから、隠し階層には興味ないんでしょう。
「しっかし、こういうタイプだと面倒ですね。どれだけ広いのかもわからないし、マッピングするのも大変ですよ」
「マッピング?」
あたしが首を傾げると、カシューくんも首を傾げた。
「ここ、迷路構造じゃないですか。闇雲に歩けば道に迷って帰れなくなりますよ」
「え、ダンジョンって迷うの?」
「え?」
「え?」
ちょっとカシューくんが心配していることがわからない。
そりゃマッピングってのがどういう意味かは知ってるわよ。ダンジョンの地図を作るってことよね?
でも、そもそもあたしはダンジョンでマッピングなんてしたことがない。そんな必要性を、今まで一度も感じたことはなかったからだ。
「ほら、カシュー。イリアスちゃんの邪魔しちゃ駄目よ。私たちは黙って付いていきましょ。イリアスちゃん、こっちは気にしないでいつも通りやっちゃって~」
「そりゃ、いつも通りやるけどさ」
ヴィーリアが間に入って話を流しちゃったけど……なんだろ、逆に彼女のとこがダンジョン攻略をどういう手順で進めてるのかが気になってきたわ。
やっぱ五十人とかいると、統制を取るだけでも大変なのかしらねぇ?
「ティターニア」
あたしが呼びかければ、すぐにティターニアが目の前に現れる。
「待ってたわ。ちゃんと待っていたの。えらいでしょう? ねぇ、褒めて。私を褒めて」
「うんうん、えらいえらい」
「ふふふ。それじゃあ、次は何をして遊ぶ? かくれんぼでいい? それとも他のことがいいの? 今度はあなたが決めていいのよ」
「ティターニアはかくれんぼをご所望なのね。それじゃかくれんぼでいいわよ。でも、ちょっと趣向を変えましょう」
「まぁ! 嬉しいわ。とっても嬉しいの。私をもっと楽しませてくれるのね。いったい何をしてくれるの? 何かあるの?」
「この階層に隠れている財宝を、あたしと一緒に探すのよ。たぶん、この階層には財宝が隠れていると思うの。ティターニアは隠れているものを探し出すのが大好きでしょ? その隠れた財宝まで、あたしを連れて行って」
「私とあなたで、隠れた財宝を探すのね。私が探してあなたが捕まえるのね。ふふふ、おもしろそう。楽しそうだわ。ええ、ええ、私がすぐに見つけてあげる」
そう言って、ティターニアはスッと姿を消した──と思ったら、すぐに現れた。
「見つけたわ。すぐに見つけたの。偉い? 凄い? たっくさん褒めてね」
「さすがね、ティターニア。あなたにかかれば、なんであろうと隠れることなんてできないわね。じゃあ、あたしたちをそこまで案内してくれる?」
「ええ、ええ、もちろんよ。私に任せて。あなたをちゃんと連れて行ってあげる」
ティターニアがパンパンと手を叩くと、床がうっすらと輝いた。
どこもかしこも──というわけじゃない。他のフェアリーに働きかけて、正しいルートの床を光らせてくれたのだ。
いつもこんな風にして、ティターニアはダンジョンの中であたしが行きたい場所まで案内してくれる。
「でも気をつけて。途中には、たっくさん怖い子たちがいるの。危ないわ。危険よ?」
怖い子……ふむ、魔物の数も多いのか。
でもまぁ、そこはフェンリルがいるからね。よっぽどのものが現れなければ大丈夫でしょう。
『主よ』
と、そのフェンリルが声を上げた。
『どうやら沸いて出たようだ』
目の前にのっそりと現れたのは、鷲の上半身に獅子の下半身を持つ獣。どうやらグリフォンをベースにした魔物っぽい。
そう、あくまでもベースにしているだけなのだ。ダンジョンの外にいる本物のグリフォンに、姿形を似せただけのまがい物でしかない。
その実体は、全身を覆う黒い靄。あの靄こそ、どの階層にも現れる魔物の本体である。
あたしも、魔物については詳細がわかってないんだけどね。ただ、あの魔物には三タイプあるって話だ。
一種類目は、目の前にいるような外部の聖獣や動物を模して実体を持った魔物。そのベースとなっている獣を冠してヴォイド・○○と呼ばれる。今回の場合はヴォイド・グリフォンってわけね。
二種類目は、靄だけの存在。それは単純にヴォイドと呼ばれる。おそらく誕生したばかりの魔物だろう──というのが、おおよその見解だ。
そして三種類目は、ダンジョン内で死亡した冒険者の死体に取り憑くパターンだ。それはヴォイド・デーモンと呼ばれる。
一番弱いのは、靄だけのパターン。
そして一番厄介なのは、冒険者の死体に取り憑くパターン。
目の前にいる獣をベースにした魔物は……まぁ、ベースになっている獣によって強さが変わる。
今回はグリフォンだけど──。
「ヴォイド・グリフォン……!」
何やらカシューくんが驚いている。
そうね、本来なら二十三層とか、そういうところには出てこないタイプだから、驚くのも無理ないわよね。あたしも初めて見た。
「いける?」
『無論』
直後、フェンリルの姿が一瞬だけ消え。
かと思えば、ヴォイド・グリフォンの首が飛び、重々しい音を立てて巨体が倒れた。
そして後に残るのは、靄が消えて一見すると普通のグリフォンにしか見えない死骸。パーティによっては、この死骸を解体して爪だの毛皮だのといった素材を取ることになる。
けど、あたしの場合はちょっと違う。
何しろ調教士だからね。聖獣は生き物だしご飯も食べるからね。
しかも今はフェンリルだから、もう大変。
何しろこの子、あたしが契約している聖獣の中でもトップクラスの大食漢。語られる伝説では、太陽まで食べちゃうとか言われてるくらいだし。
今も、首を飛ばしたヴォイド・グリフォンを骨まで残さず食べちゃった。
「相変わらずの悪食ねぇ」
『腹の足しにもならん』
ずいぶんとまぁ食欲旺盛なことで。
「それじゃフェンリル、道中の敵は全部残さず食い尽くしちゃおう」
『是非もない』
そう言って、フェンリルが口のまわりをベロンと舐めた。
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