第2話 閑古鳥は鳴かずとも

 あたしのお店、イリアス・フォルトナー雑貨店は開店当日から大賑わいだった。


 ええ、そりゃもう、開店直後にお客さんがやってきてね。そのお客さんにお帰りいただいた後も、次から次にやってきた。

 おかげさまで初日から大盛況! いやあ、笑いが止まりませんなぁ、がっはっは!


「店長、笑ってる場合じゃないですよ。今日の売上、まだゼロなんですけど?」


 笑ってるあたしに、ルティが非情な現実を突きつけてくる。

 ええ、そうですよ。ルティが言ってることは事実です。そして、あたしが言ってることも嘘じゃない。

 開店当日の今日、確かに朝からお客さんはたくさんやってきた。

 けど、あいつらはあたしに、冒険者としての依頼をしに来ただけだ。


 やれ、ダンジョンから魔物の素材を取ってきて欲しい。

 やれ、ダンジョンで新しい領域が発見されたから、そこに宝があるか調べてほしい。

 やれ、階層記録を更新しに行きましょう──などなど。


 商売に関係ないことばっかり頼みに来て、断れば舌打ちをかまされたわけですよ。

 そんで、ポーションのひとつでも買ってけって言えば、「他の店で買ってある」とか「準備は常に済ませておくのが冒険者の心得っすよ」とか言い出す始末。

 なんて友達甲斐のない奴らなの!


「さすが、伝説のトレジャーハンター。冒険者を引退しても大人気ですね」

「まったく、迷惑な称号だわ」


 冒険者には、その実績に応じてさまざまな通り名が冒険者ギルドから与えられる。それは戦士や魔道士といった職業とは別のもの。


 例えば、ものすごぉ~く強くて、魔物をバッサバッサと倒しまくるような人は武王。

 魔法を自在に操るような人は魔導王──とかね。


 それであたしの場合はトレジャーハンターってわけ。


 なにしろ冒険者時代、受ける仕事は採集や調達といった納品系の仕事ばかりだった。で、今まで失敗はせずに百パーセントでこなしていたら、いつしかギルドから称号をもらっちゃったのよね。


「だいたい、称号なんてもっててもさぁ、厄介な仕事を押しつけられるだけで、いいことないじゃない」

「別の言い方をすれば、報酬の高い仕事ばかり斡旋してもらえたってことでは?」

「……まぁ、そうなんだけど」


 おかげで、こうして割と早く自分の店を持てたわけだしね。

 けどなぁ、自分の店を持つことがゴールじゃないんだよねぇ。

 自分の店で、危険な目に遭うこともなく、安定した生活を送って、最後はベッドの上で静かに一生を終えるのが目標なのよね。


 開店初日から売上ゼロじゃ、今後の人生設計が大きく狂っちゃう。


「ん~……よし」


 お客さんが来ないなら、こっちから出向けばいいじゃん!


 ということで、店の中でうだうだと考えてたって仕方ないと結論付けたあたしは、営業しに行くことにした。


「ちょっと冒険者ギルドに行ってくる。ルティ、店番よろしくね」

「かしこまりました」


 はてさて……開店初日に店長のあたしが店を空けるのもアレだけど、そんなことも言ってられないわよね。

 とりあえずお客を……んー……営業……んー……うちの商品のラインナップ的に、やっぱメインのターゲット層は冒険者なのよね。


 となれば、行くべきとこは冒険者ギルドか……。

 うーん、ここからだとちょっと遠いのよね。


 あたしが居を構えている町は、第三前線都市と呼ばれている。何に対しての〝前線〟都市なのかというと、この世界で唯一存在するダンジョンに対する前線だ。全部で八つある都市の三番目というわけだね。


 そんなダンジョンは、町から北西の方角に馬を使ってだいたい三日くらいの場所にある。


 で、冒険者ギルドは町の北西側。あたしの店は、町の南東の端っこにあって……早い話、端から端まで移動することになっちゃうのよ。

 歩きで行くと二時間くらいかかる。都市内を巡る乗り合い馬車を使えば、まぁ一時間くらい? もうちょい短縮できるかな?


 なんであれ、歩きで行くのは面倒ってこと。


 乗り合い馬車は……三十分待ち。まじですかー……。


「しゃーない」


 そういえば、なんの職業でダンジョンに挑んでいたのか話してなかったっけ。


「来たれ、我と契約せし者。汝の力は我とともにあらん!」


 呪文を唱えると、あたしの前に魔法陣が描かれる。


「フェンリル!」


〝力ある言葉〟とともに、魔法陣から漆黒の狼が現れた。


『よくぞ我を喚び賜うた。我が主、如何なる敵を討ち滅ぼそうか?』

「あー、違う違う。そういう物騒なのじゃないから。ちょっと冒険者ギルドまで乗せてってくれない?」

『……還ってよいか?』

「えー、いいじゃない。ぴゅーんって一瞬でしょ? すぐでしょ? ……だめ?」


 必死でお願いしてみたら、フェンリルが「むぅ」と困ったような雰囲気を醸し出した。。


『むぅ……従属を誓った身なれば致し方ない』


 渋々、といった感じではあるけれど、フェンリルは了承してくれた。ありがたや、ありがたや。

 これでお分かりかと思うけれど、あたしは冒険者だったころは調教士だったのだ。


 召喚士じゃないよ。


 よく『何が違うんだ?』って聞かれるけど、使ってる身としては全然違うと思う。


 まず、調教士は従える聖獣と予め契約しなきゃいけない。でなけりゃ喚び出すことはできないからね。

 対して召喚士は、自身の魔力を触媒にして、その属性の化身を喚び出すのだそうだ。炎の魔人とかね。


 次に、一撃の威力が段違いに違う。


 召喚士が喚び出す幻獣は、召喚主の魔力に関係なく超火力の一撃が放てる。聞いたところによると、魔道士が使う火球と同じ魔力量で、炎獄っていう最上級の火力が出せるらしいのだ。

 対して調教士が喚び出す聖獣は、帰還させるまで一緒にいられるけど、そこまで弩級の一撃は放てない。まぁ、契約した聖獣の強さによっては幻獣の一撃を上回ることもあるけど、ようはバラツキがあるのだ。


 あと、幻獣には基本的に自我はない。けど、聖獣には自我がある……とか、知れば知るほど、召喚士と調教士はまったく違うとわかるでしょう。


 あたしとしては、召喚士と調教士、どっちが上とか下とか言うつもりはない。


 けど、純粋な戦闘職で言えば召喚士の方が上かなーって思う。

 対して、調教士の優れてるとこは持久力があることかな。


 聖獣と契約を結ぶ最初の一歩がむちゃくちゃ大変だけど、それさえ乗り越えられれば後はなんとかなるかもしれない。

 それに、今回みたいにちょっとしたお願いをしたいときにも融通を利かせてくれるしね。


 そんなわけで、一分もかからずに冒険者ギルドに到着しました。


「ありがとー」

『終焉の獣と称される我を馬代わりに使うとは……』

「だって、あなたが一番速いんだもの。嫌だった?」

『……いや、愉快であると言いたかっただけだ。些事であれ、何時でも我を喚ぶがよい』

「ふふ、ありがと」


 感謝の気持ちを込めてモフモフしてあげると、フェンリルはグルルと気持ちよさそうに鳴いてゲートの魔法陣から帰って行った。


 それはそうと……はて? なんだか周囲がざわついている。フェンリルがどうのこうのって言ってる?

 おまけに、心なしか、あたしに視線が集まってるような気がするけど……ま、直接何か言って来られてるわけじゃないし、別にいっか。


 それよりも営業、営業っと。


「イリアスさん!」


 冒険者ギルドの入口をくぐったら、いきなり詰め寄られた。

 誰かと思えば、あたしが駆け出し冒険者だった頃からお世話してもらったミュール・ハチュラー担当官じゃないですか。


「どうしたの、ミュール。怖い顔しちゃって」

「どうしたもこうしたもないです! 街中をフェンリルで駆け回るって、何やってるんですか! 契約した聖獣を街中で出すのは規定違反ですよ!」

「えー、だってあたし、もう冒険者じゃないし……」

「街の規定です! 冒険者だろうとなかろうと、関係ありません!」


 そんな規定、知らんがな。


 そもそも調教士としての技能はあたし自身の能力だし? ペンを使える人が文字を書くのと同じで、使える技能を使っちゃダメってのはおかしくない?


「まったく、あなたって人はどうしてそう一般常識からズレているんですか。いい大人なんですから、ちゃんとわきまえてください!」

「わかったわかった、わ~か~り~ま~し~た。そんな怒ると、可愛いお顔が台無しよ」

「怒っていても、私の可愛さは損なわれません」


 堂々と言ってのけるところが、さすがエルフさまと思わざるを得ないわね……。

 まぁ、可愛いと言ってもエルフとあたしみたいなヒューマンは、成長の速度が違う。だいたい十倍くらいの差がある。

 そのくせ、時間感覚や精神的な成長速度はヒューマンと同じなのだから、見た目ほど考え方が幼くはない。


 今、ミュールの見た目は、ヒューマンで言うところの十代半ば。その十倍になると、百五十歳くらいだと思う。

 見た目は子供、頭脳は大人を地でいってるから困る。ちょっとしたお世辞やおべっかは、大人の余裕であっさりスルーしちゃうのよね。


「で、今日はどうしたんですか? 冒険者を辞めて、ご自身のお店を持ったんじゃなかっったですか?」

「あ、そうそう。実はそのことで相談があってね」


 出会い頭に怒られたが、目的を考えれば冒険者ギルドに来て早々ミュールと会えたのはよかったのかもしれない。


「さっき言ってたあたしのお店なんだけど」

「? ええ」

「今日、開店なのは知ってるわよね」

「え、そうなんですか?」


 ……あれ? なんで驚くのかしら。前もって話してたはずなんだけど?


「教えたよね?」

「すみません、業務が忙しかったもので」


 んー……それはまぁ、本当かなぁって思う。開店日を教えたら、素で驚いてたし。

 これはあれかー……あたしの宣伝が足りなかったってことかなぁ。

 まぁ、過ぎちゃったことは悔いても仕方ないわね。


「それでね、冒険者ギルドの方で何か買ってくれないかなーって思って」

「ギルドで? そんなの無理ですよ」


 即答っ!


「いやでもほら、冒険者用のポーションとか解毒薬とか、武器や防具とか、いろいろあるでしょ?」

「そういうのは提携している業者さんから仕入れてますから……今さらイリアスさんのお店から購入する必要はないんですよ」


 言われてみれば、そりゃそうか。冒険者ギルドでも、一番ランクの低いポーションや武器、防具など、消耗品の類いは売っている。冒険者の数を考えると、出入りの業者に頼まないと在庫の確保は難しい。

 そしてそれは、おそらく昔からの付き合いがある業者なんでしょう。今さらあたしみたいな新参者が横から割り込めるのは、よっぽどのことがない限り難しい。


「別に定期購入してくれなくてもいいのよ? 高額品とか、少しはあってもいいんじゃないかな?」

「ポーションとかの消耗品なら、上級品まで仕入れてますからねぇ。武具に関しても、それなりのものになれば皆様専属の鍛冶師に頼むものじゃないですか?」


 むぅ……そう言われると返す言葉もない。ポーションなどの消耗品ならともかく、武具──それも、ある程度の性能を持つ武具を購入する客層となれば、中級以上の冒険者だ。扱う武具がイコールで自分の命綱ということも理解してるでしょう。


 そんな大切なものを、冒険者ギルドで買ったって仕方が無い。懇意にしている鍛冶屋で整備も含めて頼るのは当然よね。


「そもそも、イリアスさんのお店でそういう上級品を扱ってるんですか?」

「基本は日用使いの低価格品だけどね。要望があればなんでも作るわよ」


 自慢じゃないけど、材料さえあればあたしに作れないものはないわ。


「えー……じゃあ、そうですね。美肌クリームとか、体調を整える内服液とか、そういうのをお願いしたいかも?」

「それ、ミュールの欲しいものじゃん……。まぁ、後でお店に買いに来てよ」

「あれ? お店ってどこでしたっけ?」


 それも前に話したと思うんだけど……まぁ、野暮なことは言わないでおきましょ。


「南地区と東地区の境目あたりよ」

「ここから正反対の、住宅街じゃないですか」


 ミュールに呆れた顔をされてしまった。


「いくらなんでも、冒険者ギルドから遠すぎですよ。途中に鍛冶屋も道具屋もなんでもありますし、うちを顧客にするのって無理ありません?」

「だって、そこしか空いてる土地なかったんだもん」

「……思うんですが、イリアスさんって商才がないんじゃありませんか?」

「ちょっと!?」

「だってほら、立地も考えずにお店を建てちゃうし、開店初日にこんなところで営業しちゃうほどだし……やっぱり冒険者のままがよかったんじゃないですか?」

「だから、辞めるときにも言ったけど、あたしは命と一攫千金を秤に掛けたくないの!」

「そうでしたっけ?」

「ちょっと、お婆ちゃん。さっきから物忘れ激しくない?」

「あ?」

「すみません、失言でした」


 エルフに限らず、長命種に年齢の話は厳禁です。


「ともかくですね、冒険者ギルドの職員としては、やはりイリアスさんはダンジョンに潜ってトレジャーハントを続けて欲しいと思うわけですよ。先日、新たな階層も発見されたわけですし、そこで秘宝を見つけてきていただきたいところです」

「ああ、そうらしいわね。てか、ヴィーリアやゴッシュ、ルティアスとかが、うちの店にわざわざ出向いて勧誘だけして帰ってったんだけど? もはや冒険者じゃないあたしを誘うって、冒険者ギルドの教育ってどうなってるのさ」


「それだけ頼られてるってことじゃないですか」

「てか、あいつらあたしを利用するつもりでしょ。そのくせ、買い物もしないで帰っていきやがったわ」

「それが答えじゃないですか?」

「というと?」

「今、お名前が上がったお三方、そろいもそろって上位ランクの冒険者ですよ。ヴィーリアさんなんて、Lクラスの冒険者じゃないですか」


 冒険者ギルドのランク分けをざっくり説明すると、全部で五段階になっている。


 まずは見習い。冒険者ギルドに登録したての子ね。そこから定期的に一年仕事をこなすか、目覚ましい活躍をするとCランクになる。

 で、Cランクになって仕事を定期的に三年くらいこなすか、これまた目覚ましい活躍をすればBランク。Bランクから五年仕事を続けるか、目覚ましい活躍をすればAランクになるってわけ。もちろん、それぞれのランクに適した仕事を定期的にこなさなきゃダメよ。


 活躍しなくても年数を重ねれば自然とランクアップするのはヌルい、と思うかもしれないけど、逆を言えば定期的に仕事をこなすのが難しい、とも言える。


 当然のことながら、ランクアップすればそれだけ仕事の内容も難しくなる。

 冒険者の〝難しい〟っていう仕事は、命を落とす危険度が増すって意味もある。


 ちゃんと統計取ったわけじゃないけど、千人の見習いがAランクまで上り詰める率っていうのは、一パーセントあるかないかってとこじゃないかしら?

 そして最後に残るLランクっていうのは、まるっきりの別次元。全世界でも片手で数えるくらいしかいないかもしれない。


 最低条件としてAランクまで上り詰めるのはもちろん、そこから類い希な業績を残した者だけが与えられる名誉称号の意味合いもあるのよ。

 ちなみにLランクの〝L〟はLegendのLね。


「そんな方々が、イリアスさんのお店で買い物せずに帰っていったってことは、イリアスさんのお店にめぼしいものがないってことでしょう? それで冒険者向けのお店っていわれましても、説得力ないですよ」

「うぐぅ……!」


 痛い、痛い。ものっすごく痛いとこを突かれた!


「やはりですね、ここは素直に冒険者に戻られたら如何です?」

「めんどくさーい。また新米から始めろっての?」

「ライセンスは残してありますよ?」

「え?」


 思いも寄らなかった話に、あたしは素で驚きの声をあげた。


「なんで?」

「なんで……って、称号持ちの冒険者を、本人が『辞めます』って言ったからって簡単に除籍するわけないじゃないですか。ギルドカードの返納もしてないでしょう?


 称号は、ギルドのランクに関係なく贈られる。いわば勲章みたいなもの。

 うーん、確かに勲章をもらった騎士が「騎士団辞めます」とか言い出しても、すぐに手放したりはしないわよね。


「というわけでして、イリアスさん。どうやら既にご存じのようですが、ダンジョンに新階層が発見されました。探索依頼、受けません?」

「や~よ。自分の店のことがあるし、そもそもダンジョンで見つけた財宝は──」


 ふと、閃いた。


 冒険者として、ダンジョンに潜って得た財宝は自分のものになる。そして、手に入れた財宝はギルドに買い取ってもらって日々を生きる金子にする。

 けど、あたしは自分のお店を持っている。

 財宝を手に入れたら、自分のお店で売れば中抜きされずに丸儲けになるんじゃないかしら!


「言っときますけど、ダンジョンで手に入れた財宝をネコババしようとしたら罪に問われますからね?」

「えっ!?」


 まるでこちらの考えを読み取ったかのようなことを言い出すミュールに、あたしは驚きの声を上げた。そもそも、ネコババしたら罪に問われるって話にも驚いた。


「あのですね、ダンジョンは対外的に冒険者ギルドの管理地になってるんです」

「そうなの?」

「ダンジョン周辺および前線都市近隣の地域が、どこの国にも属さない中立地帯なのはご存じですよね?」

「ええ、まぁ」

「かといって、ダンジョンを放置するわけにもいかないのは、わかりますよね?」

「ええ」


 ダンジョンには財宝が眠っており、莫大な利益を生む金の卵である。

 けど、ダンジョンは危険極まりない魔物やら何やらも生み出している。加えて、そんな魔物がダンジョンから地上に溢れる現象も度々発生する。


 迷宮狂宴ダンジョンカーニバルってヤツだ。


 それが今から十五年ほど前にも発生していた。

 その被害はかなりの広範囲におよび、一部の前線都市は突破されて隣接国にも相応の被害が出たらしい。


 そこでちょっと考えてほしい。


 もし、ダンジョンがどこかの一国で統治・管理していた場合、他国にまで被害が及んでしまったらどうなるか?


 答えは単純明快、被害の補償をしなけりゃならなくなる。


 その補償っていうのも、単にお金払って「ごめんね」って言えば済む話じゃない。政治の話にまで膨らんで、国際的に厳しい立場になっちゃうんでしょうね。あたしは政治家じゃないんでよくわからないけど。


 そういうわけで、ダンジョン周辺および前線都市近隣の地域はどこの国にも属さない中立地帯となり、かといって誰も統治しない無法地帯にするわけにもいかず、冒険者ギルドだけじゃなくて商業ギルドとか、もろもろ含めたギルドがダンジョンおよび周辺地域の統制を取っている。


「で、肝心のダンジョンは武闘派組織である冒険者ギルドが管理してるってわけです」

「あー……つまり、ダンジョンで発見された財宝は冒険者ギルドの所有物ってこと?」

「対外的には、その通りです。ものすご~く雑な言い方をしますと、落とした財布を届けてもらったら、一割を謝礼として渡すマナーがあるでしょ? 冒険者ギルドの依頼と報酬は、つまりそういうやり取りと同じってことですよ」


 冒険者ギルドの場合は、そのマナーが〝依頼〟という形になっていて、〝報酬〟という扱いになってるわけか。


 なんともわかりやすい説明ね。


 わかりやすいけどさぁ~……。


「何それ聞いてな~い!」

「まぁ、数百年前に制定された制度ですからね。今の冒険者たちが知らなくても無理はないかもしれません」


 ただ、ダンジョンの財宝をネコババしたら罪になるって制度を知らなくても、そもそも冒険者がダンジョンで得た財宝を換金できる組織は冒険者ギルドしかない。

 なので、世の冒険者たちはネコババすることなく冒険者ギルドに届けてるってことみたいね。


「それに、届けられた財宝は武具や薬品の素材にもなりますから、商人ギルドに卸してるんです。なので、イリアスさんが勝手に財宝の売買を始めちゃったら冒険者ギルドだけじゃなく、商人ギルドからも白い目で見られるかもしれませんよ」


 うぐぐ……敵を増やすのはヤだなぁ……。


「で、でもさ、ダンジョンで見つかるのは財宝だけじゃないよね? 武具の類いも発見されることあるでしょ? それは全部、見つけた人がそのまま使ってるじゃない」

「武具に関しては実用品ですし、冒険者の安全性を高めるものですから、ギルドで保管しておくよりも実際に使っていただいた方がいい、という判断です」


 ぐぬ~……思ったよりもちゃんとダンジョンって管理されてたのね。各種ギルドも単なる寄り合い組織じゃないみたい。

 あたしとしても、せっかく危険な冒険者を引退して、商売を興して安定した生活を老後まで続けたいと思ってるのだ。後ろに手が回るようなことに手を染めたくはない。


 となると……財宝を売るのは、やっぱやめといた方がよさそうね。


「良い考えだと思ったんだけど……ん、待てよ……?」

「はい?」

「財宝は必ず冒険者ギルドに渡さなきゃいけないのよね?」

「ですよ。そういう話だったでしょう?」

「でも、武具は自分のものにしていい……と」

「ええ……えっ!?」

「ちょっとダンジョン行ってくる!」

「ちょっ、ちょっとイリアスさん! 何を企んでるんですか!?」


 何を? 決まってるじゃない。商売になりそうなことよ!

 せっかく閃いたこの商機、逃してなるものですか!

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