イリアス・フォルトナー雑貨店の営業日誌
にのまえあゆむ
第一幕 魔道具開発編
第1話 開店準備
ようやくこの日がやってきた。
念願だった自分のお店の開店日。あたしが選んだのは雑貨屋さんだ。
扱う品は、ポーションや武器、防具、それに冒険に必要な雨具や火打ち石など多種多彩。
まぁ、お店はなんでもよかったんだけどね。
ただ、自分の制作技能を考えたら、何か一点に特化したお店より、雑多になんでも扱うお店の方が向いてるかなぁって思って、雑貨屋に決めたわけ。
いやぁ、ここまでホント、長い道のりだった。
事業を興すにも先立つものがなければ話にならない。手っ取り早くお金を稼ぐには、冒険者になるのが一番──ってことで、渋々冒険者になった。
剣も魔法も使えないあたしだけれど、それでも採集系の仕事でなんとか貯金することができた。
それに、冒険者をやったおかげで、お金以外にも得るものがたくさんあった。
それは、いろんなとことのツテやコネ。
冒険者の仕事ってのは、一人でできるもんじゃない。まぁ、あたしは基本一人でやってきたけど、よりお金を稼ぐなら一時的にチームを組むこともある。
その全員と仲良くなったわけじゃないけど、馬が合う人もたくさんできた。
そこからさらに、いろんな人を紹介してもらって、冒険者だけじゃなくて町の人や商業ギルドにも顔が利くようになった。
そういうこともあって、開業するにあたって商業ギルドへの手続きもスムーズに進んだし、住居としても兼用できるお店の手配も、自分のイメージ通りに通すことができた。
やっぱ人との縁は大事よね。
おかげで、立派なお店を持つことができたわけだし。
「店長、にやけてないで動いてください」
これまでの苦労を思い返し、それでも形になった思い出でニヤニヤしてたら、一緒に働くパートナーに咎められた。
名前はルティーヤー・クレアベル。あたしは親しみを込めてルティって呼んでる。
若草色の髪におっきな胸、切れ長の目に熟れた果実のようなプルプルの唇と、まぁなんていうか、世の男性の願望を濃縮したような容姿をしている。中身は苛烈だけどね。
彼女は冒険者になる前に知り合って、あたしが店を開くことになってもついてきてくれて、こうして一緒に商売していくことになった。
「明日には開店なんですから、今日中に整理しないとダメでしょう? だから余裕を持って行動してくださいと、あれほど言ったのに……」
ま、まぁ、小言の絶えないちょっと口うるさい性格なのは、ご愛敬ってことで。
「わかってるわよ。ちゃんと整理しますってば」
「とかなんとか言って、店内の整理はほとんど私がやってるんですけど?」
んー……はっはっは。事実だけに、返す言葉もないわね……。
「ルティには感謝してるわよ、ホントに」
「相応の見返りを期待したいところですね」
「うんうん、考えとく!」
「……その言葉、お忘れなきように」
う……目が怖い。あんまりご無体な要求をしないでくれることを祈ろう。
「ところで店長、お店の名前は決まったんですか?」
「店の名前?」
あー、そういえば決めてなかった。看板も、最後の最後に自分で作って店の入口に掲げるってことにしてたんだっけ。
けど、それを正直に言ったら、またなんか言われるかもしれない。
「も、もちろん決まってるわよ」
「目が泳いでますけど?」
ぐぬぬ……目聡いわね。どんだけ注意深く見てるのよ。あたしのこと大好きすぎじゃない?
それでもあたしは……負けないっ!
「大丈夫、ちゃんと考えてあるから! もう今から看板作ってくるから!」
こうなったら仕方ない。店の名前は当初予定していたヤツでごり押ししよう。
開店は明日なのだ。ここで押し切れば、ルティだって嫌とは言えない……はず!
急いで店の裏へ回り、工房に駆け込んで看板用のおっきな板を引っ張り出す。看板を作るわけだから、木槌とノミは必要よね。
で、ここからが腕の見せ所。
「
唱えると、木槌とノミがひょこっと起き上がる。
「
続けて紡いだ詠唱に応じて、木槌とノミがひとりでに動き出し、板に文字や飾りを彫り込んでいく。
いったい何をしたのかというと、自分が「作りたい」とイメージするものを、その原材料となる素材に類する属性精霊にお願いして作ってもらっているわけ。
これは何も、あたしにしか使えない特殊な技じゃない。世の中で物作りを生業にしている人なら誰もが使う、制作技術だ。
世間では、この技術を
けど、だからといって誰もが簡単になんでもかんでも作れる、ってわけでもない。そもそも、実際に作業をするのは属性精霊なのだ。
だから、作れるものはこっちの呼びかけに応じてくれる属性精霊の階級で変わってくる。
階級が高い属性精霊が応じてくれるなら、複雑で緻密なものでも作れるでしょう。
階級が低ければ、雑で簡単なものでも失敗する。そもそも、属性精霊が応じてくれないこともあるのよね。
例えばドワーフ。あの人たちは
対してあたしは、なんでかよくわからないけど、属性を問わずにみんなけっこう協力的なのだ。
だから木工で看板を作ったり、錬金で薬を作ったり、鍛冶で武器や鎧も作れる。雑貨屋になろうと思ったのも、そういう経緯があったからなのよ。
もっとも、どんなに制作技術がまんべんなく使えたって、材料がなくちゃ話にならない。おまけに、道具がなければ何もできない。
作りたいものがあるのなら、必要な素材と、それを作る道具が必要になるのだ。
おかげで、あたしの工房は「何屋さん?」と言われちゃうくらい、あれこれいろんな道具や素材が散らばっているんだけど……ま、それはそれ。
「できたわよ!」
あたしが店舗に戻ってみれば、あらかた片付いていた。
さすがルティ、出来る女はひと味違うわ。
「できたって、どこにあるんですか?」
「裏の工房。重くって持ってこられるわけないじゃない」
「非力ですねー」
「ルティと一緒にしないでくれる?」
さすがのあたしも、真顔でツッコむわ。
「それよりほら、看板!」
あたしはルティを工房に連れて来て、完成したばかりの看板を指さした。
「イリアス・フォルトナー雑貨店!」
「えぇ〜……」
ルティが露骨にドン引きした表情になった。美人が台無しよ!
「なんでそこまで自分の名前を店名にしたがるんですか。自己顕示欲が強すぎません?」
「いいのよ! 一目であたしのお店ってわかるでしょ?」
「同姓同名の人がいたらどうするんですか」
「この都市にいる? あたしと同姓同名が」
「そもそも、一緒に働く私の名前はなしですか?」
「え、入れた方がよかった?」
「………………」
「ま、まぁ、開店は明日なんだからこれでいいでしょ? はい、決定!」
「まったく……行き当りばったりなところは治したほうがいいですよ」
「もーっ、うるさいなぁ」
と、いうわけで。
イリアス・フォルトナー雑貨店、明日から開店です!
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