眠れない夜
ベッドに入ってからも、仁栄はしばらく眠れずに今日のことを考えていた。対抗リレーのこと、木崎のこと、若林が言ったこと、そして帰り道に冬馬が言ったことを。
ホームルームで若林は、今日の運動会の感想をたった一言、「非常に残念だった」とだけ言った。そのあと、彼は来週の予定を告げてホームルームを終えた。
若林の声はいつになく静かで悲しげだった。本当はもっと怒鳴られることを覚悟していたクラスの皆は、何となく拍子抜けしているようだった。
しかし、とても悲しげな若林のその一言は、仁栄の心に深く響いた。きっと、クラスの皆も同じように感じたのではないかと、彼は思っていた。
仁栄が教室を出るとき、黒板の上に貼られたクラス目標が視界に入った。クラス目標の「一致団結」、今回の運動会はそれとは程遠い結果となってしまった。そんな暗い気持ちのまま、仁栄は冬馬と一緒に下校した。
日差しはまだ高く、暑かった。遠くで鳥の囀りが聞こえていた。
「今日はなんか、残念だったな……」
手提げをブラブラさせながら仁栄は言った。
「ああ、全部が全部残念だったわけじゃないだろうけど、一致団結とは程遠かったな……」
両手をポケットに突っ込んだまま、冬馬は隣の仁栄の方を見ないでそう言った。
「何で先生はもっと怒らなかったんだろう?」
「何も言わない方が、よく伝わることもあるって思ったのかもな……」
「そうか……トーマってよく分かってるよな、そういうこと。なんか大人みたいだ」
「まあ、精神年齢三十六歳だからな」
「ははっ」
仁栄はそう笑ってみたものの、本当は精神年齢の意味をよく知らないでいた。
ただ冬馬と話をしていると、自分も少し大人になった気になれたし、何より楽しかった。今回のように暗い気分の時でも、なんだか彼と話していると気分が晴れてくる気がしていた。
仁栄は歩く速度を緩めながら、徐に手提げから弁当箱を取り出した。昼間に全部食べられずに、お握りをふたつ残しておいたのだ。
「あっ! そういえば何でさっきオレの肩を押したんだよ? おかげで木崎とはもめるし、先生には怒られるし、だいたいなんでオレが佐々木を助けるんだ?」
仁栄は後ろ向きに歩きながら、お握りを頬張った顔を冬馬に向ける。
「バーカ、あれは不可抗力だよ」
冷静な表情のまま冬馬は惚けた。
「は? フカ、フカコウ……何だって!?」
「女の子には優しくしなきゃいけないんだよ。それに……」
「ちぇっ! 何だよそれ」
頭では分かっていても、仁栄には完全に冬馬の言葉をまだ理解出来ないでいた。
「それに……佐々木さん、たぶんおまえのこと好きだぜ」
「ゲホッ! ゲホッ!」
お握りを飲み込むタイミングを間違えた仁栄は、何とか無理やり飲み込むと涙目で冬馬を睨んだ。
「ゲホッ! 何で分かるんだよ、そんなこと!?」
「オレにはなんとなく分かるんだよ……」
「どうしてだよ? だってあいつ、いつも突っかかってくるし、絶対オレのこと嫌ってるだろ!」
「大丈夫だよ。そんなこと普通だよ。仮に今はまだ好きじゃなくても、もうすぐ好きになるよ。オレには分かるんだよ……向こうで見てきたから……」
冬馬の視線は何処か遠くを見ていた。
「え?」
仁栄には最後の部分はよく聞き取れなかったが、冬馬の言っていることで頭をすっかり混乱させてしまった。
彼が正面を振り向くと、目の前に大きな水無し川に架かる大橋が広がっていた。いつの間にか二人はここまで帰ってきていたのだ。
「じゃあまたな! 火曜日!」
「おい!」
突然橋の方へ駆け出して行く冬馬に、仁栄はただその場に立ち尽くして見送った。そして、残りのお握りをただ飲み込むだけだった。
仁栄は眠れずに何度も寝返りを打つ。
「……何で佐々木がオレを好きなんだよ……それになんだよ、もうすぐって……さっぱり分かんねえ。女子なんてうるさいだけじゃんか……」
仁栄は布団を頭から被った。
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