第4話 はじめての上野ダンジョン

更衣室を出ると、ユウが4人掛けのテーブルにひとりで座って待っていた。テーブルの上には、大きな剣が置いてある。両手で持たないといけないほど大きい剣が、鞘に入れられていた。

はじめてダンジョンに潜る私たちは、ほとんど私服のような格好に、ベルトを巻いてポーチをつけていたり、剣を吊り下げていたりしている。

わかりやすく、初心者感が丸出しだった。

ユウだけは、やる気をみせていて自分で買った皮の胸当てをつけている。それだけでも、なんとなく冒険者に見えていた。

「遅かったな」

 待ちきれない様子で、ユウが言った。

「更衣室にモンスターが出たの」

 私はそう言った。

「モンスター? ど、どんなだよ」

「後ろから抱きついてくるモンスター」

「なんだ、アオイか」

「そう」

 それだけ言うと、わかりきったようにユウが言った。アオイは舌を出して「てへっ」と、反省している。まったく反省してない、もう。

「更衣室で、となりになった冒険者のおっさんがさ、もう、ガチですげえの。マジックテープで太ももにナイフくくりつけたり、マジックアイテムみたいなアクセサリーを全部チェックしてからつけたりしてて、それがカッケーんだよ。その人にもらっちまったよ、体力があがるネックレス。体力が+3されたぜ、いいだろ」

 ユウの胸元の銀のネックレスに、赤い石がはめ込んである。ダンジョン産のネックレスには、不思議な力があるみたい。ただ、武器もダンジョンのマジックアイテムも、外に持ち出したら法律違反になるから、気をつけないと。

「それ、外し忘れて捕まらないでよね」

 アオイがユウのネックレスを見ながら言った。

「それな。忘れてたら、言ってくれよな」

 どこか、3人とも緊張しているみたい。

 いつも通りでいても、なんとなく違和感がある。

 私に、怖いって気持ちはなかった。その代わりに、わくわくしてる。

 今にも勝手に足が動いて、飛び出しそう。

 はじめて春が来て、春一番が背中を押してくれてるみたいに、勢いがついていた。

 おかしいな。ダンジョン、そんなに乗り気じゃなかったのに。

 いざ、ダンジョンを目の前にしたら、胸が高鳴る自分がいて、困惑している。

 なんでだろう?

 ダンジョンが、私を呼んでいるのかも。

「ユノ、なんだか楽しそうね」

 アオイが、意地悪な笑みを浮かべながら言ってくる。

「そうかも」

 なんとなく、ショートソードの柄を握って、鞘から2センチほど抜いて、鉄の輝きを見つめる。また、鞘に戻した。

「ユノ、ギルドの中では抜刀しちゃいけないんだぞ」

「あっ、ごめん」

 しまった。まだ、剣を抜いちゃだめなんだった。事前に説明を受けてたのに。

 武器を構えていいのは、ダンジョンの中だけ。剣と魔法が許されるのは、ダンジョンっていうファンタジーの中でのみだった。そうじゃないと、ウィザードさんのようなギルドナイトっていう、冒険者をまとめあげる人たちに注意されちゃう。

「いこっか」

 私が、そう口にしていた。

 待ってましたと、ユウが立ち上がる。大きな剣を、ななめに担いだ。

 アオイも、ふだんの雰囲気と変わって、目に真剣さを浮かべた。ぎゅっと、持っている短い槍を握りしめていた。魔法使いは、レベルが低いと魔法が使えなくて、直接戦う人が多いんだとか。

 私たち3人は、冒険者ギルドの建物を通って、ダンジョンへと向かった。

 ダンジョンとは、建物内でつながっている。でも、いざというときにダンジョンとギルドを切り離せるように、建物の間には大きな扉があった。

 異世界への門みたい。RPGをはじめ、ファンタジーが好きな私は、そう思った。

 駅の改札みたいに、冒険者カードを認証するゲートをくぐるとダンジョンへの入り口があった。

 さっき、金属製の大きな扉を異世界への門って言ったけれど、私の間違いだった。

 異世界の門が、目の前で開いてる。

 ビルの4階? ううん、5階とかかな。そのぐらい大きな、石の扉。すごく手の込んだ装飾が彫ってある。

扉が開いているのに、中は真っ暗で何も見えない。はじめて、この中に入ろうって思ったひとはすごい。きっと、ドローンが、人より先に入ってるけど。

 ダンジョンの入り口は、空気が重い。緊張の糸が、一瞬で張り詰めるような、なにかがあった。

「ここまで来て、怖気づいてたまるかよ」

 ユウが、そう言った。分厚くて、人の手では動かせないぐらい大きな門を見上げながら、ユウの背中を追う。

 立ち止まるアオイの手を取って、いっしょに歩いた。

「行くぞ、ユノ、アオイ」

 意気込んでから、私たちはダンジョンへと潜った。

 大きな暗闇に、身を投げる。

 繋がっているアオイの手が、痛いぐらいに握ってきた。

 目を瞑りながら、ダンジョンへの一歩を踏み出した。

 まぶしい。

 足元は急に抜けるとか、そんなことはなく、しっかりと固い地面がある。

 目を開けようとして、眩しくて瞼が降りる。でも、もうここはダンジョンだ。ぐっと力を入れて、目を開いた。

 息を吸うだけで、さっきと空気がちがうことに気が付く。なんだか、妙な感じがする。

「わあっ」

 私の口が、そう言っていた。

「おおおっ」

 ユウが口を開き、走り出す。

「なに、なに?」

 アオイは、ようやく私の後ろから顔を出してダンジョンを眺めた。

 世界が変わった。

 石造りの壁や柱のある広い空間。

 なにか、光があるわけじゃないのに、なんでか明るい。

 壁のタイルが1枚、1枚大きくて、石なのに模様があってきれい。

 光も、空気も、物も、ぜんぶちがう。

 私たちは、異世界に来た。

 胸がどきどきする。憧れがひとつ叶った。

 でも、知っている。

 ダンジョンは、自分でしか自分を守れないって。

 飛翔の耳飾り(フェザーベール)を触って、いつでも脱出できると安心する。

 私は一度、左右を確認して、ふり返ってから、もう一度左右に頭を振った。

「あれっ?」

 幻想的なダンジョンで、ぜんぜん幻想的じゃない風景。

 右を見てもある。左を見てもある。

 私たち以外の冒険者チームが、いっぱいいる。

 私服同然の恰好で、剣を抜いてはしゃいでいる人たちを見ると、なんだか緊張しているのがバカらしくなっちゃって。

 3人で顔を合わせて、ちょっとだけ落ち込んだ後、地図を広げてダンジョンの攻略を始めた。

「地図どう見るのー?」

 アオイが地図を眺めながらそう言う。私はアオイに大丈夫って言ってから、地図を指さす。

「たぶん、ここかここ?」

「だったら、まっすぐ行ってみりゃわかるな」

 ユウが広げる地図を見て、マーカーを引きながら、まっすぐ進んだ。

 ダンジョンには、入り口があるのに出口はない。入り口も、ダンジョンへの侵入口みたいで、ダンジョンの一階へとランダムに落とされる。出るときは、一階にあるゲートを通るか、耳飾りで脱出するかになるみたい。

「よし、わかった。ダンジョン、とりあえず進もうぜ」

 ユウが現在地を把握してくれていた。地図を見るのが面倒くさい私は、後ろを見ながら歩いて行けばいいだけだったし、楽だった。

 一番後ろで、時折長い通路を振り返りながら、進む。

「モンスター、いないね」

「ねーっ。レイドのとき、いっぱい出てくるのに」

 気が緩んで、アオイと並んで歩いている。ユウだけは、ちゃんと地図を見ながら進んでいた。

「モンスターもいねーし、そのクセ人が多いし、ダンジョン感がないんだよな」

 剣を腰からぶら下げた冒険者3人とすれ違い、しばらくしてからユウが言っていた。すれ違うのが、慣れない冒険者のチーム同士だと、ジロジロ相手を見ながらすれ違うため、すぐにわかる。慣れた人だと、わき目も振らず、ダンジョン内を最短で最速で駆けて次の階へと進んでいた。

 ダンジョンが、すごいって思ったのもつかの間、景色が変わり映えしないせいで、すぐに慣れちゃった。

 アオイも、握りしめていた槍をぶらぶら振って歩いてるし、ユウも地図を持ちながら、退屈そうにしている。

「あのさっ」

 先生がいないからって、気を抜きすぎだよ。学校の教室でそういうと、いい子ちゃんみたいに思われるって知ってる。でも、この2人になら言えた。

 もうちょっと、気を付けていこう。

 そう言おうとした矢先だった。

 私が声をあげると、ユウが足を止めてふり返る。アオイも、私を見ながら首をかしげていた。

 私の目には、光が映る。地面が光って、次第にその光が形になっていく。

 瞬き3回ぐらい、すぐ。

 なにもなかった場所に、モンスターがいた。

 しかも、ユウのすぐ後ろ。

 おおきな、おおきな、白い芋虫。なんだか頭から角が伸びてて気持ち悪いとか、動くときウネウネしてるとか、ほんとうにイヤ。

 このとき、私はどうすればいいのかを、頭では知っていた。

 早鐘を鳴らす心臓のリズム。ドクン、ドクン、ドクン。すっと、音が遅くなる。

戦う。

 体が、その通りに動いてくれる変な感覚があった。

 血が熱くなって、頭が冷たくなって、衝動に突き動かされる。

 アオイと結んでいた手を放す。繋いでいた手を、今度は剣の柄と繋いだ。

 おっきな芋虫、たしかクロウラーっていうんだっけ。クロウラーと私の間には、ユウがいる。男の子にしては身長とか高かったり、体が大きかったりするわけじゃないけど、それでも間に入られると真っすぐ進めなかった。たぶん、気づかなくて、どいてくれないし。

 すっと体から力が抜ける。

 滑るようだと思った。目が一定のラインを横に滑ってる。

 私は、ユウの右隣に移動している。

 白いクロウラーが、見るのもイヤな色の角をユウに向けて動かしている。

 気づいたら私は、両手で剣を握っていた。

 自然に、剣を構えていた。だらりと、剣先を右下の地面につきそうなぐらいにぶら下げる。剣を持っている手には、力が全然入っていない。剣を握る力だって、ぞうきんを絞るぐらいの力しか入っていなかった。

 おかしいな。戦うの、はじめてなのに。

 ぐんっと体が動いた。

 髪がなびいて、前に進みながら体が沈んだ。

 私は、モンスターの前を走り抜ける。

 振り上げた右手の感触が、意外だった。

「おっもい」

 クロウラーの頭に剣が深々と入る。入ったまではいい。でも、頭が固くて、ぶちぶちと中身を千切る小さな振動が手に痛い。勢い付いたまま、剣を振りぬこうとするのは、意地かな。ぐっと右手で力を入れて振りぬこうとする。腕が伸びちゃってて、ぜんぜん力がはいらなかった。

いけない。剣が刺さったまま、とまっちゃう。

 すぐに作戦変更。

 閃いた。すぐに実施する。

 剣を握る右手を確かめ、引いていた右足で地面を蹴る。

 そのまま、右の膝で右手を蹴り飛ばした。

 勢いのまま、剣が抜けた。

 ふわっと地面から浮いた状態で、綺麗な銀色の軌跡が左上へと抜けていく。

 もう、重さは感じない。

 剣は軽やかに右手を離れて、左手が大きく後ろに沿っていた。

 いけない。まだ、倒せて無いかも。

 着地した左足を起点に、体を反転させる。頭上を通し、右の肩に担ぐように剣を構えた。

「あれっ?」

 モンスターは現れたときのように、光になって崩れ、すうっと消えていく。真っ白で光輝く糸の束だけが、モンスターを倒した証として地面に落ちていた。

 振り下ろし先をなくした剣を、鞘にしまった。

 一回斬ったら、倒せちゃうんだ。物足りないかも。

「ユノちゃん、格好いいーーーっ」

「強すぎるだろ、ユノ」

 抱きついてくるアオイを受け止めて、私はつぶやいた。

「いまの脳筋っぽくて、ヤダ」

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