第2話 上野ダンジョンへ

 上野駅、公園口の交差点を渡ったところ。

 空には、いくつものドローンが浮かんでいる。ドローンに吊り下げられた大きなテレビを、みんなが見ていた。上野の有名な待ち合わせスポットだけに、ひとが多い。

 モンスターレイドの映像が、テレビの画面に映っていた。

 上野公園が映る。

 だれもいない上野公園。静まり返った公園で、黒い影が動く。

 モンスターだ。

 地上に、モンスターの現れる夜がある。

 モンスターレイド。

 満月の夜、上野ダンジョンから出てきたモンスターが、上野公園を襲う。

 それと戦うのは、冒険者の役割だった。

 上野公園の大噴水の近くに、モンスターがいる。車より大きな黒い蟻、大きな白い芋虫、3メートルはありそうな、動く石の巨人。ダンジョンから湧き出た、この世のものではない異形たち。

 モンスターは、ゲートという扉を壊して外に出ようとする。

 冒険者は、ゲートを必死になって守る。

 人間と魔物の戦争だって、大人は言う。

 だから、冒険者って居なくちゃ困るし、テレビにもよく出てるし、なにより格好良い。

 そんな格好いい冒険者代表といえば、ウィザード。

 ほら、今テレビにも映ってる。

 杖を振りかざし、魔法を使う、背が高くて綺麗な男の人。

 夜の上野公園を明るくするぐらい、強烈な光があふれる。

 まるで、火の海だ。

 襲ってくるモンスターの群れを、炎の津波が飲み込んだ。

 炎の波が引いたら、モンスターはいなくなる。灰のような光になって、形が崩れて消えていった。

 魔法を使ったウィザードさんが、空に浮かぶテレビに大きく映る。きゃー。周りから、黄色い声があがった。わからなくはない。だって、格好いいし。そして、強いもの。

 上野・ウィザード。トップ冒険者の名前には、地名がつく。世界に、いくつもダンジョンがある中で、とくに規模が大きいダンジョンをビックダンジョンって言ってるみたい。上野もそのなかのひとつ。

 ビックダンジョンで行われるモンスターとの戦争で一番貢献した冒険者には、次のレイドまでの間「上野」とか、ダンジョンのある地名が称号として与えられる。前のレイドで一番の冒険者、ウィザードさんは、上野ウィザードって言われる。一回だけじゃない、何回もその称号を取ってる。そんな強い人が日本中に何人もいる。

 例えば、新宿ダンジョンを縄張りにしてる冒険者チーム「ライオット」の幻夜さんとか。大阪とか京都にも有名な冒険者がいるってのも、知ってる。テレビでみるぐらいだけれど。

「ユノ~っ」

 よく通る、聞きなれた声で、自分の名前を呼ばれる。

「んーっ」

 生返事をした。視線は、テレビを見つめながら。

 ぎゅっ。

 勢いよく、横から抱きつかれる。

 シャンプーかな。甘い、フローラルな香りがする。

「待った? ごめんね」

 待ち合わせしていた友達と合流した。上沢(かみさわ) 葵(あおい)は女の子らしく、柔らかい体をぎゅっと私にくっつけてくる。ふわふわのウェーブのついたロングが、雰囲気にあっている。私も女だけど、こんな風に女の子してる子には、ちょっぴり憧れる。

「べつに、いま来たところだよ」

「うそ。だって、レモネード結構減ってるもん」

「おいしいから」

 氷が半分ぐらい溶けて、薄くなった飲み物を飲んだ。うん、それでもおいしい。

「エンプラのウィザード、かっけーよなあ。俺もあんな感じでテレビに出たいぜ」

 アオイのとなりでユウは、こぶしを握って、手のひらにバチバチ当てながら、そんなことを言っていた。

 南本(みなもと) 勇(ゆう)。幼馴染で、高校の同級生。私とアオイ、それにユウで、よく遊びに行く。今回のダンジョンも、そのノリだった。

「ユウくん、エンプラって、なに?」

 アオイが聞いた。後ろから抱きついて、私のお腹の前でぎゅっと腕を組んでいる。頭は私の肩にのっていた。いつも、くっついてるんだから、外でまでしなくても。

 べつに、いいけど。

「知らねーの? ウィザードが所属してた伝説の冒険者チーム。エンタープライズっていうんだ。大阪・景虎とか、京都・玉藻とか、ほんっとーに強い人たちが集まってた伝説のチーム。雷帝っていうリーダーがいたんだけど、どうも、ダンジョンで死んじゃって解散したみたいだ」

 ぴくっ。私の体に、不自然な力が入る。

 アオイが気づいて、腕に力をいれて抱きしめてくれる。

「ユウくん、行こっか」

 アオイが、そう言ってくれる。

「ん? あ、ああ」

 ユウもそう言われて、素直に冒険者ギルドに行ってくれるようだった。

 冒険者ギルドっていう、ダンジョンに潜る前に冒険者が、準備をする場所へ行く。

 公園を、しゃべりながら歩いて7分ぐらい。

 上野公園らしいとはいえば、らしい。2階建ての大きな建物。

 木造の凝ったつくりの建物のとなりには、不釣り合いに無骨な建物が目立つ。

 ギルドとダンジョン。セットになっている施設だった。

 私たちは、緊張しながらギルドへ入る。冒険者の登録のために来たとき以来だ。

 なんだか、ほかの冒険者にジロジロ見られている気がする。

 ギルドに入ると、まるで異世界のよう。

 鎧を着た人はいるし、剣を持った人もいる。

 どこかコスプレ会場のようで、コスプレにはない真剣を持っている人たち。

 これよ、これ。

 日常と、かけ離れた空気を目いっぱい吸った。私はいま、興奮している。

 アオイもユウも、きょろきょろと周りを見ていた。

 そういえば、と思い出す。

 あの冒険者がいないか、ギルド内を探してみる。

「あっ」

 珍しく、胸が高鳴った。

 見つけた。

 ほんとに、いた。

 ギルドのロビー。机と椅子があって、話したり、待ち合わせしたりするところ。そこに、いた。ぼさぼさ頭と黒いTシャツ。なんだか、だらしのない、あの後ろ姿。

「あれ、ウィザードだ」

 ユウが驚いてる声を出していた。アオイも黄色い声を出す。私は、飛び出していた。

 ウィザード? ほんとだ。テレビで見た人だ。なんだか、ちょっと芸能人みたい。綺麗な整った顔で、清潔感のある服装。でも、用はない。

 ウィザードの前で、背中を少し丸めながら、肩を震わせて笑っている、おじさん。私は、そっちに用があるの。

 気が付いたら、駆け出している。

 アオイが、私の名前を呼ぶ声がする。ごめんね、ちょっと待って。

 どうしても、一言伝えたいだけだから。

「おじさんっ」

 大きい声がでちゃった。

「はいっ」

 声をかけた人は、背筋を伸ばしながら返事をして、振り返ってくれる。驚いたように目を見開いていた。でも、私の顔をみて、笑いながら手をあげてくれた。

 2人が座っているテーブルの、となりに来た。

 あれ、どうしよう。言葉が出てこない。言いたいことは、いくつか……ううん、大事なひとつが、あったはずなのに。

 おじさんが、座りやすいように椅子を引いてくれて、おしりを乗せるところを叩く。

「さっきのお嬢ちゃんじゃないの、どうしたの? まあ、座りなさいな」

 そう言われて、緊張している私は、ガチガチのまま椅子に座った。

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