おじさんが女子高生を支援しちゃう、現代ダンジョン

扇 多門丸

第1話 プロローグ

 あー、もうっ。うるさいっ。


 右手に持っている飲み物のカップがへこみ、ガッと鳴った。


 危ない。レモネードが、こぼれちゃうところだった。


 氷の入った、買ったばかりのレモネード。赤いストローで一口含む。


 涼しいレモンの香りと、優しい甘さで私のイライラは、ほんのちょっぴり、収まった。


「ねえ、お姉さんひとり? カラオケいかない?」


 イラッ。


 また、声をかけられた。


 ほんっと、しつこいっ。


 なるべく遠くを見ながら歩く。駅前にある白いタイルの歩道橋と、その向こうにある百貨店の赤い看板を見ながら、歩く速度を上げる。


 上野駅についてから、友達との待ち合わせまで、すこし時間があった。


 どこにいこうかな。迷ってから正面口を出て、お気に入りのファーストフード店で、大好きなレモネードのジュースを手に入れた。


 そこまでは、良かったのに。


 店を出るとき、怒られるかもしれないけれど、歩きながら飲もうって思ったのがまずかったのかも。


 店から出ると、おしゃれな格好をした男ふたりと目が合った。いやな予感がして、すぐに顔をそむけた。ふたりのうちの、ひとり。肘でもう一人を押した姿が見えた。


 それから予想されることに、ため息が出た。


 結果は、ほら、予想通りだ。声をかけられて、いまのが二度目。


 また、ため息が出た。ため息まで二度目。


 幸せが逃げるっていうけれど、ちっとも幸せなんてないよ。


 今日なんて、全然綺麗な恰好してるわけじゃないのに。


 春以上、夏未満。5月の暖かさに合わせて、花柄のシャツにスキニーデニム。しかも、靴なんて運動靴だよ。


 これなら、高校の制服を着てきたほうがよかったな。


 男の人は、私についてくる。


「ねえっ、お姉さん。ダンジョン行かない? めっちゃ楽しいから、ホント」


 もう少しで、駅の構内に入る大きな階段。どこまでもついてくる男の人は、そう言ってくる。


 無視するって、決めたのに。


 思わず私は、声を出した。


「嫌い」


 不快さを隠さないせいで、目じりに力が入っている。もともとキツい目とか、勝気な目とか言われてるのに。


「嫌いなの。男の人。しかも、冒険者」


 きっぱりと言った。


 目を泳がせて、戸惑う男の人を置き去りにして、私は去るつもりだった。


「ちょ、ねえっ、最後。ほんっと最後だし。連絡先っ、連絡先だけでも教えて。一生のお願い」


 戸惑い、慌てながらナンパは言う。


 2回までは許して、男扱いしてあげたのに。今はもう、イヤなひと。嫌いな大人。嫌いな、男の人。


 ナンパは携帯を持ちながら、もう片方の手で私の肩に手を伸ばす。自分に伸ばされる腕が怖くて、はっと身構えた。それも一瞬だけ。すぐに、怒りがわいてきて。


「いいかげんにっ」


 そう叫んだときだった。


「やめなよ。嫌がる子に無理やり声かけて、動画とって楽しむっていう遊びなんかさぁ」


 間延びした声が聞こえる。まったく知らない人だった。


 新しく声をかけてきた男は、ふたりのナンパのうち、遠巻きに見ている男から携帯電話を奪って、自然に歩いてくる。携帯を奪った人は、「返せよ」と言いながら後ろから掴みかかるナンパを、まるで後ろに目がついてるように、かわしていた。


「この動画、どうやって消すの?」


 いきなり、声をかけられる。


 近くで見るその人は、おじさんだった。


 黒いTシャツにチノパンっていう、ふつうの恰好。


 冴えない、ぱっとしない。どこにでもいそう。


 でもなんだか、雰囲気はなつかしくて。


「このボタンで」


「ありがと。消しちゃった」


 携帯電話を操作しながらも、ナンパふたりをかわし続ける姿は、ドラマや時代劇の殺陣をみているみたい。


「返せよ、泥棒。クソオヤジ」


 ナンパが口汚く罵る。けれど、おじさんは、動じない様子で言い返す。


「オヤジって。・・・・・・返すよ。はい」


 おじさんは、殴るように手を振り回すナンパの前に、携帯電話を差し出した。


「ッハア?」


 ナンパは驚愕の声を上げながら、自分の手で自分の携帯電話を殴り飛ばす。


 携帯電話が宙を舞う。


 回転しながら、遠くに飛ばされる。道路の真ん中に、携帯電話が落ちて弾んだ。


 激しくクラクションが鳴った。ナンパは命より、携帯電話が大事だったみたい。すごい速度で行きかう車のなかに、ナンパは飛び出した。タクシーが、ナンパ男を轢くギリギリで止まる。わき目も降らずに、ナンパ男が道路を横断していた。


 クラクションが鳴り響く。なんだ、なんだと皆が注目する。


 むちゃな男の、すぐ目の前にトラックが通る。


 トラックは、ブレーキを強く踏み、人を轢かないように進む方向を変えた。


 ガシャン、バキバキッ


 トラックは、道路に落ちた携帯電話を粉砕していた。


 交通渋滞の真ん中で、大声を出して男が叫んでる。悲しんでるのはわかった。でも、なんだか、その光景に胸がすっとして。


 心から笑った。久しぶりな、この感情。


 ははっ、おかしい。こんなこと、ないよ。


 ナンパ男たちの絆は厚いみたい。2人組のもうひとりは、男を助けに車道に飛び出していた。放心して道路の真ん中で崩れ落ちるナンパ男1とそれを助けに行くナンパ男2。私がいやがるところを撮影していたみたいだけれど、いま皆に撮影されてるのは、向こうのほうだ。


「さあ、今のうちに逃げておこうか。僕ら、怒られちゃいそうだし。やれやれ、同じ冒険者として恥ずかしい」


 いきなり、すぐ近くから声をかけられて体がビクッとした。私を助けてくれた、おじさんだった。


 おじさんは、それだけ言うと人混みへと消えた。一瞬の出来事だった。私は、すぐにおじさんの姿を見失った。


 少し離れたところで、もう一度、あたりを見回す。


 突然の事に、ありがとうも、なにも言えてない。


 でも、冒険者って言ってたから、もしかしたら、また会えるかも。


 今から友達と一緒に、ダンジョンへ潜る約束をしている。今日が、ダンジョンにはじめて潜る日だった。


 未知と会える場所、ダンジョン。


 現代社会にいきなり現れたダンジョンには、まるでテーマパークのように多くの人が気軽に出入りしていた。私たちも、同じ高校の友達と行こうって言ってて、ダンジョンに潜るうちのひとりだ。


 ダンジョンに潜る人は、冒険者って呼ばれる。冒険者は、職業でもあり趣味でもあるって、よく言われてるかな。


 冒険者って、テレビに出てたり、街中でそれっぽい人を見るぐらい。直接、関わったのは、初めてだった。


 もう、どこかへ、いってしまった冒険者のおじさんに向かって、つぶやいた。


「ありがとっ」


 言葉は、周りを歩く人と、喧噪に吸い込まれて、すぐに消えてしまった。


 私は、晴れやかな気持ちで、上野ダンジョンの冒険者ギルドへ向かう。


 これが、私、柚ノゆのき 結乃ゆのと、おじさんの初めての出合いだった。




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