柊義人と異世界あんころ餅

たもたも

プロローグ おちゃらけじいさんとあんころ餅

 ベッドの上でパチリと目が開き、俺は夢から現実に引き戻された。


 窓からは光が全く入って来ておらず、辺りは何も見えない。まだ夜中なのだろう。


 普段は朝になっても昼まで寝ていたいくらいなのに、なんで今日は目が覚めてしまったんだろうか。俺ももう年か? まあ、まだピチピチの十七歳なんですけども。


 とりあえず二度寝をしよう。幸い尿意はない。俺は湯たんぽを抱きかかえようとしたが、いくら布団の中で手足を四方八方に伸ばしても、それらしきものは見当たらなかった。


 ベッドの下にでも落ちたのだろうか。取る手間と、湯たんぽのない冬の夜の寒さを頭の中で戦わせたところ、判定勝ちで寒さに軍配が上がったので、俺は渋々上体を起こした。


 その時だった。


「我が家へようこそ、ひいらぎ義人よしと君?」


 聞き馴染なじみのない声と共に急に視界が開け、先の言葉を発したと思われるじいさんが目の前に現れた。


 そこはこじんまりとした空間だった。


 小会議室ほどのスペースに石で覆われた床や壁。その空間のど真ん中には使い慣れたベッドと俺、ひいらぎ義人よしと。そして中央奥には一段高い所に豪勢ごうせいな椅子に座ったじいさんがいた。


 そのじいさんは白髪しらが白ひげ白ローブと、白ずくめだった。


 ところでさっきこのじいさんは「我が家へようこそ」と言ったが、俺は見知らぬじいさんの家でお泊まり会をした覚えはない。つまり、これは夢だ。そうに違いない。


「せっかくなら綺麗きれいなお姉さんに起こされたかったなぁ」

「なによ! ワシじゃ不満だっていうの!?」

「夢ん中でじいさんに起こされて喜ぶ少年がいたら見てみた……くはないな別に」


 てかなんなんだコイツ、口調気持ち悪すぎだろ。こんな奴が夢に出るとか相当疲れてたんだな·····。


「お主、まだ夢ん中だと思っとるのか?」

「夢じゃなきゃなんだってんだ」

「現実」

「こんな現実あってたまるか」


 これは本格的に疲れているようだ。もはや病的。


「まぁいきなり呼んだし無理もないかの」

「無理しかないな。萌え系妹にでもなって出直してきてくれ」

「高校生オタクに相応しい発言じゃの」

「俺はオタクじゃない!」


 図星を突かれると否定してしまうのは人の性である。


「またまた〜。中学二年生でラノベにどハマり。高校に入っても友達はできず、趣味は読書ですとか言いながらラノベしか読まない様な典型的なオタク人生を歩んどるじゃないか」

「全部知ってんのかよ……。でも俺は夢じゃないなんて信じないんだからねっ!」

「流石にキモイぞ」

「………今の結構心にきたわ」


 俺はそう言ってふて寝をした。


「ほれほれ、そう拗ねるな。夢じゃない証拠しょうこ見せちゃる。目を開けんかい」

「嫌」


 とは言ったものの、怖いもの見たさで薄目を開けた。

 

「まぁええわ。『ウェルク・ハーレ』」


 急にじいさんがそれっぽい呪文を唱えると、辺りに光が炸裂した。


「な……目くらましかよ!」

「ワシがそんなしょーもないことするないじゃろ」


 数秒後、光が消えるとそこには理想の萌え系妹がいた。


 しかも奇妙きみょうなことに、それは俺が願った萌え系妹と全く同じビジュアルだった。


 黒髪ロングでセーラー服姿の少女は、ベッドに座る俺を上目遣いで見つめてくる。


「どう? ワシ、かわいい?」

「……口調以外は」


 可愛い声で「お兄ちゃん♡」とでも言ってくれれば、すぐさま全肯定botになったっていうのにさぁ。 


「これで夢じゃないことが分かってくれたかの?」


 魔法を解いてそう言ったじいさんに向かって、これくらいなら夢でもできると言ってやりたかった。しかし、さっきの光によるリアルすぎる目の痛みや、会話がある程度通じている現状を鑑みて、心のどこかでこれは夢ではないのではないかというあわい期待にも似た感情が芽生え始めた。


「……で? 百歩譲ひゃっぽゆずってこれが夢じゃないとしたら、なんで俺はここに呼ばれたんだ?」

「お! ようやく聞いてくれる? いやー、最近やけに退屈たいくつでね。ルービックキューブやってたんじゃ」

「はぁ……」

「そしたら初めて二面クリア出来たんだよね。それが嬉しくて記念パーティー開こうと思ったわけじゃ」

「はぁ……」

「ところがどっこい。祝いの料理はつくったんだけども、肝心かんじんな祝ってくれる人が居ないんじゃ!!」

「はぁ……」

「で、呼んだってわけ」

「はぁ!!?」

「だからワシのルービックキューブ二面制覇せいは記念を祝って欲しいなぁって」

「今すぐ俺を俺の家に帰せ!!」


 正直なところ、一面そろえて二面目を完成させようとする途中で最初の一面が崩れてしまう経験しかない俺にとっては二面制覇せいはは十分にすごい。しかし、目の前のじいさんの誘拐行為に関しては異論を唱えざるを得なかった。


「嫌じゃ嫌じゃ! せっかくの記念と料理が無駄になるのは嫌じゃ!」

「駄々こねるじいさんの絵面汚すぎるから止めろ! てか祝いの料理なんてどこにもねーじゃん!」

「何言っとんじゃ。ほら、ここにあ……れ?」


 じいさんが指をさした場所にはあんころ餅があった。俺のベットの足に踏みつぶされた、あんころ餅が。


「お前、死刑ね」

「理不尽だな!」

「神の食事を汚した罪は死刑に決まっとるじゃろ!!」

「え…?アンタ神なの?」

「わしのあふれんばかりのオーラでわかるじゃろ!そんなことよりワシは絶対にお主を許さん!」


 いや、たしかに見てくれは神っぽいけども。


「そんでも死刑ってなんだよ。俺は自分の意思でここに来たわけじゃねーんだぞ!」

「それでも死刑は死刑なんですぅぅ!」


 殴りたい、このウザさ。


「俺をここに呼んだのは?」

「ワシ」

「この場所に転移させたのは?」

「ワシ」

「あんころ餅がつぶれたのは誰のせい?」

「お主」

「なんでなんだよぉぉぉ!!!」

「ワシが精根込めてついた餅を踏み潰したのはお主だからじゃ!」


 ダメだこのジジイ。俺はそう思った。


「あの、もういいんで元居た場所に帰してもらえないですかね?俺もうここにいる意味ないでしょ」

「だからワシを不機嫌ふきげんにさせた罪で死刑だっての」

「それ今適当に作ったよね!? 死刑はやめて!!」

「えぇー。でもなぁ……不機嫌にさせた罪はワシの機嫌を取れば許されるけど、お主がワシを喜ばせるのなんて今んとこ死ぬくらいしかないぞ?」

「俺が死んだら機嫌よくなんの!?」

「いや別に」

「テキトーなこと言ってんじゃねぇ! 他になんかないの?」

「そーじゃなぁ……うーむ」


 じいさんは白髭をさすりながら思案顔をする。少しだけわざとらしいように見えるのは先入観からだろうか。


「よし! じゃあさ、三百年後の地球に飛ばしちゃる。まあ、もともとそのつもりじゃったけど」

「は?」

「うむ。三百年後の地球は凄いぞー? 魔法とかバンバン使えるんじゃ」


 そういうと、じいさんはいそいそと何かの準備を始めた。


「……何してんの?」

「準備じゃよ。お主を三百年後の地球に飛ばすための」

「いやいや、意味わかんないから。もし俺が仮に……仮にだぞ? ……三百年後の地球に行ったとしても、そこで何すんだよ」


 じいさんは魔法の準備で忙しいのか無言だった。それに背後で謎の音がし始めた。転移の準備が進んでいる証拠なのだろうか。


「おーい? だから無理だって! それに俺、魔法とか使えないよ? こういう時は、その……最強スキルとか与えるのが常でしょ?」


「ハイハイ、最近の子はすぐそんなこと言うもんだからちゃんと準備してあるわい。ほれ」


 そういう所だけ物分かりいいじゃねぇかと思っていると、じいさんは俺に向かって何かを放り投げた。


「うぉっ! なんだこりゃ……ってさっきのあんころ餅じゃねーか! いらねぇ!」

「お主がねだるからあげたのにぃ」

「いらなくなっただけだろ!」


 もう髪の毛が後ろに引っ張られ始めた。これは本気でヤバイ。


「おぬしが困った時、そのあんころ餅を天に掲げてワシの名を呼べ」


 じいさんは急に真剣な眼差しをこちらに向けた。これはあれだ。ピンチになったら駆けつけてきてくれる的なやつ!


「多分誰かが助けに来てくれるじゃろ、たぶん」

「人任せなのかよ!」


 正直、ピンチの時にこんなおふざけジジイに来て欲しいかと聞かれても、首を横に振らざるを得ないが。


「こういう時はチートスキルか最強武器渡すもんなんだよ! 潰れたあんころ餅だけじゃ生きてくだけでも困難なんだけど!?」

「あのさ、最初っからずっと気になってるんだけどさ。もっと自分の立場弁えた方がいいよ? 言ったけどワシ、神だから。じゃ、頑張って~」

「無理だァァァ!」


 てかアンタもアンタだろ、と自称神様で傍若無人すぎるじいさんにツッコミを入れる前に、俺は背後の亜空間に飛ばされた。



 **



「くれぐれも死ぬなよ、柊義人」


 殺風景さっぷうけいな小部屋に漏れ出た一つの願い。先ほどまでのおふざけが一切消えたその言葉を聞くものは、誰もいなかった。

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