ミョウジョウと私2

 逃げて隠れたことが反感を買ったのか、それとも彼ら石の悪魔たちがそういう種族なのかはわからないが、私はひどく乱暴にミョウジョウの城へと運ばれた。彼らは私よりもずっと力持ちではあるが、怪力ではない。私を掴んだまま飛んで運ぼうとして、何度も取りこぼされ、結局引きずっては雑に放り投げるみたいなやり方で無理やり砂漠を横断させられた。関節が痛い。骨が軋んでいる。下が砂じゃなかったらきっと打撲や骨折ではすまなかっただろう。とにかく、苦しかった。彼らの居城はお城というよりは古い監獄のような見た目だったけど、ちゃんと観察できたわけじゃないからよくわからない。本当に辛かった。

 ヘトヘトに疲れ果て、こわばる体とは裏腹に頭がぼんやりとしてきた私は休む間も与えられぬまま、ズルズルとまっすぐに彼らが玉座と呼ぶ石の部屋の中へと連れて来られた。灰色の壁の中には散りばめられた黄色い石が禍々しく光っていているが、広い割には殺風景な空間である。真ん中には青い岩でできた玉座があって、そこに鳥のようにも見える頭と翼を持った白い魔人が、僧侶のように静かに座して私を待っていた。

 岩でできた肉体と、人間の骨格。

 彼がミョウジョウ……。

 よくはわからないが、とにかく悍ましい雰囲気を持った不気味な悪魔だった。こんな化け物が私を交尾目的でさらったのだと思うだけで、足がすくんで動けなかった。

「女」

 石像が立ち上がり、両腕を広げる。

「石の城へようこそ。俺はミョウジョウ、最古にして最強の雄、輝ける石のミョウジョウである」CGムービーのように滑らかで不自然に翼が羽ばたき、一陣の突風が起きる。

 目を開けていらず、顔を覆った。

 影。

 ミョウジョウが、私の前に降り立っていた。赤黒い目が赤外線のように光を放っている。今気がついたが、ミョウジョウはとてつもなく背が高い。2mは絶対に超えている。手首くらいは太そうな男根が目の前にぶら下がり、私はゾッとして目をそらした。

「……石けらども」

 ミョウジョウの尊大な声。

「目を閉ざせ」

「仰せの、ままに」

 マントラのような何かを低い声で唱えながら、背後にいた石の悪魔たちがみな忠誠を誓うようにひざまずいた。ガリガリと岩が軋む音が鳴り、そのまま風化するように固まってしまう。まるで十年はそのままの姿であったみたいに動かない。

 明かりが落ちる。

 冷たい空気が立ち込めた。

「これでここには、我と女とミョウジョウ様がいるのみでございます」

 ひどくしゃがれた声と共に、ミョウジョウの背後からカツカツと苔むした体のひどくみすぼらしい老悪魔が近づいてきた。凸凹な石がデキモノのように顔を覆っている。

「ミョウジョウ様、あまり無茶はなされぬよう……」

「ふん」ギイっと、石の嘴のような口が音を立てて笑った。「女、女か」岩の切れ目から覗く赤い目がキュッと細くなる。「ともあれ、よく来たな、女。ここに来た女はこれで三人目だ……よろしくな」

 暗闇を背景に、高みから握手を求めるように手が伸びてくる。

 ……。

 恐る恐る手を伸ばし、ペコリと頭を下げた。

「手が冷たいな」

 ガチッと、硬い手が私の手を握り返す。恐怖と鳥肌が足元から這い上がったが、幸いにもその手はすぐに私の手から離れ、今度は私の顎に触り顔を持ち上げた。

「前の女はもう少し温かかった。だが、女ってのはどいつもこいつもおんなじような顔をしてやがる。お前、名前は?」

 ツバを飲み、なんとか枯れかけていた声を絞り出す。「チサト……です」

「はっ、名前も似たりよったりだな」喋りながら、私の頭に手をかける。

「ミョウジョウ様……」後ろの老爺が呟く。

「黙ってろジジイ。ここは俺の城で、こいつは俺の女だ」

 私の髪を撫でていたミョウジョウの手が今度は腕を掴み、左手で肩を押さえつけられた。心音が一気に高くなり、緊張なのか恐怖なのかわからない強張りが全身を突き刺す。

「やっぱり女ってのはみんな同じだ。小さくて、頭に長い毛が生えていて、柔らかくて……」

 すごい力だ……腕が折れてしまいそう。

 いや。

 ちょっと待って。

 その向きに曲げたら……。

 ウソ。

「そして、アホみたいに脆い」

 ミリッと、腕の内側で聞いたことのないような音が鳴った。

 悲鳴を、上げようとした。

 突然お腹に鋭い衝撃が飛び込み、膝から崩れて胃液を吐き出す。視界がグラグラと揺れて、今まで味わったこともないような激しい気持ち悪さを感じた。

「チサト」

 ミョウジョウの声が、エコーする。

「俺は女に歯向かわれるのが大嫌いだ。逃げられるのもな」

 髪を引っ張る手。

 かばう間もなく頬を打ち据えられ、跳ね跳び、ガーゴイルの一体に頭をモロにぶつけた。鼻の奥が衝撃に痺れ、遅れて痛みが腫瘍のように頭上で膨らむ。 

「初めて会った女がそういう女でな……最初はどうすりゃいいのか戸惑ったもんだが、どうやら一発殴れば女は大人しくなるってことをその時知った」

 折れた腕を掴まれ、無理やり体を持ち上げられる。壊れそうな痺れと痛みがズキズキとこみ上げてきた。

「いっ……?!」

「女は、殴れば言うこと聞く」

 返事をするより先に、拳が脇腹を打ち据えた。

 嘔吐。

 滲む視界。

 石そのものの拳が顔の右側で炸裂し、また世界が大回りする。折れた腕に容赦なく蹴りが食い込み、踏みつけられ、内臓が潰れるような悲鳴を上げる。

 必死で体を庇いながら、涙で霞んだ目で見上げた先で、ミョウジョウは、股ぐらをいきり立たせて大いに笑っていた。

 ……やばい。

 殺される。

「ミョウジョウ様……」しゃがれ声。「ミョウジョウ様いけませぬ、それ以上は……」

「あ?」私の脚を掴んで持ち上げようとしていたミョウジョウが、老人を振り向く。

「女とは弱いものです……先の女の失敗をお忘れか? また脚を切り落としてしまっては、干からびて死なせてしまうだけです」

「……なら、どこを切りゃいい? 腕か? 指か?」

「どこも。これ以上は必要ないのです」

「なに?」

 半死半生の気分で、目を開ける。

 老爺の冷たい青い目が、私を見下ろしていた。

「おい女、これ以上の痛みが恐ろしければ、ミョウジョウ様に忠誠を誓うのだ! 地を這い、輝けるミョウジョウ様の足の指を舐めてるがいい!!」

 …………。

「ははは……ほら、見えますかミョウジョウ様? 女というのは弱く浅ましく下等な生き物、これしきの暴力でいとも簡単に媚びへつらうのですよ。どうした女! お前の流した血でミョウジョウ様の御御足が汚れているぞ。その淫猥な舌で丁寧に拭き取るのだ!!」

「はは、なんじゃこりゃ、ネズミみてえだ」

「まさしく、女は下等生物であります。この種族には力もなければプライドも知性もないのでございますよ」

「いいねえ、最高だな、女……もっと舐めろ!! おら、おら!!」

「ああ、いけませぬ、そんなに蹴ってはまた動かなくなりまする。おんなとは本当に弱い生き物。子を生む腹がなければ生かす価値もなき石けら以下のクズですな。ははははははは……」

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