38.異世界少女は村へ帰る
その日、アリスは村のあった場所へと帰って来ていた。
切っ掛けは昨日の夜。成果の得られなかったクエスト巡りに疲れ、屋台で食事をしていた。
単に成果がないだけならともかく、最後に行ったクエストではとても不愉快な言葉を聞かされた。その不愉快さは、思わず人形を壊してしまう程だ。
その埋め合わせの食事は、娯楽でありマナの補充でもあった。
前日もその屋台を巡って食事はしていた。
だが、一日程度では飽きるものではない。
屋台で作られている料理は、プレイヤーごとに違う。同じ料理に見えても違う。街ごとに使われている食材も偏る。その街の周辺で獲れる食材が多くなるからだ。
そうしてひと通り巡った後で、そういえばと海鮮スープのことを思い出した。
海の食材ばかりを使ったスープは、山のふもとにあるこの街では珍しい。他の屋台では海の食材は使われていなかった。
思い出したからと言って、すぐに食べれるものでもない。話し好きの料理人は街を出たのか、屋台の並びの中に、その姿はなかった。
他にも屋台はあるし、海鮮スープでなければダメというわけでもない。
それでも、なぜか食べたい気持ちが沸いて来た。
調味料や『世界樹ダンジョン』で獲れた食材もあるし、と言い訳じみたことを考えて、村へ戻ることにしたのだ。
「出来上がったのね」
元は廃村だったそこには、立派な外壁が出来て街になっていた。
海の見える家が欲しかっただけなのに、なぜ街が出来ているのか。実際に目の前にしたところで理由は分からない。ただ、村の屋台に並んでいた料理を思い出しては、海は人気があるのだと思うばかりだ。
『キャロル』
街の門を鑑定すると、そう返ってきた。
話し好きな料理人がそんなことを言っていたなと思いながら、ウサギの石像が飾られている門をくぐり、街へと入る。
門から入ってすぐの場所は広場になっていた。
半円形の広場からはいくつかの道が放射線状に延びている。また、広場を囲むように、建物が並んでいた。鑑定をしてみれば、それぞれの建物には『宿屋』や『買取所』という役割が振られている。
(あの大工たちが建てたのよね)
工事中の村の印象が強いが、村の建物は全て、海辺の別荘を頼んだ大工たちが差配しているはずだ。プレイヤーが作った建物にも、鑑定が返るように情報が埋め込まれていることになる。
(律儀なのね)
周りを見渡して、すべての建物に情報が埋め込まれているのを確認してから、広場を出る。
放射線状に延びている道のうち、中央の通りだ。
街の大通りと呼んで差支えない、広い通りだ。この道は、ギルドと屋台区画の間を通って、反対側の壁際にあるアリスの館まで続いている。
通りを歩く人形たちに目が行く。
マナの量を調べてみる。やはり少ない。クエストを回っても見つからなかったのだ、通りを歩いている人形には期待できないだろうか。
街の中心部は、ギルドとその向かいに作られた屋台区画も含め、村の開発の中でも始めのほうで作られている。
そのため、中心部に近づくにつれて、アリスにとっても見慣れた景色へと変化していく。
ギルドの前まで来れば、すっかりおなじみの景色だ。
まっすぐ館に戻るつもりで歩いてきたが、屋台区画を見て考えが変わる。
人形のマナの量を確認しながら歩くよりも、屋台で何か食べたほうが簡単にマナの補給になる。
「海鮮スープはあるかしら」
村に、いや街へと帰ってきた理由の一つを思い出して、屋台区画へ足を向けた。
「あーー! アリスさん、居たーー!」
海鮮スープを三杯食べた後、魚の塩焼きを食べ始めたところでコロンの声がした。
懐かしい、というほどに時間は経っていないはずだが、なぜか懐かしく感じる声だ。
「やっと帰ってきてくれた。どこに行ってたんですか、心配したんですよー」
見ると、一軒の屋台の奥から手を振っていた。
食べるのをいったん止めて、コロンの屋台まで歩く。
串に刺さった魚の塩焼きは、食べながら歩くのには向いていない。ほんの少しの油断で、身がポロポロとこぼれ落ちるのだ。
「久しぶりね」
「久しぶりじゃないですよー。どこ行ってたんですか。そりゃあどこ行こうとアリスさんの自由ですけど、街じゃアリスさんが襲われてたとかストーカーに付きまとわれてたとか聞いて心配だったんですから、連絡くらいくれたっていいじゃないですかー」
魚の塩焼きは、皮がパリッとして固いのに、中の身にはあふれるほどの油がつまっている。皮が天然の容器のように、身の柔らかさを守っているのだ。
そしてその固さは、料理人が言うところの「塩がきいてる」ということらしい。
塩で余分な水分が抜けて、火で炙るとパリッと仕上がる。いつだったか、そんな話を聞いた覚えがある。
「もー、聞いているんですかアリスさん」
「ええ、もちろん。ところでこれはなにかしら」
コロンの屋台に並んでいたのは、初めてみる食べ物だった。
串に刺さっているけれど、肉串とも魚の塩焼きとも違う。食べ物が円筒形になっているのも珍しいし、茶色と緑色が入り混じっているのも珍しい。
「ちくわの磯辺揚げですよ。もー、本当に聞いてるんですか。はいどうぞ」
一つもらったのを口にしてみる。
表面の固さは油で揚げたからか、前に食べた唐揚げや天ぷらと同じような感じがする。どちらかと言えば天ぷらに似ている。中身はグニャグニャと柔らかい。よく分からない食感だ。
「最近、ちくわ作りに凝ってる人がいて、その人から買ったんです。でも、ちくわを使った料理っておかずには良いんですけど、屋台向きじゃないんで、磯辺揚げにしてみました。これなら串に刺しておけば、歩きながらでも食べられるし」」
コロンの言うとおり、串に刺さってはいるのは長い一本にすぎないが、柔らかいから噛み切るのに困ることもない。
それに、歩きながら食べるのはマナーとしてどうなのか、というのも今更の話だ。元より、淑女としてマナーに則るのであれば、屋台での買い食い自体が言語道断、らしい。それでいて、この世界ではプレイヤーは誰一人として気にしもしない。皆、当たり前のように、屋台の前でも、ダンジョンの中でも、立ったまま食事をする。
「練り物だと『おでん』も定番なんですけど、コンニャクとか油揚げとか、用意出来ない材料が多いんですよね」
「ふうん」
「それよりストーカーですよストーカー。大丈夫でした? スクショ撮ってた人がいたので、屋台の皆で通報しときましたよ」
「そう。もう一本いただける?」
ちくわの磯辺揚げを食べながらコロンの話を聞く。
コロンの話はとめどもなく、話題はストーカーから街の建築の話へと移り変わる。
「それで、どうしても期限が変えれなくて。本当はアリスさんにも聞きたかったんですけど……」
そう申し訳なさそうに話したのは、街の名前のことだった。
元より街の名前には関心がなかった。気にしていないと答えて、コロンの話の続きを聞く。コロンの話が終わる頃には、屋台に並んでいたちくわの磯辺揚げもなくなっていた。
「そういえば、お土産に食材を持って来たの」
屋台の空いたスペースに買って来たものを並べていく。
「わ、調味料、うれしいです。これは、『レオパルドの肉』? 『異形の口』? 『粘液』? アリスさんどこまで行ってきたんです?」
並べた中で、いくつかはコロンのお眼鏡には適わなかったらしい。これは食べ物じゃありませんと返されてしまった。
残った調味料と食材を、コロンが収納に仕舞っていく。
「あれ?」
そして、唐突に、コロンが倒れた。
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