37.異世界少女は芝居を見る
屋敷に入ろうとしたところで人形に止められた。
それもマナの波動をぶつければ素通りに変わる。
その上、扉を開ければメイドが待ち構えていて「ご案内します」とくる。この
人形の後についていくと、二階の部屋に案内された。
そこには別の人形が待っていて、案内をしたメイドの人形は戻っていく。
大きな出窓と、その手前に置かれたテーブルと椅子。
太陽の光は、テーブルを中心に降り注ぎ、そこだけが少し明るい。その分、部屋の別の場所、奥の寝台はタンスなどの家具は暗がりに隠れているように見える。
「あなたが臨時で来たメイドね」
その人形は椅子に座ったまま、そう言った。
見た目だけなら令嬢に相応しい姿だ。
長く伸びた金色の髪は腰まであり、凛とした目元はツリ目がちで強い意志を伝える。
(お約束。だったかしら)
実際には、髪の長さなど、手入れを出来るだけの環境があるかどうかだ。ツリ目も持って生まれた造詣であり、意志が強く見えるかどうかなど、受け手の勝手な解釈でしかない。
それでも、この人形が作られたものであり、クエストのための役割を与えられたならプレイヤーの言う「お約束」にそった姿かたちをしている可能性は高い。
「それでは、まずは掃除からしてもらいましょうか。向こうの部屋にいるメイド長に話を聞いてちょうだい」
マナの波動をぶつける。
「あら、もう終わったの。なかなか優秀ね。では次は買い物にいってもらおうかしら。一階にいる料理人に話を聞いてちょうだい」
マナの波動をぶつける。
「早いわね。優秀な人が来てくれてよかったわ。お茶が飲みたいわ。向こうの部屋にいるメイド長に話を聞いてちょうだい」
それは今までのクエストとは違っていた。
一、二、三と、数字を数えるように、一つづつマナの波長を変えていくが、中々に終わりが見えない。
次にマナの波動をぶつけると、テーブルの上にはティーセットが置かれていた。
そういえばと、令嬢のマナの量を調べると、他の人形よりは少し多い。
見せ掛けだけとは言え、ティーセットを出せる程度には仕込んであるようだ。
その後もマナの波動をぶつける度に、手紙を届けて、掃除をしてきて、返事をもらってきて、お茶が飲みたい、手紙を届けてと際限がない。
お茶のときだけは、令嬢がつらつらと話しをする。
それを聞いていれば、手紙をやり取りしている相手は、ライバルのお店の息子だということだ。
二つの店は仲が悪い。それは商売上のライバルというだけでなく、使用人同士の仲も悪い。
それは、お互いの店員や使用人の顔も覚えていて、嫌がらせをしたりされたりする程に犬猿の仲だという。
そんな関係だから、令嬢とライバル店の息子は、同じ街に住んでいながら面識すらなかった。お互いの親も使用人も、近づけないようにしていたからだ。
それがある日、偶然に出会った。
街を散策中、ほんの少し、お付きのメイドが離れたタイミング。風に飛ばされたハンカチを拾ってくれた。それが出会いだったそうだ。
それからも、街の散策途中で、何度か偶然に会うことがあり、いつしか「今日は会えるのか」と楽しみにするようになったという。
だが、何度も会っているうちに、お付きのメイドにも知られてしまった。
何度も、同じような場所で飲み物を買いに行かせたり、忘れ物をしたから取ってきて、などという言い訳が通用するわけもない。
令嬢の話し相手がライバル店の息子だと気づいたメイドは、そのことを雇い主に報告し、令嬢の散策は禁止されることになった。
「メイドが気づかなければ、あの店の息子だとは知らぬままだったのでしょうけど」
街で出会うどこの誰かも知らない青年は、ライバル店の息子だった。
それはたまの会話を楽しんでいた令嬢にはショックだった。その後、散策に出れなくなった気鬱もあったのか。しばらく経つと、どうしても、また話がしたくなった。
屋敷から出れないから手紙を書いた。だが、メイドに頼んだところでライバル店に手紙など届けてくれるはずもない。
それにライバル店もこの屋敷のメイドの顔は知っている。届けたところで、本人に渡る保障もない。
そこで思いついたのが臨時のメイドだったのだそうだ。
臨時ならばライバル店との確執も知らないし、顔も知られていない。
ただ、臨時に雇ったメイドが信用出来る人なのかどうか。それが心配だったと語った。
「思った以上に優秀で助かったわ」
そういって令嬢はうれしそうに笑った。
……だが、令嬢の笑顔はそこまでだった。
マナの波動をぶつけるたびに、物語は不穏な方向へと転がってゆく。
「お嬢様! 大変です!」
部屋に入ってきたメイドが叫ぶ。
ライバル店に商品のアイデアを盗まれたのだ。しかも、ライバル店はその商品を一日早く発売し、逆に令嬢の店がアイデアを真似したのだと喧伝した。
元より仲の悪かった店同士だ。相手が、向こうがと言い合いになり、それはさらにエスカレートしていく。
店の前にゴロツキがうろつくようになり、店員が立て続けに怪我を負った。
心労で母親は倒れ、ついには父親までが何者かに襲われた。
誰もがライバル店の仕業だと思ってはいたが、証拠は何一つない。
その間も、令嬢は争いを止めたい、力を貸してくれと手紙を書き続けたが、いつしか返事すら返って来なくなる。
「この屋敷も今日までね」
倒れた母親と、大怪我をした父親の治療費。そしてゴロツキに荒らされた店の立て直しのために、屋敷を手放すことになった。
屋敷と家具は全て手放し、これからは店の上にある店員用の小さな部屋で暮らすことになる。
それでもまだ、店が潰れたわけではない。まだなんとかなるはずだと、令嬢は希望を米て口にする。
「あなたも今までありがとう。臨時雇いのはずが、ずいぶんと長くお世話になってしまったわね」
そのとき、何度目かの扉が開く。
そこに姿を見せたのは、店の主人である父親でも、屋敷を管理しているメイド長でも、食事を運んで来た料理人でもなかった。
そこに居たのは一人の青年だった。
「あなたはっ」
令嬢が立ち上がり叫ぶ。
それはライバル店の息子だった。
「おやおやおや、まだこの屋敷に居たのですか。往生際の悪い」
「なんですって!?」
それは、令嬢から聞いた話とは、まったく違う青年の姿。軽薄な笑みを張り付け、令嬢を罵倒する男は、買い取った屋敷を見に来たのだと言い放つ。
「あなたが、買った、ですって……」
「ああそうさ。知らなかったかい?」
そう言って青年は店を買い取って潰すつもりだったが、屋敷を売るとは計算外だったと続けた。少し時間が伸びただけだ。いずれ店を潰してやると。
そうして最後にこう言った。
「いやあ、あなたの手紙は役に立ったよ。少し水を向けただけで、店の内情をポロポロと教えてくれてさ。世間知らずのお嬢様!」
バキンッ。
青年の頭が軽い音を立てて砕け散る。
握り潰した人形の頭を投げ捨てて、ついでに胸からマナを抉り出す。
頭の制御装置も、胸のエネルギーも失った人形がクタリと倒れる。
無言のまま部屋を出る。アリスの背で、相手のいない令嬢の一人芝居が続いていた。
「覚えていなさい! 私は必ず、この屋敷を取り戻すわ!」
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