33.異世界少女は樹に飽きる

「まだ来ないのか」

「そうっすね」

「結構長いぞ、本当にダンジョンに入ったんだろうな」

「入った所までは見たって聞いたっすよ」

「なら、もう少し待つか」


 俺たちが居るのは『世界樹ダンジョン』の一階だ。

 帰還用の転送場所が見える位置に張り込んでいる。

 目的は『赤い眼の少女』。いわゆるチーターだ。


 普通のチーター相手であれば、わざわざ張り込むような手間はかけない。

 IDさえ判明すれば、該当IDのアバターを牢屋の中に配置するだけで済む。あとは、プレイヤーがログインした時に事実関係の確認をし、アカウント剥奪で終わりだ。


 だが、『赤い眼の少女』にはそれが出来ない。

 IDが分からないからだ。

 開発チームのメンバーが直接鑑定をしてもIDが取れなかった。これはありえないことだが、それが起こった。IDがなければ、アバターへの接続すら出来ない、そのはずなのだ。

 開発チームでは、どんな条件ならそれが起こり得るのか調べているが、まだ仮説すら立ってはいない。


 だから、直接捕らえるしかない。

 張り込みは、無関係のプレイヤーに見つからないようにと、普通のプレイヤーと同じアバターで行っている。そして、いつでもゲームマスター用のアバターに切り替える準備も、出来ている。

 街の中という戦闘禁止区域でも、プレイヤーアバターを殺害したという報告もある。中級プレイヤーと同程度に調整した今のアバターでは心許ない。

 だが、ゲームマスター用のアバターならば別だ。

 上位プレイヤーを上回るステータスに、プレイヤーの攻撃の完全無効、魔法やスキルを無効化する装備品。言わば公式チートの塊なのがゲームマスター用のアバターだ。


「広場からの連絡は?」

「なんもないっす」


 張り込みは、『世界樹ダンジョン』の帰り道であるここと、リスボーン地点である街の広場の二カ所で行われている。

 リスボーン地点を見張っているのは、単純に死に戻りをした場合の対策だが、それには『世界樹ダンジョン』からの帰り道が分かり難いという理由も含まれる。


 『世界樹ダンジョン』の通常のルートは、フロアボスを倒せば開く扉を抜けて、階段を上がっていく道のりだ。

 ボス戦とセットになっているから、降りるための階段というものは存在しない。

 では帰りはどうするのか。

 それが帰還用の転送だ。


 ボス部屋の中にある隠し扉を抜けると、床に魔法陣が描かれている部屋がある。

 この魔法陣は、帰還専用の転送を行う目印で、魔法陣の中に踏み込むと『世界樹ダンジョン』の一階に転送される。

 それが唯一の帰り道だ。死に戻りでなければ、この魔法陣を使うしか帰る方法はない。


 隠し扉とは言っても、周囲の壁と同じ見た目の扉、というだけで探すのは難しくない。

 盗賊系のスキル持ちなら一目瞭然、そうでなくても、少し注意深いものであれば見つけられる。その程度のものだ。


 それに、どの階のボス部屋も同じ造りだ。一度、隠し扉の存在を知れば、初めて行く階でも簡単に見つけることが出来る。

 既に何パーティーも『世界樹ダンジョン』に挑戦しているプレイヤーがいる。帰り道の隠し扉のことは、掲示板にも攻略サイトにも載っている。下調べを少しでもしたのならば、すぐに分かる情報だ。無理に進み過ぎて死に戻りするのでもなければ、帰還用の魔法陣を使うだろう。


「どこまで登ってるんすかね」

「チーターだからな。もしかしたら踏破するつもりかもしれん」

「二十階をですか? いくらチーターでも一人じゃ無理じゃないっすか」

「無理だろうが、それを知ってるとは思えん」

「あー、攻略組って、どこまで行ってるんでしたっけ」

「十階まで辿り着いたのが一パーティーだけだな。まだ最上階の天使まで辿り着いたプレイヤーは居ない。今の装備とレベルキャップで倒せる調整にはなってないなんて、開発チームしか知らんだろ」

「ああ、あの最後だけ会話してクエスト受けるやつっすよね。そこまで問答無用でボスと戦闘だったのに、最後だけ攻撃したらアウトってやつ。エグくないっすか」

「罠ってのはそういうもんだ」


 暇つぶしに、どうでもいい会話をしていても、まだ『赤い眼の少女』の姿は見えない。

 いつまでもここに張り付いていられる程、暇ではないのだが。


 幸い、フロアを徘徊しているザコ敵では、碌なドロップ品を落とさない。上層のフロアボスを倒し続けて、レアドロップを引ければやっと旨みが出る、そういう構成だ。

 効率で言うならば、通路は最短距離で駆け抜けて、ボス戦だけをやる方がいい。

 通路で延々とザコ敵を倒している可能性は低いだろう。


「ボス戦に時間制限ってあったか?」

「ねえっす」


 ふと気になって訪ねてみるが、時間制限はないらしい。

 ボス戦の部屋は決まっている。他のダンジョンでも同様だが、転移して戦うわけではない。先に戦っているプレイヤーがいれば、終わるまで待つことになる。

 他のダンジョンであれば、ボス戦はリポップ時間も含めて、連戦が出来ない仕様だから問題はない。だが、この『世界樹ダンジョン』ダンジョンのように、上の階へ進むための通り道だったら。ダンジョンに挑むプレイヤーの数によっては、長い待ち時間が発生するだろう。


「少し、マズいかもな」

「なんでっすか」

「何分待てばいいのか分からんだろ」

「そんなに来るプレイヤーいないんじゃないっすか」

「今はな。天界への通り道だってことが知れ渡ったら、ほぼ全てのプレイヤーが通ることになるんだぞ」

「あー、そういやそうっすね」


 まだ、プレイヤーには知られていないが、この『世界樹ダンジョン』の最上階をクリアした先には『天界』フィールドが広がっている。

 新しいフィールドには、新しいダンジョンがあり、新しい素材があり、新しいクエストがある。クエストの中には上位スキルの解禁条件になっているものもある。

 戦闘職も、生産職も、いずれ『天界』へ行くのは必須になる。プレイヤーが増えた時に備えて、制限時間をかけるのか、それとも複数の戦闘場所を用意するのか、一度開発チームの議題に上げるべきだろう。


「それはいいんすけど。来ないっすね」

「ああ、来ないな」


 『赤い眼の少女』の姿はまだ見えない。


              *


「今度は外なのね」


 階段を上がると視界が開けた。

 通路は枝の上だろうか。樹をくり抜いたような通路から、空の上を渡る道へ。足元は樹の枝を主張するように、所々、節になっている。枝は丸みを帯びていて、端に近づくほどに急な坂になっている。

 中央も完全に平らではないが、幅は広い。全体の広さだけで言えば、今までの通路と遜色はない。安全に歩ける幅となれば、その三分の一程だろうか。


 外の景色に少しだけ気分を良くしながら、通路を進む。

 通路となった枝の外には空。視線を下に向ければ雲があった。

 一階、一階の天井は高かったが、雲の上まで歩いて出るほどではないように思う。と、同時に、『世界樹ダンジョン』に入る前は、見上げても雲に遮られて、枝葉が見えなかったことを思い出す。


「雲を身に纏っているようね」


 まるで目隠しのように。

 雲が晴れれば、良い景色が見れそうだが、目隠しのための装置であれば、晴れることはないだろう。

 雲のことは忘れて通路を進む。


『ウッド・パペット。世界樹の管理をする魔法人形。その体は世界樹の一部とも言われている。侵入者には容赦なく襲い掛かる』


 出てきた魔物は人形だった。四肢や頭の大きさは、プレイヤーのアバターと変わらないものの、樹の素材そのものに見える人形。顔には目も鼻もなく、のっぺりとしていて不格好だ。

 動きも悪く、ギクシャクとした歩みで近づいてくる。


 数歩手前。ウサギやツリー・ホッパーが飛び跳ねてくる距離。

 そこで人形が取った行動は、腕を後ろへ大きく引くことだった。


 ブオンッ。


 引いた腕が大きくしなって振り下ろされる。

 一歩、横に動いてそれを躱すと共に、腕を伸ばして人形の首を掴む。


 バキッ。


 首を折る。

 そのまま首を引き抜くように、腕を上げる。

 断面には何もない。魔力を通すラインすらも。

 それを見て取ったところでウッド・パペットは消滅し、腕ほどの大きさの木片を落とす。


「食材ではないのね」


 大工たちが木材を集めていたのは知っているが、家や家具を作るための材料で、食事の材料ではなかった。

 その後も、何度か魔物に出会ったが、ウッド・パペットばかり。ここはそういう階なのだろう。食材が手に入らないのならば、ここにいる意味もない。


 道の端から、空へ身を躍らせる。


我は宣言するアサーション。風よ舞い上がれ。『姿なき護衛』」


 風を身に纏い、短い空の旅。

 そうして、下り階段を見つけられないまま『世界樹ダンジョン』を後にした。

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