28.異世界少女は噂を聞く
部屋に飛び込んでくるなり叫んだ少女は、食事が目当てだったようだ。
聞いたところによると、ここは『迷い家』と呼ばれるダンジョンで、プレイヤーは一人しか入れないらしい。
そして用意されている食事も一人分。
「大変ね」
いきなり叫び出すものだから、思わず魅了してしまったが、結果、分かったのはそういう話だった。
プレイヤーが一人しか入れないというのは、この世界のルールの一つだろう。手間の掛かるルールを作るものだ。
そして料理。
恐らく、プレイヤーが入ってくると料理が出来るのだろう。
私がこの屋敷に入ったのはしばらく前。その時には料理はなかった。料理が現れたのはほんの少し前。急にマナが集まったかと思ったら、料理に変化した。
聞いた話と合わせると、入って来たプレイヤーのための料理なのだろう。それを食べてしまった私が悪いのか。そこはルールにこそ不備があると言いたい。
(だって美味しそうだったじゃない?)
まあ、そんなわけで、自分で食べれると思い込んで入ってきた少女は、あまりの事に叫び声を上げたわけだ。
そんな少女は魅了されたまま、私の前に立っている。
「どうしようかしら」
食事は食べてしまったし、もう一度発生させることも出来ない。
「なにか、代わりに欲しいものがあればいいのだけれど」
そう思って、もう少し話を聞くことにした。
*
領主の館の一角。元応接室では、いつものメンバーがお菓子を片手に雑談をしていた。
「アリスさん、どこにいっちゃったのかな」
「本当にねー。何日もログインしないと思ったら、今度はどっか行っちゃって何日も帰ってこないんだもの」
話をしているのはコロン、サシミン、カグヤの三人。メンバーは変わらないが、それぞれが忙しくなっていて、全員が揃う頻度は減ってきていた。今日は、久々のお茶会で、少し遅れてもう一人合流する予定だった。
建築の指揮を取っているコロンもそうだが、建物が出来るまでに家具を用意するために、カグヤも作業場に詰めることが増えている。そして職人が多く集まると、必要になるのはバフ用の料理だ。サシミンは料理人ではないが、漁のほかにも材料の運搬を請け負って、サイドの街とこの街を往復していた。
「どこ行ったんだろうねー。ダンジョンかな」
「えー、一人で?」
「フレンドから呼ばれたのかも」
「でもアリスさんってフレンド登録させてくれなくない?」
そんな話をしていると扉が開く。
入ってきたのは、メイアンという女性プレイヤーだった。
フォースの街を拠点に石像を作っていたが、アリスが気に入って大量に注文するものだから、しばらく前からこの街にいて石像を彫っている。
「そういや、なんか男たちに襲われてたって聞いたぞ」
「え? なにそれ」
「返り討ちにしたって話だけどな」
「でも、それって。ひょっとしてストーカーとか」
「フレンド登録拒否してるのは、その男たちのせいかも」
「だれかスクショ撮ってないの? 通報したほうがよくない?」
アリスがこの街を出る直前にあった、開発チーム二人との戦い。
昼間の街の中で起こったことだ。領主の館の前は、建築現場からも、屋台区画からも離れているとは言え、人通りが皆無ということはない。
数人のプレイヤーが、アリスが男たちを返り討ちにしたところを目撃していた。
普段であれば、街の中で戦闘行為は出来ない。正確には、攻撃をしてもダメージがゼロになるのだが、例外はある。
その例外はクエスト。街の中であっても護衛任務や、潜伏している犯罪者の討伐など、街の中で戦闘が発生するクエストはいくつか存在する。そのクエスト間だけは、対象となるNPCや魔物、対抗組織に雇われたプレイヤーへの攻撃が解禁される。
最も、建築中のこの街には、護衛クエストも、討伐クエストも実装されていないが。
ここで話をしていた四人は、街の中で戦闘になることがあるのは知っていた。
だが、製造を中心にプレイしているために、それがクエスト限定であることまでは知らなかった。
かくして、彼女たちの勘違いにより、開発チームの二人はストーカー疑惑を掛けられることになる。あまり間違ってもいないが。
*
この『迷い家』からは、一つだけ好きなものを持ち出せるらしい。
それは、食器でも、装飾品でも、武器でも、家畜でも。どれか一つだけ。
そうとなれば、『迷い家』から複数の品を持ち出せるように手伝えばいいかとも思ったが、『迷い家』に来たこと自体が料理を買いに来たついでだと言うのだから、ややこしい。
しかもその合間、合間に、『赤い眼』の人という話が混ざってくる。
渓谷ダンジョンでボスレアをもらったとか、天空廃都で宝石をもらったとか、そして出会った記憶はあっても、別れたときの記憶がないという話だった。
どうにも身に覚えがある出来事ばかりだ。だが……。
「イベントキャラって何かしら」
どうにもそこが分からない。
私は別に、この世界の神に仕えているわけではないのだけれど。
前に会った運営を名乗る者たち。彼らはその後も数回、街に現れては「監視カメラ」を配置していた。それは街にいくつも配置した
だが、それだけだ。
誰かに襲い掛かることもなければ、誰かに話し掛けることすらない。
あの二人が運営の中でも下っ端だったとして、仮にも世界を統べる組織が、敵対した私を気にも掛けないということがあるのだろうか。
気に掛けていられない大きな問題を抱えているのか。それとも、気に掛ける必要もないくらいに「普通の事」なのか。
コロンたちに運営の矛先が向かないようにと、街を離れては見たものの、果たしてそれは正解だったのか。
この世界のルールは不可解だ。安全方向に判断をするのは間違いではないと思いたいが、当然あるべき対策すらもされていないのは、不可解を通り越して不安を抱く。
「街へ、出てみてもいいのかもね」
それは運営と呼ばれる集団への挑戦。
世界が、受け入れるのか、戦うのかを見極めるための布石。
そして、なにより。
「美味しいものが食べたいし」
久々に味わった料理は、美味だった。
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