22.異世界少女は夜歩く

 目が覚めたものの、起き上がる気にもなれずにベッドの上に佇む。

 あれから何日経っただろうか。

 家を手に入れてから数日。クエストの手伝いや、仮初の従者ガーゴイルの配置も終わり、やっと落ち着けるようになった。それからはずっとこんな感じだ。


 思ったよりも心が疲れていたらしい。

 大勢の人と行動するという、慣れないことをした影響もありそうだ。


 かつての世界では、赤い眼というだけで追われた。人の里を避け、森の奥に居場所を作り。それでも何度も居場所を変えた。

 「そこに居る」ただそれだけを許せない者たちがいた。一人に見つかれば、敵は時間と共に増える。殺すのは簡単でも、疲れがなかったわけではない。

 この世界では、赤い眼が追われることはない。少なくとも、今はそうだ。

 それでも慣れないことは、疲れたらしい。


 追われてはいないとは言え、この館も万全の居場所とは言えない。

 館には仮初の従者ガーゴイルを置いただけだ。

 結界も張りたいが、今の館に掛けてある入場制限を解読してからでなければ張ることは出来ない。どういうルールなのか、どこで干渉するのか、解析してからでなければ十分な結界にはならない。

 それに、館だけではなく、街の随所に石像の設置も頼んである。それらを全て仮初の従者ガーゴイルにすれば、安全性は一段上がるだろう。


 ならば、さっさと起きて解析と設置をすればいいのだが。


「明日にしましょう」


 とりあえずは、寝直すことにした。

 この世界の寝具は、とても良いものだと思う。


              *


 領主の館の一角。元応接室では、いつものメンバーがお菓子を片手に雑談をしていた。


「アリスさんは、まだログインしてないの?」

「んー、それがね?」

「?」

「寝相、変わってるんだよね」


 プレイヤーであれば、寝ている姿というのはログアウトした状態を指す。

 中の人のいないアバターが、寝返りを打つはずもない。


「じゃあログインしたってこと?」

「でも、誰も会ってないし、部屋から出てないんじゃないかな」

「ログインしたのに?」

「うん」


 折角ログインしたのに、屋敷から出掛けるわけでもなく、誰かと話をするわけでもない。それは、プレイヤーたちの常識の範囲では、急な用事を思い出したのか、という推測くらいしか出来ない。

 誰も、彼女が寝返りを打っただけとは思わない。

 そうして、小さな勘違いは、誰に何かをもたらすわけでもなく流れてゆく。


              *


「変なのがいるわね」


 ベッドの上に横たわったままで、仮初の従者ガーゴイルから記録を取り出す。

 マナでつながった従者からは、その目で見ている映像を見ることも、操作して動かすことも出来る。そして、それ以外にもいくつかの機能が付与してある。

 その一つが「記録の保存」だ。

 数日間の短い時間だが、過去の音と映像と残し、マナを介して自身で取り込むことが出来る。


 元々、生活は不規則だ。

 数日寝続けることもあれば、何十日も起き続けることもある。

 寝ている間は仮初の従者ガーゴイルの監視網を引いていようと、その映像を見ているわけではない。そのせいで、気付かない間に結界が攻撃されていたり、居場所がバレていたりしたこともあった。

 仮初の従者ガーゴイルの記録を見れるようにしたのは、その結果だ。


 今動いている仮初の従者ガーゴイルは、屋敷の中にある数体と、屋敷の門の前にある一体。

 元応接室に置いてある仮初の従者ガーゴイルからは、コロンたちの会話ばかりが取れた。毎日のように、部屋でお菓子を食べながら話をしているようだ。お菓子があるなら、起き上がってもよかったのに。今後はあの部屋のことを見張るべきだろうか。


 そして変なのが居たのは、屋敷の前だ。

 門の前に置いてある一体からの記録には、屋敷の前で盛んにマナを操作する、不審な二人組が映っていた。


 見た目は、他のプレイヤーと変わらない。

 マナの操作も、それだけであれば他のプレイヤーも行っていることだ。コロンによると『メニュー』を操作していると言ったか。

 だが、寝ていた十日ほどの間に、何度もやってきて、同じ場所で、となれば話は別だ。


 彼らが何をしているのか。

 それを調べるべく、私は久々にベッドを出る。


「あ、アリスさん。やっと来た。村の名前を決めたいんですよー。少し時間いいです? あ、お菓子ありますよ」


 ……調べるのは、お菓子を食べてからにしましょうか。


              *


「うわあ!」


 大声に続いて、ガチャンと大きな音が響く。

 周囲のデスクの人々が立ち上がり、椅子ごと転がった同僚のところに集まる。


 やがて、ゆっくりと転がった男が立ち上がると、大事ではなさそうだと、自席に戻り始める。

 その中で、立ち去る気配のない一人が話しかけた。


「どうしたよ」

「いやあ、なんか画面に幽霊みたいなのが出て、びっくりしちゃって」

「幽霊って〇子的な?」

「いや、もっとこうなんか、ホラー的な。赤かった」

「なんだよそれ」

「見る? 見る? なんかすげー怖かったぞ」


 椅子を元に戻して、パソコンを操作し始める。


「ゲーム内のカメラ映像なんだけどさ。この前、仕掛けてきたやつ」

「お前、やりすぎんなよ。ゲーム重いって苦情きてるらしいぞ」

「マジか。いやでも俺が設置したのって十個くらいだし」

「いや、十分多すぎ。少し削れ」

「どれも重要なとこなんだよ」

「んで、その映像って?」

「ああ……、あれ?」

「どうしたよ」

「カメラがない」


 画面にいくつも表示されていたカメラ映像の一つ。それがあったはずのウィンドウが消えている。

 転がったときに閉じてしまったのかと、カメラを探すが、さっきまであったはずのカメラ一覧にも、それはなかった。


 転んだ時に、カメラごと削除してしまったのかとも考える。しかし、カメラの削除は確認のウィンドウが開き、改めて「OK」を押さないと消せない構成だ。

 転がった一瞬に間違えて触れたとしても、確認のウィンドウが出るまでには少しの間がある。転がった一瞬で削除されることはない。


「なんでだ?」

「知るかよ」


 一人残っていた男も、自席に戻る。

 そうして、開発チームのちょっとした騒動は、それだけであれば、数日で忘れ去られるただろう。


              *


 ぐしゃりと握りつぶした。マナの残滓が震えるように消えていく。


 時刻は夜。街灯の整備が追い付いていないため、明るいのは、大きな通りだけだ。

 領主の館だと言われてみたところで、少し規模が大きいだけの屋敷。そこに出入りするのも少数の人だけで、ギルドや宿屋のように、大勢のプレイヤーが必要としているわけでもない。結果として、屋敷の周囲は暗闇に包まれていた。


 不審な二人組が居た場所には、奇妙なマナの塊が残されていた。

 目で見える物体が残っているわけではない。しかし、確かにマナの塊が留まっていた。


 マナは普遍ふへんに存在する。

 流れ揺蕩たゆたう中で、一時的な濃い薄いが出来ることはあっても、留まるものではない。

 マナとは集め、動きを変え、形を変えることで魔法のソースになりえるものだ。

 石に封じたり、陣に留めたりすることで、人の手を離れても効果が続くようにすることは出来る。だが、石や陣などの楔もなく、空気中に留めるには常に術者の介入が必要だ。……そう思っていた。


 しかし、目の前には、奇病なマナの塊があった。

 何もない空中に留まったままのマナだ。


 だから・・・潰した。


 周囲は暗闇で、出歩いているプレイヤーの姿もない。握りつぶした瞬間に、僅かな光が漏れたが、それを見ている者はいないだろう。


 マナの塊を留める術に興味がなくはないが、屋敷のすぐ前にあるのは気に入らない。それに、屋敷にはコロンたちも出入りする。それがどんな罠であろうと、なにかする前に潰せば無効だ。


「他のところにもあったら、そのときに調べてみましょうか」


 この世界は奇妙なことばかりだ。

 またどこかで出会うだろうと、マナの塊のことはとりあえず忘れることにした。


「せっかく起きてきたのだし、仮初の従者ガーゴイルも作っておきましょう」


 夜で暗いのは好都合だ。

 工事をしているプレイヤーも、暗い夜の間は工事を休んでいるのも好都合だ。

 石像の位置は、コロンから聞いてある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る