14.異世界少女は工事を知る

「うーっす、クラフト。トレント材もってきたぞ」

「ありがとう、そこに積んでおいてくれ」


 知り合いのプレイヤーがトレント材を狩ってきてくれた。

 今手に入る木材の中では、一番上のランクなのがトレント材だ。

 狩りをするのは手間だが、家の柱にするにはこれほど適した木材はない。


「ずいぶん集めてるな。家でも建てるのか?」

「おう」

「本当に? 土地買ったのか。すごいな、いくらしたよ」

「俺のじゃない。依頼を受けたんだ」

「あー、そういうことか。でもすごい金持ちだな。うちもクランハウス欲しいっていってるけど、ぜんぜん貯まらん」


 加工所には、今、沢山の木が運び込まれている。

 ドロップ品のトレント材ならきれいな一本の木材になっているが、普通に切り倒した木は枝を打ち、皮を剥いでやっと木材になる。それでも乾燥させる手間がないだけ楽なほうだ。


「なあ、あと何本まで買い取ってくれるんだ?」

「今ならいくらでも」

「本気かよ」


 図面を引いていた手を止める。


「でかいイベントなんだ。待ちに待ったな」


 買い取り価格は普段よりも2割上げている。

 そして知り合いの「樵」には連絡を回した。今トレント材を持って来たのもその一人だ。

 少ない「大工」仲間は全員を作るほうに回した。

 まったく人手が足りない状態だ。大工よりも多くて、木への追加ダメージが入る「樵」に木材の調達はすべて任せるつもりだ。


 稼ぎ時だと森に戻るプレイヤーを見送る。


「あいつらも呼ぶか」


 それはダウンの村にいる新米たち。

 サードの街に入るクエストを突破し、サード周辺の森で戦える実力がなければ、この街に来ても材料一つ用意出来ない。

 そこまでの実力がない新米プレイヤーは、ダウンの村周辺の木を切り倒しながらレベルを上げる。

 だが、今なら材料は買い集められる。必要なのは加工する人手だ。

 サードの街に入るクエストは、それこそ戦闘パーティーを雇って突破すればいい。その費用だって、今なら俺が出せる。

 フレンドにメッセージを送るため、メニューを開いた。


              *


 森の端、村を見下ろすその場所では道造りが行われていた。

 村への急斜面を崩し、坂道をつくる工事だ。


 崖とまではいえないが、これだけの急斜面であれば、降りるときは滑り落ち、登るときには手足を斜面に張り付けて登ることになる。

 降りるほうはともかく、登るのは武器防具を身に着けたままでは厳しい斜面だ。


 道を作らなくても迂回路はある。だが遠い。


 村の北側へ、ずっと進むとフォースの街があるエリアに入る。そこからであれば高低差はほとんどなくなり、歩いて森へ、サーズの街へ戻ることが出来る。

 戻るのに数時間。

 それは家の建築のために何往復もするには遠すぎる。


 木材の加工は、加工所があるサードの街のほうがやりやすいし、木材それ自体もサード周辺の森で調達するのだ。

 そして残念ながら、すべての材料を揃えて現地では組み立てるだけ、と出来るほどの経験者はいない。むしろ家という大物をつくるのは初めてというプレイヤーばかりだ。加工のやり直し、足りない建材の調達、なんどもサードの街と村を往復することになるだろう。


「掘り返した土は横にどけておくのよー。後で使うからねー」


 現場の指揮をとっているのは、筋骨隆々の大男。

 ピッチリとしたタンクトップは筋肉の形そのままに張り付いている。地面を掘り返す度に躍動する、生きている証だ。


「ほら、ロイガーちゃん、一人だけ遅れてるわよ」

「人力で道掘るとかヤバいっすよ。だれか雇えないんすか、魔法使いとか」

「無理よー。大工じゃないと『土地を変えれない』のよー」

「うわぁ」

「『土木工事』っていうでしょ? 土地と建物は一緒なの。ほらスキルを確認してご覧なさい、上がってるんじゃない?」


 土を掘り返していた三人が一斉に手を止めてメニューを開き出す。


「あがってる」

「ほんとに」

「そうなのかー」


 声を上げる男たちに作業に戻るように告げると、続きを口にする。


「家を建てるときにも、先に地面の水平を取らないといけないでしょ。練習だと思って頑張んなさい。掘り終わったら崩れないように、シー・スラッグの貝を撒いて、板で補強もするからねー」


 ゆるい傾斜で掘った道は、急斜面の中腹あたりに出るはずだ。

 そこからは掘り出した土を敷き詰めて残りの坂を作る。

 地面の上だけではなく、左右の斜面に対しても板を敷き詰めて崩れるのを防ぐ。

 家の建築が始まるまでは、まだ遠い。


              *


「はーい、加工所はこっちですよー」


 カグヤの声で一行はぞろぞろと歩き出す。


「なんだあの集団」

「ギルドじゃね」

「全員が斧って、斧ギルド?」

「いや、イベントやってるって聞いたぞ」

「なんのイベント?」


 十人を超える人数であるけば、多少は目立つ、少し離れて歩こう。


「ほらほらアリスさんも、いきますよ」


 わざわざカグヤが戻ってきて手をつかまれた。


 サードの街についたのは、ダウンの村にいた木工師のプレイヤーたち。

 まだ見習いのような扱いらしく、サードの街までは来ていなかったと聞いている。カグヤが街に入るクエストで困っていたのも、ほんの数日前だ。


 そして今日やったこともカグヤのときと変わらない。

 クエストに必要な赤大根を地面から抜いて、プレイヤーの前の置いただけだ。

 パーティーを組むとクエストの討伐数も共有されるそうで、人数の割には少ない手間で終わった。


「森にある普通の木でも、トレントでも、木材集めてなんかやってるぜ」

「なにそれ、公式にそんなのあったっけ」

「ユーザーイベントだと思うよ」

「ひょっとして儲かったりする?」


 話をしているプレイヤーの間をすり抜けて加工所に入る。

 そこでは大量の木材が並び、数人の大工が加工を続けていた。その中で一人、クラフトだけが図面を書いている。


「やあ、早かったね。ご苦労様」

「らくしょうですよ。アリスさんがいますから」

「アップ、甚五郎、みんなが到着したぞ、指示を頼む」


 見習いたちが加工所の奥ですぐに作業にかかる。


「アリスさん、ありがとう。助かったよ」

「べつに、いいわ」


 家を頼んでから、森の中が騒がしい。

 何人もが木を伐りにきているらしく、そこかしこで斧を振るう音が聞こえる。

 そうなると、森のベッドをおいて寝るわけにもいかず、最近は街の宿に泊まっていた。それをカグヤに見つかって、手伝いを頼まれたのだ。

 人手が増えれば、家が建つのも早くなる。それならば、手伝いの一つくらいはする。


「でも、連れてきてなんなのだけど、費用は足りるのかしら」

「ん、まあ、多めに預かってるし、スキル上げにもなるからな。そこはうまくやるさ」

「そう」


 とりあえず、料理でも振る舞ってあげなさいと、この前と同じくらいのお金を渡す。

 なぜかまた苦笑いで返された。

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