9.異世界少女はフラグを立てない
「アリスさん、探しましたよ! もう、どこ行ってたんですか!」
街に戻るとコロンが随分と興奮していた。
なにかいい事でもあっただろうかと考えて、クエストがと言っていたことを思い出す。
「クエストは終わったの?」
「終わりましたよ。もー、アリスさんのお陰で料理人になれましたとも!」
「そう? おめでとう」
なぜかふくれっ面のコロンだ。今日はもうログアウトするというので、宿までついていく。少し大きめの魔法を使った、その分のマナを補給しておく。
ログアウトしたコロンを置いて宿を出ると、街は夜になるところだった。
スっと空が暗くなり、明るい日の光の代わりに、街灯の光が街を照らす。
ほんの数秒の切り替わり。
太陽が落ちるのと、街の街灯。それが同時に切り替わる。
街中にある単純な魔法道具に見える街灯も、空の遠く、遥か遠くにある太陽も同じように動く奇妙な世界。逆に言えば、太陽を司る何者かが、街の灯りという小さくせせこましいものすらも制御させられる歪な世界。それは神なのか奴隷なのか。
(不思議な世界ね)
夜になった街を目的もなく歩く。
街の中にいる人形たちはその数を少しばかり減らす。それは夜に設定された行動なのだろう。しかし、プレイヤーの数も同じように減って見える。コロンもログアウトしたし、なにか理由があるのかもしれない。
「NPCどこだよ~」
「夜はいないんじゃないの?」
「いや、それは大丈夫なはず。クエストNPCだし。たぶん」
話し声がするのはプレイヤーだ。
クエスト。コロンが料理人になるために行っていたことだ。彼らも料理人になるのだろうか。
「居た。こっちだこっち」
「街灯の影にいるなよ~」
プレイヤーは人形といくつか言葉を交わす。同時にマナの波動を変化させてやりとりをしている。
鑑定の時の波動よりは、金銭のやり取りの波動に近い。
(なにをしているのかしら)
「よしっ、次いこうぜ」
「ちゃんとフラグ立てた?」
「同じことしか言わなくなったし、大丈夫なはず」
プレイヤーたちが立ち去る。
(フラグ、ねえ)
これも丁度いい言葉が存在しない、未知の概念だろうか。
一番近いのは紋章旗のように聞こえても、先ほどのプレイヤーが紋章旗を持ち歩いているようには思えない。紋章旗は城壁や広間に広げて、誰の領地かを示すものだ。個人で持ち歩くようなものではない。
翻訳がうまくいってないように思う。
ならば試してみようと、先ほどプレイヤーが話していた人形に近づく。
何も話し掛けずに、プレイヤーと同じマナの波動を送ってみる。
「ああ、お前がそうか。話は聞いてるよ。用意は、出来ているようだな……」
人形は長々と話しをしたあと、次に行く場所を言って黙った。
もう一度、同じ波動を送ってみる。
「ああ、お前がそうか。話は聞いてるよ。用意は、出来ているようだな……」
少し考えて、変えた波長を送ってみる。
「誰だい、お前は、用がないなら行きな」
アリスはなるほど、と思う。
送る波動の種類で、言葉が変わるらしい。
始めにプレイヤーと同じ波動を送った時は、人形から送ってくる波動もあった。しかし、適当に変えた波動の時は、人形は言葉を発するだけで、波動は送ってこない。おそらくはこれが「フラグ」というものなのだろう。
試しにいろんな波動を送ってみる。
「誰だい、お前は、用がないなら行きな」
「誰だい、お前は、用がないなら行きな」
「誰だい、お前は、用がないなら行きな」
「誰だい、お前は……」
言葉が変わる波動は一種類だけなんだろうか。そうであれば、最初の波動が正解ということになる。
「こんばんは」
今度はマナの波動ではなく、声を掛けて見る。
そうすると、短いマナの波動を人形が発してくる。
プレイヤーと人形とのやり取りと思い出す。
確か、プレイヤーが話しかけて、人形がマナの波動を発して、プレイヤーが返して、だったはずだ。
でも、話し掛けなくてもマナの波動だけで人形の言葉は変化する。
(もう少し、調べてみましょうか)
それから街の中を巡って人形を調べてみた。
人形には話し掛けても会話を返すだけで、マナの波動は動かないもの、マナの波動が動くものと種類があるようだ。
マナの波動を送ってくる人形は、最初に調べた人形と同じように、マナの波動を返せば言葉が変わった。
マナの波動を送ってくる人形は、屋台区画の受付や、商店の店番などの役割を持っているものが大半だ。しかし始めに調べた人形のように、特になにをするわけでもなく、街の中に配置されているだけの人形でも、マナの波動を送ってくる人形がある。
推測するに、この街の中で特になにをするわけでもなく見える人形が、クエストに関係しているように思う。
(特別なのかしら)
そう思って人形を分解してみても、他の人形との違いは込められたマナの量くらいだ。
構造は同じ。マナの量だけが、ほんの少しばかり他の人形よりも多い。
*
「ん? 朝か。調理はここまでにして、材料を仕入れにいくか」
窓から入る光で、夜が明けたことに気づく。
料理人の朝は早い、というわけではない。今日は夜の間、宿の厨房を借りて料理を作っていた、それだけの話だ。
夜の間は、材料を売ってくれる店が閉まっていたり、街の外の魔物が少し強くなっていたりと、昼間とは違うことが多い。
レアドロップを求めて夜に狩りにいく者もいる。そういう場合には、昼間のうちに消耗品を買い込んで、狩りの準備をするのが定番だ。
狩りに出ない者は、街の中で厨房や作業場を借りて生産活動をしていることが多い。こちらも材料は昼間のうちに買うなり、自分で魔物を狩って手に入れて準備をする。
夜に街の中をうろつくのは、クエストを進めている途中の者くらいだ。店は閉まっていても、クエストNPCのほとんどは昼夜に関わらず同じ場所で待機している。
料理人として、生産を中心に活動している男にとって、朝は仕入れの時間だ。
開いたばかりの店にいって食材を仕入れる。この港町では幽霊船の襲撃イベントの度に店が閉まるから、材料は多めに仕入れておきたい所ではある。仕入れた材料を使って、今度は屋台を開きながら、客がいない時間を調理で過ごすのだ。
「もうちょっと、海産物の流通量が増えるといいんだがなぁ」
NPCの店で買える量は、一日あたりの上限がある。NPCの言い分としては「お前ひとりに全部売るわけにはいかない」だが、そんなものは運営のさじ加減一つなのは明らかだ。
足りない分は屋台を開きながら、プレイヤーから買い取ることになる。MMOらしくプレイヤー同士で交流しろということなのだろう。
宿の受付の前を通り、表に出る。
受付には常に宿の主人が立っているが、厨房から出た時点でレンタルは終了だ。何も言わずに、男は片手だけで挨拶をする。
男が片手を上げるのは、別に気取っているわけではない。逆だ。NPCとはいえ、人間に見えるやつの目の前を通るのに、なにもなしというのはバツが悪い。そして話掛けても、宿泊は厨房を使いたいのか聞かれるだけだ。
そうして男が取るようになった行動が、片手を上げての挨拶だった。手の位置は、宿の主人の視線を遮る高さで行う。
「なんだこりゃ」
宿の外で男が見たのは、転がっている人形。いや、NPCだった。
白い断面を見せて転がっているのは、マネキンのようにも見える。だがそれは断面だけで、表面はリアルな人形だ。
アンバランスで気持ちが悪い。
料理で食材を切ったり、刻んだりしている男は特にそう思う。食材は切っても断面が白くなったりはしない。
思わず視線を逸らせば、そこにも転がっているNPCの一部。目を遠くに移せば、そこにも何か転がっている。
「なんなんだよ、これ」
その日、運営には多くの問い合わせが発生した。
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