3.異世界少女は世界を知る

 私、コロンは、セカンドの街で新しい食材に苦戦していた。


「もうっ! 勝手にパカパカ動くんじゃないんですよ! 閉じたら挟まれた腕を溶かそうとするとかどんだけ食中植物なの! ハエトリソウそっくりで、でも私、虫じゃないですよね!」


 とっくに死んでるくせにパカパカ動くヒトトリソウ相手に、攻略サイトの情報を参考に調理しようとするものの、攻撃してくるとは聞いないですよ!

 フライパンに閉じ込めて蓋を押さえつけてもガンガンと暴れるのは植物じゃないと思います。絶対に。


 農耕地域だと聞いてきたセカンドの街は、周囲に植物モンスターが沸く危険地帯でした。

 普通に小麦とかおイモとかが手に入ると思っていたのに、出て来るのはヒトトリソウとかいうハエトリソウそっくりの魔物とかラッシュラディッシュとかいう人形大根とかで、ストレスがマッハです。


 ヒトトリソウは調理中に暴れるし、ラッシュラディッシュは切る度に断末魔の悲鳴を上げるものだから千切りにしようものなら、うるさくてしょうがない。なんでこいつらは倒した後に出て来るドロップ品のくせに動くんですかね。

 植物って何なんですか。

 大人しくお肉になってるバッタとかナメクジのほうがまだマシじゃないですか。


              *


 アリスが移動した先の街は、始めの街と同じくらいに変な街だった。

 新しい街も、中にいたのはプレイヤーと、プレイヤーがNPCと呼んでいる人形たちだけだ。

 人形を造り、使役している存在も、プレイヤーの本体、魂を移す前の本当の体で動いている者も見当たらない。全て人形だけで構成された歪な街。


 この街の門も、開いたままで門を守る者もいない。それでいて、街の外には魔物が大勢沸いている。この街の傍にいる魔物は、前の街の近くにいた魔物とは違う。誰も攻撃していなくても、近くにいるプレイヤーを攻撃してくる。

 それならば、プレイヤーを追いかけて街の中に入ることもあるだろうに。

 それなのに街の門は、開いたままで守る者もいない。

 街の中にいるのは人形だけだからと言って、あまりにも無防備に見える。


いびつなのよね)


 あれだけの人形を作る技術があるなら、結界を張る道具くらいはなんでもないはずだ。

 そしてプレイヤーが使う異空間への収納。出し入れはともかく、収納空間を作るには莫大なマナが必要になる。アリス自身が作った空間も、使った分のマナはまだ補充出来ていない。


 パーティーを組むというのもそうだ。

 マナで個人間にパスを通すのは、瞬間的なものならともかく、維持するには高度な技術か、もしくは表面的であっても、魂に関わる契約が必要になる。

 それなのに、魔物との戦いでプレイヤーが使っている魔法はあまりにも稚拙だ。


 更にはボスという魔物の存在。

 街道を歩いていて出会う世界をたがえた境界の向こうの戦い。


 強制転移と閉ざされた空間は、偶然の産物では有り得ない。

 あれだけの規模の魔法を仕掛けるのであれば、余程の手間と、マナをつぎ込んだ必殺の策であるはずだ。


 なのに出て来たのは弱い魔物が三匹だけ。

 罠を仕掛ける分のマナがあれば、あの程度の魔物は数百匹は出せるはずなのに、だ。

 馬鹿にしているとしか思えない。


(情報が足りないわね)


 それを作ったのが、人形たちを使役する存在なのか。それとも別の存在なのか。

 この世界のルール。プレイヤーが従うルール。ルールを構築した者たちがいるはずだ。


 NPCには期待出来ない。あれは決められた役割を果たすだけの人形だから。

 情報を得るならプレイヤーか。コロン一人では足りるとは思えないが、多くのプレイヤーに姿を晒すのは時期尚早に思える。最悪、世界の全てが敵になる、そのくらいは想定しておく必要がある。それくらいこの世界は歪だ。


「まあ、気に入らなかったら出て行くだけよね」


 別に、この世界にこだわる必要もない。

 手始めに、コロンからいろんな話を聞き出そうと決めた。この街にも屋台が並んでいる場所がある、新しい材料も渡してあるし、コロンはきっとそこで料理をしているはずだ。



 コロンの新しい料理は、パリパリとした食感で面白かった。

 本人は「なんであれが」「理不尽だ」なんて呟いていたから、出来上がりに不満があったようだ。

 そろそろログアウトするというコロンと一緒に、宿への道を歩きながら質問をする。

 どうも彼女は私もプレイヤーだと思っているようだ。質問はこの街のこと、ボスのこと、出来るだけ当たり障りのないものを選ぶ。


 世界のルールに触れるのは、プレイヤーでないことを隠しながらというのは難しい。どこまでが全てのプレイヤーの共通認識で、どこからが知ってる人もいるというレベルなのか分からないからだ。


 だから、宿で二人になったところで『味見』のついでに聞き出した。


 コロンは実に良い声で答えてくれた。

 『味見』をしながらの会話だ。彼女は何を聞かれて、何を答えたのか覚えてはいないだろう。

 聞き出した所によると、恐ろしいことに、この世界全てがプレイヤーが遊ぶための箱庭だという。プレイヤーはこの世界にログインし、人形の体アバターを使って遊び、ログアウトして元の世界に帰る。娯楽のためだけに作られた世界なのだそうだ。


 そして世界を作り上げ、維持しているのは運営と呼ばれる組織なのだそうだ。

 神のような所業。それを担っている組織がどんなものなのかは、コロンもよく分からないらしい。

 ただ、少しばかりの金銭で、誰でもこの世界に遊びに来ることが出来るという。

 少しばかり。そう、世界を渡る手段はコロン曰く「一回の食事代くらい」で手に入る安価なものなのだそうだ。眩暈がする。


 『味見』の結果も上々だった。見込んでいた通りとても美味しい。大分控え目にしたつもりだったが、収納に使ったマナはほとんど回収出来た。

 先の箱庭の話と合わせて考えれば、プレイヤーが使っている仮初の体アバターは、運営が用意したものだろう。コロンは自発的には使えていないが、他のプレイヤーも同じくらいのマナを内包している可能性は低くない。


 しかし、このマナの量は、ログアウトしている間に味見したのと全く違う。仮初の体アバターは運営が用意したものであっても、魂の有無がマナの量に大きく作用しているようだ。

 コロンにその体が壊れたらどうなるということも聞いてみた。答えは「リスボーン地点で復活する」。その場所は一カ所ではなく、最後に行った街の広場など、数カ所あるらしい。

 復活の時に体も元通りになるというのだから、魂の有無は仮初の体アバターを作り直せる程に強力だということになる。


 プレイヤーたちはそのマナを使って、収納や鑑定と言った「運営が用意した」魔法を使う。それが魔法だという自覚もないままに。

 空中を指でつつく仕草をしているのがそれだ。あの時、プレイヤーにはパーティーの申請や鑑定、ステータスといった、いくつもの選択肢が見えていて、それを指で選ぶのだそうだ。


 コロンは既にログアウト済みで、目の前にはコロンの仮初の体アバターが横になっている。

 今回吸い取ったマナが快復するのにどれだけかかるだろうか。回復が短期間で済むなら、コロンだけでも生きていくのに支障はないだろうか。いや、運営が私を見つけたときにどう判断するかは不明だ。マナを増やしておく必要がある。


 穏便に生きるだけなら、以前のように居城を構え、静かに暮らしていくだけで良い。


「でも、ここは遊び場なのでしょう?」


 ならば、私が遊んでも構わないはずだ。

 アリスはそっと宿の部屋を抜け出した。

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