怪人イタチソード⑦

「怪人アリス=ヒュブリス……」


 アリスが高らかに告げたその新しい名を、僕は反芻する。


 アリスは先輩に捕らえられ、触手の怪人から蝶の怪人に、そして、悪魔のような怪人へと変貌を遂げた。

 まるで、ヒト……いや、怪人として進化するかのように。


「アハハハハ! なあに耕太! ひょっとして、私に見惚れちゃってるワケ?」


 アリスを見つめる僕に対し、彼女は扇情的な笑みを浮かべる。


 だけど。


「まさか。お前を見ても、僕には嫌悪感しか湧かないよ」

「……へえ、耕太のクセに生意気ね。それも、そこにいる女のせい?」

「何を言ってるの? 彼女のおかげでお前という呪いから解放されたんだ。ちょっと自惚れすぎなんじゃ……」


 その時、突然アリスから一本の羽根が放たれ、そして。


「があっ!?」

「耕太くん!?」


 羽根は僕の左脚に突き刺さった。


「ホント……耕太のクセに! アンタはそうやって這いつくばって、私の足を舐めてるのがお似合いなのよ!」

「お前えええええええ!」


 こよみさんはランスを構え、そう叫ぶアリスに向かって突進した。


「フン、こざかし……」


 そんなこよみさんに対し、アリスは余裕の表情で待ち構える……が。


「え!? チョット!?」


 こよみさんとぶつかる直前、アリスは後ろへと引っ張られ、こよみさんの攻撃を避ける格好となった。


「……ダメだよアリス……今は撤退だ……」


 見ると、カネショウの尻尾がアリスの脚をつかみ、そして、彼は口惜しそうに唇を噛み締めていた。


「な、何でよ!? こんなチビ、生まれ変わった私に掛かれば!」

「ダメだ! ……これは命令だよ、いいね?」


 そう言うと、カネショウは左手をアリスへと向けた。


「……分かったわよ」


 アリスは渋々といった表情でカネショウの元へと寄ると彼の肩に手を乗せた。


「じゃあね耕太、今度はもっともっとアソンデアゲル!」


 カネショウが左手でパチン、と指を鳴らすと、二人はその場から姿を消した。


「アリス……!」

「耕太くん!? 大丈夫!? しっかりして!?」


 こよみさんは慌てた様子で僕の傍に駈け寄ると、僕を抱き起こし、心配そうな表情で僕を見つめる。

 だったら、僕のすることは、彼女を安心させることだけ。


「はい、大丈夫です。大した怪我ではありません」

「ウソや! そんなムリ言うて!」

「本当ですよ、ほら……」


 僕は心配かけまいと、わざとおどけながら左脚で飛び跳ねてみせた。


「ね……?」

「何が『ね……?』や……そんな脂汗流しながらで言われても、説得力あらへんよ……」


 そう言って、こよみさんは僕を抱きしめる。


「耕太くん、お願いやから無理せんといて……耕太くんは、耕太くん一人の身体とちゃうんよ?」

「こよみさん……ごめんなさい……」

「ん……」


 すると。


「ゴメン! 遅くなったわ!」

「ブラック、そしてイエロー到着だ!」

「オマエ等……おっせーよ……」


 先輩、ブラックさん、イエローさんの三人がようやく現場に到着した。


「それで……って、上代くん!? そのケガ大丈夫なの!?」

「はい……こよ……ピンクさんのおかげで大丈夫です……」


 僕は、抱きしめながら支えてくれているこよみさんをチラリ、と見る。


「ええ!? そ、その……ひょっとして、ピンク……なの?」


 先輩は震える手で指差しながら、恐る恐る尋ねた。


「……せや」

「そ、そう……」


 気まずくなったのか、先輩はそこで話を打ち切った。


 その時。


「……ヴレイピンク=ヴァルキュリアよ……決着をつけようか……」


 満身創痍のはずのイタチソードが立ち上がり、右腕の刃をこよみさんへと向けた。


「……さっきも言うたはずや。アンタを生かすか殺すか、それを決めるんはウチや。それに、決着ならもうついたはずや」

「……なら、そうするように仕向けるまでだ!」

「っ!?」


 イタチソードが僕めがけて突っ込んでくる。

 だけど……左腕の怪我のせいで、従来の動きには程遠い。


 その姿は、まるで自分から死に向かっているような、そんな印象を受けた。


「飯綱……先生……」


 僕は、ポツリ、とその名を呟く。


「…………………………」


 仮面の内側で、先生がどんな表情をしているのかは分からない。

 ただ先生は、無言のままこちらへと向かってきている。


「この……わからずやあああああ!」


 こよみさんは複雑な感情を込めてそう叫ぶと、そのランスを先生へ向けて突き出した。


 そして。


「グウ……」


 ランスは先生のみぞおちに深々と突き刺さり、腹と、背中と、そして鉄仮面の隙間から、大量の血が溢れた。


「アンタは……ホンマのアホや……なんで……なんでそこまでして自分の命を粗末にするんや……」

「ゴフ……決まって、いる……私は、“あの御方”、の、ため……私を、救って、くれた……“あの御方”の……」

「先生……」


 僕は先生の傍に寄り、声をかける。


「……上代、くん……みじ、かい間だった、が、楽しか、った……この、身体になって、から……初め、て、自分を、ニンゲン、だと……ゴハアッ……!」

「っ!? 先生、先生!?」


 僕は必死になって先生に呼びかけた。

 少しでもここに留まっていられるように、逝ってしまわないように。


 だけど。


「耕太くん……」


 こよみさんが僕の名前を呟き、かぶりを振る。


「あ、あああ……あああああああ……!」


 僕は膝から崩れ落ち、そして……慟哭した。


 ◇


 警察機関や司令本部が現場に続々と到着し、事後処理に追われている中、僕はこよみさんと二人、亡骸となった先生をただぼんやりと眺めていた。


「……耕太くん、ゴメン……ウチが……ウチが弱いせいで……」

「……こよみさんのせいなんかじゃありませんよ……こよみさんは僕を助けるためにしたことですし、それに先生は、自ら死にたがっていましたから……」

「……悲しいなあ……怪人って、なんなんやろか……」


 誰に問い掛けるでもなく、静かに呟いたこよみさんの言葉を聞き、僕は怪人を生み出した元凶の日本政府に、反町一二三という人物に、そして先生を闘いに身を投じさせたダークスフィアと“あの御方”とかいう奴に、激しい憤りを感じていた。


 あまりにも理不尽で、あまりにも切なくて、あまりにも悲しくて……僕は自分の胸を力一杯握り締める。


 すると、こよみさんは僕をそっと抱きしめた。


「耕太くん……」

「こよみさん……」


 その時。


「こ、こよみさん!? あれ!」

「な!? こ、これって……!?」

「ちょっとセンパイ! センパ—————イ!」

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