怪人の想い

「先輩、怪人イタチソードの正体、それは……飯綱先生、ですね……?」

「上代くん、正解よ」


 やはりそうか……。


 だけどそうすると、今度は先輩の意図が読めない。


 元々、先輩はお父さんの仇を討つためにダークスフィアを裏切ってヴレイファイブの一員になった。


 先輩の立場だったら、すぐにでも司令本部にその事実を伝えて、イタチソードを倒そうとするはず。


 なのに、司令本部に知られないようにヴレイウォッチとタブレットを置かせた上で、僕達を自分の部屋へと招き入れて、この話をしたんだ。


 つまり……。


「……先輩は、イタチソードを見逃すつもりなんですね?」

「…………………………ええ」

「耕太くん、どういうこと?」


 こよみさんが訳が分からないといった表情で僕に尋ねる。


「僕にも分かりません……先輩」

「ええ……もちろん説明するわ……」


 先輩が知ったのは、本町先生に研究室で紹介されてのことらしい。


 元々、イタチソードのニンゲンの時の姿を知っていた先輩は初見で気づいた。

 その後、イタチソードと二人で話をすると、彼女は飯綱江としている時は、危害を加えるつもりはないらしい。


 そして、そう語るイタチソードは、飯綱江という自分に縋りついているように感じた、ということだ。


「……私も組織にいた時は、もちろんお父さんの復讐を第一に考えてはいたけど、一方でこの紫村由宇という立場も、ニンゲンとしての唯一のつながりのように感じていた。だから彼女も、私と同じなんだと……そう思えてしまって……」


 そう語る先輩は、少し寂しそうだった。


「……それで、先輩は僕達に何を求めてるんですか?」

「……分からない。だけど、せめてお互いがヴレイファイブとして、怪人として対峙する時以外は、ニンゲン同士として接したい。そう思ったの……」

「なんだ、だったら答えは出てるじゃないですか」

「え……?」


 僕の言葉を受け、先輩が拍子抜けしたような表情になる。


「だって、要はイタチソードとはお互いの立場で対峙する時以外は、普段通りにしようってことですよね? もちろん司令本部には内緒で」


 そうだとも。


 別に僕達だって、無理に怪人と闘いたいわけじゃない。

 それどころか、こよみさんに怪人と闘ってほしくない。


 僕は、ただこよみさんと二人で仲良く過ごしたいだけなんだ。


 それに、僕は飯綱先生が嫌いじゃない。むしろ、かなり好きな先生だ。


「だ、だけど……」

「あ、あれ? 違いました?」

「あ、い、いや、そうじゃないけど……」

「だったら、それでいいじゃないですか」


 大体、僕は世間の知るヴレイファイブとは違って、正義なんてくだらないものに興味はない。


 ただ、僕の隣でこよみさんが笑ってくれたら、それだけでいいんだから。


「あう……何よ、カッコいいじゃない……(ボソッ)」


 ん? なんで先輩は顔を赤らめてモジモジしてるんだ?


「耕太くん……」


 そしてこよみさんは、なんでジト目で僕を見るんですか!?


「と、とにかくそういうことで、僕達と飯綱先生との関係は変わりませんから」

「うん……上代くん、ありがとう……」

「ホンマにもう、耕太くんは優しいんやから……でも、そういうとこが……」


 なんだろう……二人から熱い視線を受けるんだけど……。


「じゃ、じゃあ僕達も自分達の部屋に……」


 あ、そういえば。


「そうだ先輩、こよみさんのヴレイウォッチと僕のタブレットから盗聴機能を取り除きたい場合はどうすればいいですか?」

「え? ああ、アレね。だったら今からしてあげよっか?」

「え? 今から?」

「そ。今日の晩ご飯で手を打つわ」

「な!? ア、アカンで!」


 先輩の条件提示に、こよみさんは全力で反対した。

 だけど。


「分かりました。それでお願いします」

「チョ!? 耕太くん!?」


 だって、僕とこよみさんが仲睦まじく過ごしているところを盗み聞きするなんて、邪魔されてるようで許せない。


 それに、この件は前々からなんとかしたいと思ってたから、先輩の申し出は渡りに船だ。


 せっかくのこよみさんとの二人きりの時間がなくなってしまうのは残念だけど、今回は仕方ないかな。


「じゃあ今からお願いします」

「ええ。ウフフ、上代くんのご飯、一度食べてみたかったんだよねー!」

「……耕太くんのアホ……」


 すいませんこよみさん……僕達が二人きりで楽しく過ごすためにはどうしても必要なんです……。


 だから、その、そんなに睨まないでください……。


 ◇


「あー! すっごく美味しかった!」

「せやろ! 耕太くんの料理は最高なんやで!」


 食事を終え、先輩は手放しで喜んでくれた。

 こよみさんもそれが嬉しかったのか、最初の不機嫌な様子はもうなく、今はやたらと僕の料理を褒めちぎっている。


「はい、昨日のうちに作っておいたプリンです」

「「プリン!」」


 そう言って手渡すと、二人とも瞳を輝かせ、早速プリンを食べ始める。


「「んー! 美味しーっ!」」


 二人が声を揃えて満面の笑みで絶賛してくれた。


 どれ、僕も……うん、舌触りも滑らかだし巣も入っていないし、我ながら上出来だ。


「ねえねえ上代くん! このプリン、なにかコツとかってあるの?」

「コツですか? そうですね……滑らかになるようにプリンの液をしっかり濾しておくことと、あと、僕の場合は牛乳ではなくて生クリームを使ってますね」

「へええええ……そうなんだー!」


 先輩は感心するように何度も頷くと、またプリンを食べ始めた。


「えへへ、どや! ウチの耕太くんはすごいやろ!」

「うんうん! だから、週に一回でいいから私に貸してよ!」

「アカンに決まってるやろ!」


 いつものように二人が言い合いをしているのを、僕は口元を緩めながら眺めている。


 こよみさんも、先輩も、そして飯綱先生も……争うことなく毎日こんな風に過ごせたらいいのにな……。


 僕は、絶対に叶わないと知りながらも、そう願わずにはいられなかった。

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