桃原こよみ③

 耕太くんが目を覚ましたら、やっぱり耕太くんは全部覚えてた。


 そやから、ウチは観念して自分の正体を明かした。


 これで、耕太くんとは永遠にお別れ、やな……。


 そう諦めようとしたその時、耕太くんが取ったリアクションは意外なものやった。


「そんな! 一体その組織とやらは何を考えてるんですか! こよみさんはこんなに素敵な女性なのに! それを……!」


 嬉しかった。

 そんなこと言ってもらえたんは、生まれて初めてやった。


 そのまま天にも上りそうな心地やったのに、腕時計の呼び出し音が全て台無しにした。


 これまでの会話が全て司令本部に筒抜けやったんや……。


 このままやと耕太くんが大変な目に遭う!


 そう思たウチは、高田司令と直接話をつけようとしたんやけど、司令は聞く耳を持たんと、次の日に耕太くんと面談する、そう言い残して一方的に通話を切られた。


 ◇


 次の日、新宿の公園で待ち合わせ。


 ウチは指定された時間より少し早めに着くと、すでに耕太くんと高田司令が話をしていた。


 ウチはそっと近寄り、何の話をしているか聞き耳を立てる。


 もし耕太くんに万一のことがあったら……。


 ウチは覚悟を決めると、いつでも飛び出していけるように身構えた。


 そして。


「その……僕も同じように迷惑をかけてしまった女性がいて、後悔して、悩んでたんです……」

「だけど、僕は少しでもその人に少しでも何かを返したくて。意味ないかもしれませんし、その女性は優しいから断られるかもしれませんけど……でも、それでも……!」


 耕太くんの口から告げられた言葉は意外なものやった。


 耕太くんは、ウチなんかのために後悔して、悩んで、そしてウチのために何かしようとしてくれてて……。


 ウチは泣きそうになるのをこらえる。


 そして、ウチがいてたことに気づいていた司令が、ウチの名前を告げると、耕太くんに自己紹介をした。


 すると。


「そ、その! こ、こよみさんは悪くないんです! 悪いのは僕で! 僕が勝手にこよみさんの後をつけて……だ、だからこよみさんは……!」


 耕太くんはウチなんかのために土下座して、罪を全部被ろうとした。

 ウチなんかのために……。


 ウチはたまらず、司令にウチの責任であって耕太くんは悪くないことを一生懸命説明する。


 ウチ達の思いが通じたのか、司令は条件を出してきた。


 一つ、ウチの正体を他言しないこと。

 一つ、司令本部の監視下に置かれること。

 そして最後の一つ、必要に応じて怪人との闘いに協力すること。


 当然ウチは反対した。

 だって、これは“ただの人”でしかない耕太くんが危険な目に遭う可能性があるっちゅうことやから。


 だけど、耕太くんはあっさりと受け入れてしまった。

 多分、ウチに迷惑が掛からないようにするために。


 ウチは、申し訳なさと、耕太くんのウチを想っての行動に胸が苦しくなる。


 だけど、ウチはその気持ちの見せ方を知らんから、ただ戸惑うだけやった。


 そんな混乱の最中に、司令はさらにとんでもない爆弾を落としてきた。


 それは……ウチが耕太くんと一緒に暮らして、耕太くんのことを監視すること。


 それを聞いた時、ウチの心臓は止まるかと思った。

 もし耕太くんに断られたらどうしようかとも思った。


 結果は、耕太くんは快諾し、ウチ達は次の日から一緒に住むことになった。


 恥ずかしかった。小躍りしそうだった。嬉しかった。申し訳なかった。


 いろんな感情が入り混じってるけど、それでもやっぱり、ウチは初めてできた人とのつながりに、胸がいっぱいになった。


 そして、次の日の午後。


 耕太くんはウチの家にやってきた。


 緊張した。


 だけど、これから毎日、同じ部屋で顔を合わせるんやから、いつまでも緊張しているわけにはいかない。


 ウチは、せっかくの同棲生活初日やから、お寿司でもと思ったんやけど、それは断られ、代わりに耕太くんから晩ご飯を作ると提案された。


 そらウチとしては、手作りの家庭料理なんて久しぶりやから、嬉しくて仕方なかったけど、耕太くんはそれで良いのかと心配になった。


 だけど、それは杞憂で、耕太くんは嬉しそうに料理を作ってくれた。


 献立は肉じゃがとだし巻き卵。


 ウチの大好物で、ウチがリクエストしたものやった。


 耕太くんは手際よく晩ご飯の用意をし、さあいよいよ食べるぞ、となったところで、怪人が出現した旨の連絡が入った。


 ウチは頭にきたけど、仕方ないので耕太くんに謝り、このままいててもらうようお願いをした後、大急ぎで現場に向かった。


 そして、レッドの嫌味もその日は耳にも入らず、ただ怪人を速攻で倒すことに注力し、倒したら急いで自分の部屋に戻った。


 玄関のドアを開けると、おかずを温め直しながら待っててくれる耕太くんがいた。


 ウチは申し訳なさと今後のことを考えて、先に食べてくれてええよ、とお願いしたんやけど、ウチと一緒に食べたいからと、頑として聞き入れてはもらえへんかった。


 せやけど、そんな耕太くんの心遣いが嬉しくて、耕太くんの優しさが嬉しくて……。


 ……耕太くんと一緒にいれば、ウチもいつか……いつか自分のこと、好きになれるかな。

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