出逢い③

 ——ピコン。


 こよみさんが出て行ってからしばらくすると、スマホに通知が入った。


 僕はスマホ画面に目を向ける。


 通知の内容は、『怪人、新宿駅西口に出現』だった。


 ああ、いつものか。


 ここ数年、首都圏に突如怪人と、それを操る悪の組織“ダークスフィア”が日本政府に対して宣戦を布告、世間を混乱に貶めていた。


 当然日本政府もこれに対抗するため、警察組織の強化を図り、特殊部隊を設立、投入するなどを行ってきたが、怪人達、そして“ダークスフィア”は強力で、太刀打ちできなかった。


 そんな中、新たに編成されたのが、超法規的特殊治安部隊、通称“勇者戦隊ヴレイファイヴ”だった。


 彼等は特殊な武器とその体術、更には巨大兵器を駆使して、並みいる怪人達を次々と倒すほどの活躍を見せた。


 だから、最近では怪人が出現しても、『ああ、またか』『どうせヴレイファイヴが倒してくれる』と、不安視するものはいなくなっていた。


 そういう僕も同じ認識で、これまでさして興味もなかった。


 だけど、僕はなぜだか無性にヴレイファイヴが怪人と戦うところを見たくなってしまった。


 一応、ヴレイファイヴの戦闘については政府ネットで動画配信されているため、リアルタイムで見ることは可能だ。


 僕は政府広報のホームページにアクセスし、その動画コンテンツを開いた。


『出たな怪人スリカエル! 首都の平和は俺達が守る!』

『ゲロゲロ! クラエ!』


 怪人は口から粘液のようなものを吐き、ヴレイファイヴの武器に絡みつくと、そのまま奪い取る。


『くっ!? しまった!』

『ゲロゲロ! 次ハオマエダ!』


 怪人が標的をヴレイブルーへと定め、粘液を飛ばしたその時、突然、粘液が光線で打ち抜かれた。


『ブルー! 大丈夫?』


 現れたのは“ヴレイピンク”、ヴレイファイヴに所属する唯一の女性隊員だ。

 その素顔は仮面に覆われて正体は分からないが、圧倒的なスタイルに一七〇センチ近い長身、凛とした声から、絶対その正体は某世界的モデルではないかと噂されている。


 そんなヴレイピンクが他の隊員の下へと駆け寄ると。


『フン、相変わらず迷惑ばかりかける』

『……ごめん』


 リーダーのヴレイレッドがヴレイピンクを一瞥してから皮肉を言う。


『よし、みんなが揃った今ならいける! “ヴレイキャノン”だ!』

『『『『おう!(ええ!)』』』』


 気を取り直したヴレイレッドの号令の下、ブレイファイヴの四人が、彼の後ろで隊列を組むと、ヴレイレッドの持つ武器“ヴレイガン”に各々の武器を接続する。


『くらえ! “ヴレイキャノン”!』


 五人から放たれた巨大な光線は、瞬く間に怪人を包み込み、そして、霧散させた。


『ふう……今日も無事、みんなを守れたな、さあ……『ごめん! もう行くか……』』


——プツリ。


僕は静かにスマホ動画を切断した。


……何で僕は、こんなのを見ようと思ったんだろう。


 ただ、いつも通りヴレイファイヴが怪人を倒して終了なんだけど、レッドとピンクのやり取りを見て、ヴレイファイブも決して一枚岩じゃないのかな……と、とりとめのないことを考えていた。


 そして、しばらくすると。


「ホンマごめん! 職場から急に用事の連絡が来てしもて……」

「あ、ああ……いや、大丈夫ですよ?」

「ホンマか? それやったらええんやけど……あ、ビール温なってもたな。取り替えるしちょっと待っててや」


 外出から戻ってきたこよみさんは、また新しいビールを冷蔵庫から取り出し、僕んい渡してくれた。


「うん、このままやとしゃべりづらいやろし、まずは気を取り直してビールでも飲も!」

「あ、は、はい」


 こよみさんの合図の下、僕はビールの蓋を開け、ビールを一気に飲み干した。


 ◇


 ……僕もこよみさんも、あれから何本の缶ビールを空けたか分からない。


 かなり酔いが回っていた僕は、こよみさんにこれまでのことを全て話していた。


 アリスとは、大学一年の時にゼミで知り合い、僕はアリスに一目惚れしてしまったこと。

 そんなアリスに告白し、付き合うことになったこと。

 アリスはその容姿も家柄も僕とは不釣り合いなほど良くて、僕はアリスの隣に立てるように精一杯努力してきたこと。

 だけど、それでもアリスが求める水準を満たすことができず、いつもアリスから叱責を受けていたこと。


 そして今日……とうとうアリスから見捨てられてしまったこと。


「……気がついたら雨の中あの場所に座りこんでいて、それで…」


 全て話し終えた僕は、気づけば持っていたビールの缶を握りつぶしていた。


「そっか……それで、耕太くんはどうしたいんや?」

「……どうしたいって、何ですか?」


 酔いもあってか、こよみさんのあいまいな質問に少しイラつきを覚えてしまい、僕はついぶっきらぼうに返してしまった。


「ん……その、アリスちゃんやったっけ? その子とよりを戻したいんか? それとも、次に進みたいんか?」

「そんなのっ……!」


 僕は思わず拳を握りしめる。

 けど……。


 僕は一体どうしたいんだ?

 フラれたショックで何も考えられなかった僕は、こよみさんの質問に頭が混乱した。


 僕はアリスが好きだ。それは間違いない。


 だけど、そんなアリスに僕はフラれてしまった。

 彼女の性格だったら、あそこまで言ってしまったら、もう僕とよりを戻すつもりもないんだろう。


 結局、僕は……。


 すると、いつの間にか僕の傍まで来ていたこよみさんが、僕の頭をポンポンと撫でた。


「ゴメンゴメン、意地悪な質問してしもたな。でもな、結果はどうであれ、どっちを選ぶにしても耕太くんが前に進むことは確かなんや。時間はいくらでもあるんやから、耕太くんはゆっくり考えたらええよ」


 そう言って、こよみさんはニコッと微笑んだ。


「こよみさん……僕、僕は……!」


 だめだ……こよみさんが親身になって僕の話を聞いてくれたせいで、優しい言葉を掛けてくれたせいで、頭を撫でてくれたせいで、僕の目から涙が溢れてくる。


 グイ、と腕で拭うけど、涙が止まる気配もない。


「え……?」


 突然、こよみさんが僕の頭を抱き寄せた。


「耕太くん……ガマンせんと、今は思いっきり泣いたらええんやで?」

「こ、こよみさん……僕、本当にアリスが好きだったんだ……!」

「そっかそっか……」


こよみさんは、優しく僕の背中をさすってくれて。


「僕、僕……あ……う……うあああああん……!」


 僕はもう止まらなくなり、こよみさんの胸に顔をうずめ、声の限り思いきり泣いた。

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