第12話 街の外れの研究所
「ここで来る途中で捕まえた二人って」
嫌な予感で、背中がぞわりとする。もしやそれは、ニカとアルマなんじゃないのか。
「おや、気になるかい?
「と――、特徴は。その、着ていた服、ですとか」
震える声で、フリィが尋ねた。
今日、ニカとアルマが着ていたのは、どちらも青い服だった。ニカはくすんだ青のシャツに、茶色のズボンを履いていた。アルマはそれよりももう少し明るい青のワンピースを着ていた。だからもし、その二人が青い服を着ていたのなら。
「そんなのいちいち覚えてないよ。ただ、若くてちょうど良かったからさ。金を見せて、仕事を手伝ってほしいっていったら二つ返事だった。いい子達だね。顔が似てたから、
ニカとアルマには、困っている人がいたら助けるようにと常日頃教えている。それに、二人の顔は、よく似ている。まさかとは思うが。
「確かめに行きます」
「フリィ、おれが」
「駄目です。私も行きます」
ぎゅっとおれのシャツの裾を引っ張って強く言う。そこまで言うならと、おれはフリィと共に、旦那様の新しい研究所へと行くことになった。
もしそれがニカとアルマじゃなくても。
まったくの別人だったとしても、だ。
何の罪もない二人がおれの材料になるなんて、絶対に駄目だ。
おれはクラウスになりたくはないし、旦那様と暮らすつもりもない。その二人を逃がして、きっぱりと断るのだ。
それから、大人の足で歩いて一時間ほど。
街の外れにそれはあった。
灯りの届かない、しんみりとしたところに、この屋敷よりも一回りは小さな研究所が、ぽつんと一つ建っていた。日もすっかり落ちたせいか、不気味な印象さえ受ける。
「さぁさぁ、中へどうぞ。お茶でも淹れようか」
旦那様は何やら楽しそうだ。おれがここに来たから、『クラウス』になることも承諾したと思っているのかもしれない。
「お茶は、結構です。それよりも、二人を」
「そんなに急がなくてもいいだろう。久しぶりに会えたんだし、まずは座って、のんびり話でもしてさ。なぁ、僕に会いたかっただろう?」
ドアを開け、椅子を勧めるが、旦那様が見ているのはおれだけだ。フリィのことなんて、まるで目に入っていない。
「……会いたかったです。いつお帰りになるのかと、ずっと待っていました。あの屋敷は、誰が訪ねてくることもなく、おれは、ずっとひとりでしたから。寂しかった」
「だろう? だけどもう大丈夫、これからは」
「ですが、もう寂しくありません。おれには、フリィがいる」
「はぁ?」
「家族が出来たんです、旦那様。おれに。あの日、フリィが来てくれて、おれのことを、怖がらないでいてくれた。ずっと一緒に、いてくれるって」
「何言ってるんだ、君」
「おれ達は、あの屋敷を出て行きます。もう、これきり、旦那様――ユータスとは、一緒にいられません」
屋敷を出るのならば、目の前の彼はもうおれの『主人』ではない。だから、名を呼んだ。さっき初めて知った名だ。おれがまだクラウスだった頃は知っていたのだろうけど。
「嘘だろう? そんなの許されるはずがない。君はこれからクラウスに戻って、ここで僕と一緒に暮らすんだよ。どうしてもって言うなら、その女も一緒でもいい。前回はジーレットを始末したから失敗したんだ。女も一緒だったら、君はここにいてくれるんだろう?」
そうだ、それならいいよな、と前髪の隙間から見える目をギラつかせ、あはは、と口の動きだけで笑った。
「それでも駄目です。おれはもう、あなたに縛られるのは嫌だ。おれは化け物だけど、それでもいいって言ってくれる人と一緒にいたい。ユータスは、一度だっておれのままでいいとは言ってくれなかった」
「当たり前だろ! 鏡を見ろ! 自分の姿をよく見ろ! その面で、大手を振って明るいところを歩けるか、お前が! お前のような化け物が! その女だっていまにわかる! お前が醜い化け物だって! ……何なら、僕がそいつの目を治してやってもいい。そうだ、なぁ、お嬢さん。治してやるよ、その目を。何か問題があるんだろう? 材料ならあるし、僕は天才だ。そうしよう。それで、ちゃんと見るんだ。この醜い化け物を。クラウスを元に戻すのは、それからでいい」
そうと決まれば、とユータスは驚くべき素早さで、フリィの手を取った。懐からナイフを取り出し、それを彼女の下まぶたにあてる。
「それとも、どうする。君がいますぐにでも僕の親友に戻ると言うなら、この女の目玉をえぐるのはやめてやるよ。大サービスだ。皮膚も剥がさないで生かしてやる。この女が、好きなんだろう? 別に若い女の皮膚なら何だっていいんだ、僕としては」
悪い話じゃないだろう、と優しい声で語りかけて来る。
確かに悪い話ではないのかもしれない。だって、フリィの目も身体も無事なのだ。けれども、結局おれは作り変えられてしまう。フリィ以外の誰か――そしてそれはニカかアルマもしれない――が犠牲となって。
どうしたらいいんだろう。
もしもおれが、もっと賢かったら、彼を説得出来たのだろうか。もっとうまい方法があったのだろうか。こんなことになるのならいつまでもあの屋敷に残らないで、彼を待たないで、どこか遠くに行けば良かったのだ。
「早く選べよ。君が選べないのなら、僕が選ぶ。この女の目玉をえぐって、二階にいるやつのものと交換する。それでいいな?」
ナイフの先がフリィの下まぶたに触れ、小さな血の玉ができる。恐怖で怯える彼女の目から、涙がこぼれ、その血と混ざって落ちた。
「やめて。やめてください。フリィを傷つけるのは、どうか」
「じゃあどうする。戻って来るか、僕の元に。親友として、死ぬまでずっとそばにいると誓うか」
ナイフを突きつけられているのはフリィのはずなのに、なぜかこちらにもそれが向いているように思える。冷たい刃が皮膚の上を滑っていくような、チリチリとした痛みを感じる。胸に手を当ててみると、いままで感じられなかったドクドクとした振動があった。
こんなものは、なかったはずだ。
おれの身体は、どこもかしこもたぶん死んでいた。食べずとも、眠らずとも、どんなに傷をつけようとも、死ぬことはなかった。心臓の音なんて、感じたこともなかった。それなのに、いまは微かに空腹感があり、この部屋の温度をほんの少し寒く感じ、ドクドクと一定のリズムで刻む心音を聞いている。
ただ、だから何だというのか。
いまおれが、生きている人間と同じ身体になったとて、状況は変わらないのだ。頬に触れると、やはりざらざらとした毛皮がある。化け物であることに変わりはない。ユータスも言ってたじゃないか。大事なのは、見た目なんだ。
「早くしろ」
尚も急かすユータスの声に、つい「誓う」と言ってしまいそうになる。それが本当に最善の答えなのかもわからないのに。
と。
「それはそのままでいいじゃないか」
どこからか、そんな声が聞こえて来た。
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