祈り

まき

1

 「10数えたら、さよならしよっか。」

黄昏時の浜辺で、隣に座った妻がそう言った。

来た時より高くなった波は、僕らの足元の砂まで持っていってしまう。

海にまで急かされているみたいだ。


 まるで、いびつな愛だった。

この浜辺で傷つけられた彼女を見つけて、家に連れて帰った時から僕らの関係は始まった。

彼女がどういういきさつで傷つけられたのか、なんて全く分からなかったし、彼女も話そうとしなかった。

でも僕は別にそれで良かったし、彼女もまたこんな状況に甘んじているようであった。

僕が思いを伝えることはあっても、彼女の方から伝えてくることは無かった。

それでも、助けてくれたことへの感謝の気持ち、僅かな好意と寂しさや弱さ、それらを僕に示すように、僕から離れることなく、ちょうど今のように寄り添ってくれて来た。

 「10数えたら、さよならをしよう。」

今度は僕が言った。この手を離せばきっと彼女は離れていくだろうが、果たして僕は、彼女にさよならと言えるだろうか。


10




7


 いつの間にか彼女は身籠っていて、その後の出産に立ち会った時のことを思い出す。

生命の神秘、そして何よりも彼女の母としての強さを感じた。

彼女は僕なんていなくてもきっと、強く生きていくんだろう。


6


5


4


3


「ありがとう」


僕らはそう言って手を離した。

僕らをつなぐものは、もう、無い。


2


1


0


 「さよなら」

波の音に負けないよう、大声で叫ぶ。

彼女はもう、振り返ることは無いだろう。

それでも、彼女の一生が穏やかなることを願った。

視界がぼやけたのはきっと、夕日のせいだけではない。 

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