6 君の空気清浄機
なぁそれ、お前もそう思って生きてんの?
なんて、そんな言葉を気軽に口に出来る関係だったらなら、どれだけ楽だっただろうか。三峰と言葉で表せる関係性ではない俺は、曖昧に笑って誤魔化すことしか出来なくて、そんな自分が本当に恨めしい。
それでも、自分に出来ることを精一杯やるしかない。せめて三峰を笑わせたかった俺は、昨日1日を使って練習してきた誘い文句を口にした。
「そうだ。三峰、明日って用事ある? 暇だったら行きたいところあるんだけど。俺と遊ばない? ウェイウェイ」
「何でちょっとチャラ男風になってんのよ。そもそも、ウェイウェイって何なの。自発効果音? ダサすぎなんだけど」
「うっ……心を突き刺す一言……」
「……もしかして、私が誘うの下手って言ったの、気にしてたの?」
「そんなんじゃねーけど!?」
猛烈に恥ずかしい。昨日必死でネットを見ながら考えたのに、ここまで滑るなんて。
ネットの奴らめ、これを言っておけばデートは完璧だと言った癖に! いたいけな俺の心を弄んだ罪は重いぞ!!
俺は恐らく赤くなってあるであろう顔を抑えながら、照れ隠しのように三峰を睨んだ。
「で、明日の予定はどうなんだよ」
「…………明日は模試だから無理なの。せっかく誘ってもらったのに、ごめん」
「……どうせ死ぬってーのに模試なんか行く必要なくないと思うけど」
「ッ、そんなの、別に私だって受けたくて受ける訳じゃないし! みんな、頭のいい私が好きなの。だから私は、その『
三峰の言葉に、パッと目を見開く。
学校1の優等生で通っている三峰のことだから、てっきり勉強するのが好きな人種で、好き好んで勉強をしているのだと思いこんでいたからだ。
すると三峰は、そんな俺の様子を見て苦々しく笑っていた。
「ほら、やっぱり。毎晩吐きそうになりながら夜中の3時まで勉強して成績を保っても、笑顔で役員を引き受けても全部当たり前だって思ってるんでしょ? 学校だって、毎日行きたくないって泣き喚きたいけど我慢して頑張っても誰も気づいてくれないしッ……!」
その言葉に、やっぱりさっきのアザラシの話が重なる。三峰の言う通り、彼女が『完璧』なのは当たり前だと思っていた。
だけどそれは、生きていくために必要だから身につけてきたものなのだろうか。水族館の中で過ごすために、危険に晒されないように、そうしてきたのだろうか。
そう考えると、今までキラキラ光っているように見えた三峰の能力は、なんて虚しいのだろう。その輝きに、神からの寵愛に何の意味があるというのか。
目の前の三峰は、どこか諦めたように笑っている。俺は、この綺麗なのにとても繊細で壊れそうな彼女のことを、なんだか抱きしめたくなった。
「……急になに」
三峰は、自分の前で大きく手を広げた俺を、変な生き物を見るような目で見てくる。
「三峰のこと、抱きしめようと思って」
「はぁ……? ついに気でも狂ったの」
正直に告白すると、さらに目が厳しくなった。辛い。
「別に狂ってないけど。……三峰が、めちゃくちゃ頑張ってるからさ。俺がゆるく生きてるだけじゃ多分、一生気づけないようなことも、三峰はいっぱい考えて頑張ってるんだろ。だから、いっぱい褒めようと思って」
そう言ったのに続けて、「カモン!」と叫ぶと三峰は吹き出すように声をあげて笑う。
「ほんと、A君って馬鹿なんでしょ」
「馬鹿じゃねーし」
「馬鹿だよ。ほんと、馬鹿」
三峰は呆れたような口調とは裏腹に、先程見せた諦めたような笑顔を忘れてしまうような満面の笑みで笑っていた。
「……………でも、ありがと。気持ちだけ受け取っとく」
その時の笑顔が、眩しくて狂おしくて愛おしくて、一瞬言葉に詰まる。
「……ッ、気持ちだけかよ。遠慮せずに飛び込んで来ていいんだぞ!」
「は? 1ミリも遠慮してないから」
「そこは遠慮であって欲しかったわ!!」
俺は、悲痛な叫びをあげて三峰を見つめた。三峰は、やっぱり呆れたような顔をしている。
「じゃあ代わりに明日1日、俺の念を送っといてやるよ! 三峰が頑張れるようにさ。んで、明後日に三峰頑張ったパーティーしようぜ。……だから、明日は死なないよな?」
「そんなパーティーしなくていいし。そもそも、わざわざ確認しなくても真珠取りに行くまでは死なないって言ってるでしょ」
三峰はそんなに1人で取りに行きたくないのか、という顔をしてこちらを向いた。
「Aくんって、本当変わってるよね」
「そうか?そんなことないと思うけど」
「ううん、絶対変わってる」
断言された。
「私の周りに君みたいな人いたことないし。それに私、今までで1番美味しい空気吸えてる気するもん」
「どうも。三峰の空気清浄機です」
安心したような顔で笑う三峰を見られたことが嬉しくて、ふざけた調子でそう言うと、三峰は可笑しそうに、また笑った。
「調子のんな。そこまで言ってないし。……じゃあ私、ホームあっちだから」
「りょーかい。じゃ、死ぬなよ」
「しつこい!」
三峰はそう言って、俺とは逆方向に歩いて行く。
その後ろ姿が、何だか不安定で揺らいでいるように見えて。痛くて脆くて儚く見えて、俺まで吐きそうなぐらい苦しくなった。
「勝負は明後日だ……!」
三峰のことを、絶対に生かしてみせる。
そして、三峰が死んでいないか心配で心配でたまらず、何も手につかずに過ごした日曜日がようやく終わり。
最初から学校を休むと親にばれてしまうので、俺はサボり。三峰は体調不良で早退することにして学校を抜け出す約束をした月曜日がやってきた。
普段でも長い月曜日が、長くて長くてたまらない。そして、待ちに待った3限目になり、教室を抜け出して、彼女が首を吊ろうとしていた空き教室に向かう。
少し遅れてしまったから、三峰はもう着いているだろうか。あの勝気な顔で、また遅いと怒られるだろうか。
「悪い。三峰、遅くなっ……あれ?」
そう思って空き教室に入ったが、三峰はまだ来ていなかった。それどころか、そこから1時間待っても来なかった。
流石にここまで来ないと、三峰がもう死んでしまったのではないかと焦る。だが、この学校で1番の人気者である三峰が死んだなんて話ならすぐに学校中に広まるだろう。
もしかしたら体調でも崩したのかもしれない。そもそも学校へすら来ていない可能性もある。
俺は必死に三峰が死んでいない可能性を考えて、昼休みに走って三峰のクラスへ向かった。同じ学年でも文系と理系でほとんど関わりがなくなるため、アイツは誰だという懐疑的な視線を全身に受けながら三峰を必死に探す。
そして、直ぐにたくさんの人に囲まれている三峰を見つけ、声をかけようとしてーー
「おい、三峰! お前、何で……三峰?」
「どうかしたの? 私に何か用事?」
そこには、ニコニコと偶像めいた顔で笑う『三峰彩葉』がいた。
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