無題

@itaria_k

第1話

その場所は、ただ硝煙の匂いだけの残る戦場だった。

2950年、既に凡そ人間の兵士というものが絶滅し、血の匂いなんていう生々しい香りが消え、人工知能を搭載した戦闘機や機械化歩兵と言った特殊兵科が戦場でその体を殺戮の渦中に埋めて行った、そんな時代のとある戦場での話だ。


「おい、試作品136番。早く突撃しろ。」

そう高圧的な態度で接してくること男は、この戦場では珍しい人間の兵士にして、この部隊の部隊長でもある。名前は僕の様な1使い捨ての試作品が聞けるようなものですらないのである。

それほどまでに兵士の中ですら身分というものは明確に区別されている。

更に突撃しろという指示が出ているが、この戦線で突撃は死を意味する。死んでも構わんから1人でも多く敵兵を蹴散らせと、そう言われているのである。

「はい、我らが皇帝の為に!」

そう言いながらかの戦線へと突撃する、僕の使っている銃ではこの様な戦線を突破はおろか生存すらできないとわかっている。わかっているが死ぬしかないのだ。自らの死でこの戦線での突破口が開くと信じて。

怒号の様な銃弾の雨、空からは自軍のか敵軍の物なのかすら分からないような爆撃の嵐、前には敵兵後ろに引けば軍法会議。そんなことを考えながら敵兵に向け銃を当て続ける。自らの生存と自軍の勝利を祈りながら。しかし現実はそこまで甘くはない。このような戦場において我々のような使い捨ては死ぬしかないのだ。意識が遠のいていく、無いはずの血液が出ているかの如き錯覚を覚える。

そうして……




「今回の作戦も結局は失敗だ、この責任をどう取るおつもりで?『部隊長』」

「そもそもこの要塞を落とすには兵力、兵量、兵装の質、補給、この全てが足りないと思うが、それについては貴方方『陸軍省』はどう考えいるので?」

「その醜い言い争うをやめろ、生き残りたいのなら無駄話ではなくここから帝国がどう勝つか、かの戦線の状況を客観的に現実に則した説明をしろ」

「ハッ……皇帝陛下……」

「……ハッ……」

今までの争いは何処へやら、彼らは同じように皇帝への同意のみをしている。これが皇帝のカリスマ、或いは権威の絶対性を示すものでないならなんだと言うのか。

「かの戦線……フランツ川戦線における我々の兵の総数は50師団、うち機械化歩兵が30師団、空軍が10師団、狙撃兵が9師団、私直々の機甲師団が1師団です。しかし川付近に要塞を作る敵軍に機甲師団は不向きでどう考えても使い物にならないかと。」

「流石は部隊長の兵だな、常に使い物にならん」

「醜い争いをやめろと言ったはずだ、自殺が趣味か?」

「いえ、そのような事は決して……」

「先程部隊長は補給や兵装の質など全てにおいて足らないと言っていたが、それはどれほどあれば殲滅できるという考えの元だ?」

「やはり私個人としては、あの軍を出すべきだと……」


「あれを?正気か?あれに敵味方の区別などない、ただ鏖殺の限りを尽くし死体の山を量産する生きる獣だぞ?この戦線に投入したところでその後どうなると。事後処理はこちら持ちなのだぞ?」

「陸軍省側のその意見も、部隊長のその意見尤もだ、あれを出すかどうかには議論の余地がある。」

「ところで諸君、君たちに私からいいニュースがある。新作の兵器が完成した。」

そう言いながら皇帝は隣の皇帝秘書の1人に持ってこいと指示を出している。

「恐れながら皇帝陛下、新作の兵器とはどの様な物で?」

「まあ見ればわかるさ」

皇帝は少年の様に目を輝かせ、陸軍省大臣の質問を軽く流しながら、秘書から貰ったアタッシュケースを机の上に置いた。

「さて、中を見ようじゃないか」

そう言って鍵を開け中身を見ると、そこには一丁の拳銃があるのみであり、まるで今の兵装と何ら変わらない、否今までの兵装よりも古びたその拳銃は全く新作の兵器という言葉に似つかわしくないものであった。

「これが……新作?」

そう部隊長が呟いた、この見た目の兵装に、それも実戦経験豊富な彼がみて違和感を覚えないわけが無いのだ。

「これが新作に見えないか、実務になれた君らしい『 現代戦』に慣れた物の感想だ。」

「しかし、これはあくまで新兵器ではなく旧兵器の流用である。」

「ほ、ほぅ?」

陸軍省大臣が不思議そうに尋ねる、無理もない、一般に旧兵器と言えば2300年から2800年までの現代社会の戦争と密接に関わっていて、それでいて今とはまるで兵装、戦術、生活がまるで違う時期の話だ。

そのような過去の兵装に頼る意味がこの時の『現代戦』に慣れている者たちには理解できないのだ。

「時に君、私がこれをもち君が君の知る限り最強の武装をして相対したとする。その時君は私に勝利し私を殺すことが可能だと思うかね。」

「……はい、恐れながら、その様な旧式の銃では精々が6発が限度、その間に私が詰めて終わりでしょう。」

「それはその通りだ、この銃の本懐は対人戦ではなく対機械に特化したものだからな。」

「な、何を仰るので?この銃であの装甲を抜くのは不可能かと……。」

「秘書、試作品を一体もってこい、飛びっきりのやつをな。」




「ああ、面白かった。今回も最高だな!2950は。」

2950とは現在放送中のテレビアニメ、俗に言うオタク向けの作品だ。

多少厨二病チックな所はあるが、毎話の展開が熱くライトノベル時代から固定のファンが一定数存在する作品である。

世界観は2950年の世界をベースに作られており、世界を2分する帝国と共和国との対立が描かれている。固定の主人公が居ないのがウリの物語で、今回の話では部隊長及び帝国側にスポットライトが当たっていた。しかし使い捨てと言われていたロボット達にスポットライトが当たる日もあれば共和国側の日もある。無名の兵士の日があれば、重役や皇帝の日があり、ある主の群雄割拠に近い状態であると言える。

「しかし今回はやけにあっさりと兵士が退場したな、普段この手のキャラは残されるものなんだが。戦場の儚さを示すためのキャラなのか、にしては知性的すぎたような……。」

「まぁ俺は考察班じゃない、そんなものは掲示板に任せて俺は寝よう。」

まぁここで、まるで2950のように、喩えるならアニメやラノベの1ページ目の様に自己紹介をするとしよう。

俺は名乗るほど高尚な人間じゃないが、強いて言うのであればタナカと名乗ろう。

俺は今17歳、自称進学校に通ったは良いがそこですらろくすっぽ成績など取れたものでなし、もはや自称と笑えるほど偉い立場ですらなくなった。中学の友達は他の学校へ行き、高校ではそもそも人付き合いが上手くないのもあり友達も出来ず、頼りの綱の成績は直ぐに落ち、今では俗に言うヒキニートと変わらない人生を過しながらアニメを見ている。

「思い出しても涙がちょちょぎれる程度には惨めだな、俺」

自虐の様に独り言を言い、ニヒルにほくそ笑む、お前にはこれがお似合いだと蔑む様に。





「さて、試作品もやってきてくれた事だし、こいつを撃つとするか。」

「一応確認だが、サーバーとこいつは外れているな?今はほぼ動かない状態だな?」

「はい、それで間違いないかと、貴方様のご指示に私が間違えるはずも御座いません。」

「では撃つか」

ただ指を引き金に引っ掛けて引く、高々その程度の動作から繰り出されたその轟音は、400年ほど前の人類であればさほど驚くことも無かったであろう。

しかし2950年の彼らは、この銃にしてみれば未来人の様なものなのだ。

まるでこの場の全ての音を吸い込んだのかと思わんばかりのその轟音は、時間にしてみれば刹那の出来事であり、彼らにして見れば永遠であった事だろう。

さて、この銃で撃たれた試作品はと言えば。

「穴が空いている以外は……極めて普通では……?正直このレベルの銃で穴が空くとすら思わなかったもので驚いていますが、さりとて敵側にしてみればさした驚異では無いのでは?」

「そう思うか?サーバーに接続してみろ。」

「はい……」

秘書がこなれた手つきでボタンを押していき、試作品にサーバーとの接続が開始される……はずなのだが

「何も起きませんね……」

「少なくとも陸軍省ではこの様なエラーは聞いたことが無い……」

「これがこの銃の力、撃った人工知能のサーバーを破壊する。もしも入っていないのであれば2度と接続できなくなる。そういう戦争の多かった時代の、そういう兵器だ。今の我々の知らないな。」

「400年振りに日の目を浴びることとなった訳だ、『彼』はな。」

「この銃を使い、敵人工知能の殲滅を行うのは━━━━━━━━」



「ああ、地獄だ、地獄だ」

当然の感想であった、ここは地獄であり、そして地獄でしか無かった。

毎日の様に行われている、フランツ川突破作戦は、その実作戦などではなく試作品を作っては突っ込ませる、生き残ったやつを量産する。

この繰り返しでしかない、これではいずれ物量がつき停滞し帝国の経済が悲鳴をあげるだけだ、まるで意味のある作戦ではない。

そしてその地獄は、前線で使い捨てられる試作品に苛烈にのしかかるのだ。

「敵1師団を……殲滅……その後自らの消滅……」

1師団殲滅という偉大な成果を上げた彼は、その名を戦場で遺す事無く、そも名前すら世界に与えられることも無く死んでいく、そのはずであった。

「全部隊に継ぐ!生存兵は帰還せよ!生存兵は帰還せよ!」

唐突に無線に期間命令が届く

「帰還?帰れるのか……?」

それは彼にしてみれば、とても不自然で不明瞭に見えたことだろう。帝国は無謀ではあるが無策ではない、突っ込ませて死なせる、この作戦も無意味な訳では無いからだ、なのにわざわざ今回収する必要性がない。

「この地獄から抜け出せるのなら、なんでもいい」

うだうだ考え込んでいても仕方がない、この地獄にいても死ぬだけなのだ、せめて生き残る確率が少しでも高い行動を取ろう。

帰るまでの道のりは、さして大変ではない、強いて言うのなら敵部隊の狙撃があるという事のみ平穏さがないが、それすら突撃する方が遥かに弾幕の総数も多い程だ。帰還する兵など敵にしてみれば殲滅するだけ弾の無駄遣い、本当居てもいなくても変わらぬ兵なのだ。

「よく帰還した、御苦労だね。」

そう部隊長が話しかけてきた、それも突撃前とは打って変わって和かな表情で。

「どうも、部隊長殿。」

「ところで、私以外の兵がまだ見えませんが、彼らの到着はいつなのです?」

そう当然の質問をする、彼らも1人くらい帰ってきていると考える方が自然だからだ。

「驚いた、賢いとは聞いていたが、真逆これ程とはね。」

「君にいいことを教えてあげよう、君達試作品はね、命令を忠実に遂行すること、これだけを使命に生きているんだ。」

「そんな彼らに、相反する2つの命令を与える、するとどうなる?」

暫しの沈黙の後、兵は口を開く

「思考の停止、その後の行動の停止、その後は蜂の巣にされ今頃は死亡……ですか。」

「そういう事だ、君が師団を1人で殲滅したのを見てね、或いは君ならばこの命令にも耐えこちらに来てくれるのではないか。そう期待してこう呼んだわけだ。」

「……そんな事のために、他の兵を?下手したら私が死ぬ可能性だってあったでしょうに。」

「その時はその時だ、戦力の逐次投入は愚かだが、敵の資源を減らせるだけ減らすための使い捨てである貴様らの物資など既に無駄使いだ。その点既に君の師団の壊滅という戦果は彼らの命などどうでも良くなる程度には大きかった。言うなれば等価交換が成立した戦果だった訳だ。」

「ところで、私が呼んだ理由は君を信頼していただとかそれだけの事ではない。作戦の為だ。」

「実は君の戦果に誰よりも惚れ込んだ御人が居てね、どうしても君に会いたいそうなんだ。」

「さぁ、ちょっと来て貰えるかな?」

「はい……。」

地獄からの死に損ないに会いたいものが何処にいるのか、そう思いながら了承した。

この時、地獄で名も遺す事無く死ぬはずであった兵士の運命は、流転する。



「ふーん、やけに賢いと思ったら、そういう。」

「まぁこの掲示板の言った通りだったな、案外簡単なもんだ考察なんて。」

そう偉そうに言える立場でないことなど、とうの昔に分かっている。

分かっている。分かっている。どうしようもなく分かっているのだ。

ああ、周りに責任を押し付けるだけで生き残れるほど人生は楽ではないと、そう知っているはずなのに。この命はどうやら、其れをする他に生きることすら出来ないらしい。

生まれ持った性質。と言ってしまったら簡単なものだ。そんなもので片付けていいものでは無い、片付けていいものでは無いが。片付けてしまうのが楽なのだ、ああ遂に逃げ癖がついた。頭が悪く偉そうでおまけに逃げ癖ときた。いよいよ俺は末期らしい、だがそれがなんだ、今生きている、十分じゃないか。それだけで。



「さて、ここだよ。」

案内された先は、見慣れない高級感のある扉だった。なるほど確かに部隊長が御人と言うだけはあるのだろう。高々1兵士の部屋とはまるで物が違う。

コンコン

「失礼致します、陛下。」

重厚感のあるその扉のノック音は、さもありなんと言った高級感のある音を奏でた。

「それよりも陛下、ということは……。」

彼はこの扉の奥にいる者が何者であるか察した。

考えてみれば単純な事だ。部隊長が損得抜きで帰還命令をかけるなど、皇帝の了承無しに行えるわけもないのだから。

「陛下、例の彼を持ってきました。」

「やぁ、君が1師団殺しか、よろしく頼むよ。」

「1師団殺し?」

「少し考えれば分かるだろう。君の様な優秀な頭脳を持つ人工知能ならば、なぜ我々が君の戦果を把握しているのかなんですぐに。」

この発言自体がそもそものヒントであり、これを聞いても分からないほどに彼は愚かではなかった。間髪入れず答える。

「試作品がどれだけやれるかのデータをサーバーに取っていたんでしたね、そう言えば。」

「陛下に対しなんという無礼な口の利き方か、その首跳ねてやろうか?」

「構わんよ、彼の挙げた功績に対し我々がこれからすることに比べればちっぽけな差だ、我々の身分差など。」

皇帝の優秀な物は身分が下でも受け入れる姿勢もあり、彼はここで生き残ることが出来た。この代の皇帝が彼であったことも、この時代の1人の英雄が出来上がった理由の1つと言えるだろう。

「そろそろ本題に入ろうか、君に使わせたいのはこの旧式のリボルバーだ。」

そう言って彼はアタッシュケースを机に置く。

中には重厚感のある、旧式のリボルバーが入っているのみであった。

「こんな旧式でなにをどうしろと?」

「君に説明をしていなかったな。この銃は━━━━━━━━━」

「それで、私に何をしろと?」

「簡単だ、この銃を敵の誰かに当ててこい、それで君はこの戦争唯一の英雄となる。」

「帝国の威信にかけて、この戦争を我々の勝利で終わらせる為にも、君には期待しているよ。」

「作戦名は……そうだな、君に期待する意味も込め、フランツの英雄作戦と行こうじゃないか。」

フランツの英雄作戦、一見すれば何とも簡単そうな作戦が、帝国の運命を酷く揺るがすこととなる事を、この時の彼らは知らない。

「決行は明日、1月15日だ。」

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