第4話 ヒロイン失格

 乙女ゲームでのヒロインである、アレンシア・モートン子爵令嬢。異世界と言えるこの現実世界のアレンシアには、前世の記憶として、乙女ゲームの知識が頭の中に入っていた。それ故に、この世界を乙女ゲームの世界だと、ずっと信じて生きて来たのだ。記憶が戻ったその日から。


アレンシアが記憶を取り戻したのは、まだ幼い時である。庶民として生きていた頃に、人攫いに遭遇し連れ去られそうになった時、怪我をしたことで突然、前世を思い出したのだ。ケガ自体は大したことはなかったが、恐怖から誰か助けてと、心の中で願った際に、フッと思い出した。自分は日本という国で育った日本人で、乙女ゲームに嵌っていたのだと。そして、この世界がなのだと。

自分の中では1番の難関で、1番好きだった乙女ゲームだと。ゲームの世界と同じ国の名前であり、自分がゲームに登場するヒロインと同じ名前である、と。


そうだった。確か、ヒロインの経歴には、この後にヒロインの母親は、自分の父親に援助を求める、というのがあったのだわ。そして、ヒロインと母親は、母親の実家に戻ることになるのよね。そうよ。ヒロインの母親は元子爵令嬢であり、嫌な貴族と結婚させられそうになって、従者と駆け落ちしたという設定だったわ。

そして、その数年後には、その2人の間には子供が生まれていたのよ。

それが……私こと…アレンシアなのね。


しかし、少しおかしなことに気が付いた。その従者は、ゲームでは…亡くなったことになっていたのに。今の世界には、その従者…私の父親は、生きている。

父が死んでいないということは、母が子爵家に援助を求めることは、ないかもしれないわ。貧しいながらも、私達3人は庶民らしい生活であれば、ごくごく普通の暮らしをしていた。特に貧乏過ぎて、食べる物に困っている訳でもないし、着る物にも困ってなどいないのだから。だけど、私は……困る!…折角、大好きだった乙女ゲームの世界に転生したというのに、このままでは、攻略対象者達にかも…。それは、嫌!…絶対に…嫌だ!


シナリオとはちょっと違うけど、私が密告すれば…いいんだわ!…そうして私は、子爵家に密告の手紙を送った。すると、その子爵家の遣いだと名乗る者達が遣って来て、私達家族はモートン子爵家に呼び戻されたのだ。シメシメ…。ここまではシナリオ通りよね。母の父親であるモートン子爵は、母の姿を見た途端に渋い顔をしていたものの、私達3人が家に戻るのを許してくれた。多分、貧しい服装を見て、娘が苦労しているのが嫌だったのだろう。


乙女ゲームでは、ゲームが始まる前の出来事は、よく分からない。ゲームが始まるのは、ヒロインが引き取られてからだったし、詳しくはゲームには出て来ないし、そういう解説もない。ゲームサイトの裏情報でも、見た覚えはない。現実になると、流石にそういう裏の出来事も、体験することになる訳で。


母が、嫌いな貴族と結婚させられそうになったのは、どうやら上位の貴族から見染められたことが切っ掛けであった。母は可愛らしい容姿をしており、結婚していても下町でモテていたしね。ただ…問題のその上位貴族は、既婚者だったのだ。

つまり、愛人にと望まれた訳である。この国では妻を2人以上持てるのは、王族…それも王位を継ぐ者だけである。要は…側妃が持てるのは、王様と第一王子だけなのである。貴族は…正妻1人だけである。母が身分が低いことで、断れないと思ったのだろう。貴族の母を側室にとは、図々しい貴族である。


当時、母は従者に助けを求め、従者である父は…お嬢様を逃がそうとしたらしい。

母の父であるアレンシアの祖父は、知っていて見逃したようだった。そういう方法しか、助けられなかったらしくて。一時的に逃げた筈の2人は、結局愛情に変わってしまい、家に戻ることを止めた。家に帰れば、また…お嬢様と従者になってしまうから。祖父も探していたらしいけど、世間的に大ぴらには探せなかった、と。

流石にあの貴族は、他にも被害を受けていた者が大勢いたそうで、王家から罰を与えられたようだった。今は廃爵となっており、他国に追放となったいる。


…ふうん。そんな深刻な裏情報があったんだ~。まさに…シンデレラ・ストーリーだよね?…ああ。攻略するのが、楽しみだわ!待っててね?…

アレンシアは、完全に乙女ゲームの世界だと思っていたので、そんな風に感心しては、ゲーム開始を楽しみにしていたのであった。






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 子爵家に戻ってからのアレンシアの父親は、子爵家の後押しもあり、商売を始めることになった。元々、商家の息子であった彼は、商売のイロハをよく知っていたからだ。モートン子爵家は特別裕福でもない代わりに、貧乏でもなかった。

しかし、それでも伯爵家以上の裕福さには、全く敵わない。アレンシアの父が商売を始めたことで、モートン子爵家も段々と裕福になって行く。その点からしても、というのに、アレンシアはシナリオ通りだと疑ってもいなかった。前世のアレンシアは、元々自分に都合よく考える性格であり、少し自己中な性質を持っていたのだ。


そうしてアレンシアは、増々我が儘な少女に育っていく。ゲームの通りに子爵家らしい財産しかなかったら、もう少しは我慢することを覚え、ちょっとは謙虚になったのかもしれない。しかし、伯爵家よりも裕福な暮らしになって、欲しいものは何でも手に入り、周りから可愛いと言われていたら、我が儘になるに決まっている。

それでなくても、彼女は元々前世から、世界は自分中心に回っている、と思う部分があったのだから。


学園に入学するまでは、何もイベントがない。早く学園に入学したい。そう思っていた。その入学するまでの間に、貴族の礼儀など躾に関する教育も含めて、受けていたというのに、アレンシア本人はを取っていた。真面に授業を受けていたら、貴族の常識が十分に身についたはずなのだが。乙女ゲームでは、ヒロインは優秀であったのに、現実のアレンシアは…下から数えた方が早いぐらい、劣等生になってしまっていた。明るく人を疑うことのない天真爛漫な性格は、裏表のある自己中で奸佞邪智かんねいじゃちな性格へと変化している。


アレンシアは今の立場を活かして、味方を付けて行った。飽く迄、本人的には…味方だが、反対の立場から見れば、言いなりにさせられた、というべきであろう。

アレンシアは、自分より立場の悪い令嬢を、自分の友達という配下のように扱い、また自分と同等までの立場の令息を、自分に堕として夢中にさせ、これらの人々を自分の思い通りに動かして行ったのだ。学園でのヒロインの味方となるようにと。


そして…到頭その時がやって来た。アレンシアが待ちに待った学園のイベントが。

しかし、最初のイベントと言える入学式から、ゲームとは違い様子がおかしかったのだが。アレンシアは、「あれ?…こんなイベントだったっけ?」と思ったぐらいで、特に気にする様子はなかった。本来は、成績優秀なヒロインが、入学生代表として挨拶に選ばれるのに、実際に選ばれたのは…悪役令嬢だったのである。

それでもアレンシアにとっては、その次にあるはずのイベントの方が、大事だったのだ。攻略対象者との初めての出会いのシーンの方が。


各攻略対象者との出会いシーン。上手く行ったイベントもあれば、何度も足を運んでも、攻略対象が全く現れないイベントもあり。それまでニンマリしていたアレンシアも、上手く進まないイベントが多くなって来て、焦り始めていた。

一体…どうなっているの?…そう言えば…あの悪役令嬢、フェリシアンヌが虐めて来ないなんて…何で!…ハイリッシュとは順調にイベント熟しているのに…。

他にも…伯爵令息ルートもおかしいわね?…私が幼馴染のはずなのに、あんな幼馴染…いたっけ?…然も、子爵令嬢になってから1度も幼馴染らしいこと、イベント前にもなかったよね?…まあ、いいか。彼が本命ではないし。


それよりも…侯爵令息ルートと教師ルートと理事長ルートなんだけど…。明らかにバクっているのよね~。侯爵令息の婚約者は、年上から年下に変わっているし、教師は私にだけ厳しいし、理事長には…まだ1度も会えていないし。殿下にも…当然会えていないし。このままだと、ずっと殿下に会えないじゃない!…私の1番のお気に入りのキャラなのに!…殿下の正妃になるのが…夢だったのに。


そう、彼女は殿下ルートを目論んでいた。前世の時からずっと、殿下ルートの攻略を目指して、課金してまでゲームをしていたというのに。だから、殿下ルートをやり遂げた時はそれはもう感激して、生まれ変わってこのゲームの殿下に会いたいとさえ、熱望していた時期もあったほどだ。その希望が叶った訳で、後は殿下ルートを成し遂げるまでである。ここは、であると、彼女は疑いもしなかったのだった。


こうなったら…私が自ら、虐めの証拠を作るしかないわね?

…こうして、アレンシアは無理矢理イベントを作り出すことに、したのであった。

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