第3話


「少々お待ち下さい。今、準備しますね……」

 倉庫に到着すると、受付嬢は近くにあった棚から持ってきた大きなシートを床に敷いていく。


「……はい、こちらの上にお願いします」

「了解です!」

 テオドールはその上に毒草、麻痺草、沈黙草を取り出していく。


 薬草に比べれば量は幾分か少なかったが、それでもおよそ一人で持ってくる量ではないため、受付嬢は驚きを隠せない。


「一応、これで全部になります。多少は自分用にとってありますけどね」

 テオドールは今回、売る目的で持ってきた分の全てをシートの上に取り出し終えていた。


「は、はい、取り出している段階から質に関しては問題ないと確認できていますので、恐らくは満額の買取になります。なるのですが……お客様は一体何者なのでしょうか?」


 顔立ちにはまだ幼さの残る、大人へと成長している段階の男の子。

 そんな彼が一人前の冒険者でも取って来られないほどの大量の薬草類を、しかも高い品質で持ちこんでいる。


 それほどの人物と相対しておいて、何者であるか聞かないという選択肢が彼女にはなかった。


「あー、そういえば自己紹介していませんでしたね。僕の名前はテオドール、テオドール=ホワイトです。商人目指して色々動いている感じですね。まずは当座の資金が必要なので、薬草を集めてきました」

 彼女が求めている答えは能力面についてのものだったが、テオドールは自らの名前と今回の行動の理由について説明していく。


 馬鹿正直に真実を話しても信じてもらうことはできないし、前世の話も絡んでくるとなれば頭がおかしいと思われてしまうため、少し話をずらすことでお茶を濁した。


「な、なるほどです。そういえば私も名乗っていませんでした! 申し訳ありません、私は当ギルドの受付をしておりますリザベルトと申します。以後、よろしくお願いします」

 丁寧なお辞儀とともに改めて自己紹介をするリザベルト。


 これだけの大量買取を申し込んでくる人物であれば、今後も様々なものを持ち込んでくれると判断して、最後の言葉を付け加えていた。


「はい、よろしくお願いします。それで、全ての買取をお願いしたいのですが、構いませんか?」

 量が量であるだけに、念のため再度確認をする。


 一回にこれだけ大量に納品しては、いらないといわれる可能性がある。少しでも金が欲しいテオドールにとってそれは死活問題だった。


「も、もちろんです! むしろこちらからお願いしたいほどです! 先ほども言いましたが、冒険者の方に頼むことはあるのですが、粗雑に扱われる方が多いですし、これほどキチンと種類を分けて持ってくるなんて初めてですよ! しかも、これだけの量をだなんて! テオドールさんはギルドにとって救いの神様です!」

 リザベルトは飛び切りの笑顔を見せてテオドールの手をとり、飛び跳ねんばかりの勢いで喜んでいる。


「そこまで言ってくれるなら、とっておきもだしましょうか。結構珍しいから出さずに持っていようかと思いましたが、これも買ってもらえますか?」

 テオドールが取り出したのは、一凛の花。


 水色の美しい花で、茎の部分から手折ってきている。

 しかも、その花の部分は水に覆われていた。

 もちろんテオドールの魔法によるものだったが、こうしないと持ってこられない特別なものである。


 彼は湖の中に咲いているのを見つけていたため、これも一緒に回収していた。


「こ、ここ、これって、もしかして、水中花ですか!?」

 その問いかけにテオドールはニコリと笑いながら頷く。


 水中花とは文字通り水の中に咲く花だが、花を水から出してしまうと数秒で萎れてしまうという特殊採集素材である。

 その難易度だけあり、色々な薬の素材として使えるレア素材。


 採集するには大きな水槽のようなものを用意して、そこに花をいれる。もしくは専用の魔道具を使うのが一般的である。


 しかし、どちらの方法もコストがかかりすぎてしまうため、実際に採集する者はほとんどいない。

 テオドールのように、魔法で解決できるのが極々特殊な礼だった。


「は、初めて見ました……しかも、こんな方法での採集だなんて……」

 驚きと感動に包まれたリザベルトが呆然としたようにそっと受け取っても、花は水に包み込まれたままそこにある。


「そうそう、そのまま持ってるわけにもいかないと思うので、器を用意しておきますね」

 テオドールは岩魔法で小さな器を作成、そこに土魔法で土を創り出して花を植える。


「えっ? 今どうやったんですか? 器が空中に?」

 水中花を渡しながらも、リザベルトはどうやって器ができたのか理解できずに首を傾げていた。


「あー、まあそれは秘密ということで。それで、この花も合わせて買い取ってもらえますか?」

「もちろんです! この花があれば、様々な薬を作ることができますから!」

 まるで手品でも見たかのように驚きながらもリザベルトは水中花のレア度を知っているため、そちらの方に意識が向く。


 その反応を見てテオドールは笑顔で、更にカバンに手を入れていく。


「それなら、これも、これも、これも……お願いします!」

 取り出したのは先ほどと同じ水中花。しかも、今度は最初から器ありの状態で十個のそれがテーブルに並べられた。


 リザベルトと話している間に密かに器の用意を済ませていたのだ。


「こ、こんなにあるんですか? いえ、とてもありがたいのですが……さっきの薬草も毒草もそうですけど、水中花までこんなにたくさんなんて……テオドールさんって一体……」

 リザベルトは改めて、まじまじとテオドールの顔を見る。


「ははっ、僕はちょっと器用な商人希望の子どもですよ。それより、清算をお願いしてもいいですかね? 少しここで買い物もしていきたいので」

 錬金術師ギルドでは買取以外にも、調合などに使われる器具や容器などが販売されているため、テオドールはそれを今回の買取金で買って次につなげようと考えていた。


「あぁ、そうでした! 薬草のほうはどうなったかな?」

 レイクのもとへ行こうとすると、彼ではなく一人の女性がやってきた。


「あんたが大量の薬草を持ってきたってガキかい? しかも、水中花まで大量に持ってくるだなんて……あんた何者だい?」

 倉庫の入り口から声をかけて来たのは、人族の女性で恐らく年齢は七十は超えている老婆。

 しかし、背中は曲がっておらずシャッキリしており鋭い眼差しでテオドールのことを射貫いていた。


「リザベルトさんにも言いましたが、僕の名前はテオドール。商人志望の、ただの子どもですよ」

 明らかに挑発されているのを感じ取ったテオドールだが、表情を崩すことはない。

 ガキと言われたため、あくまで自分は子どもだと言い切る。この程度の挑発であれば前世でいくらでも経験していた。


 二人の表情は双方ともに笑顔だったが、視線がバチバチとぶつかりあっている。

 しかし、それも数秒。引き下がったのは老婆のほうだった。


借金:3000万

所持金:約三十万(調合道具購入後)


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