蘇る

@poyosis

第1話

今日は彼女と海辺を歩いていた。


満月の光が海と夜を照らす。


裸足で横並びで歩く。


砂が足に付いたので、足の裏をスネに擦り付けて砂を落としながら歩いていた。


「涼しい〜」


彼女が言った。


その時、丁度風が吹いていた。


砂を踏む音と、波の音が重なる。


波の方に目を向けると、濡れている砂と乾いている砂の境目を探したくなった。


真っ直ぐ歩くというよりかは、少しだけ波の方に傾きながら歩いた。


「ね?聞いてる?」


波の音と砂の踏まれる音に彼女の澄んだ声も入ってきて、視覚も聴覚も心地良い。


「ねぇってば」


その気持ち良さに浸っていると、彼女の言葉に気がついて我を取り戻した。


「えっ?!何?」


「なんで驚いてんのよ」


「あ、ごめん。なんか凄く良い時間を過ごしてるなって思って」


「ふふっ、変な事言ってるけど、言えてる」


彼女と笑いあって、また気持ち良さに浸っていた。


大して綺麗な海じゃないし、思ったより貝殻もか落ちてないけど、砂と海と暗さと月の光と彼女がいるだけで十分だった。


結構歩いたかなって思ったら意外と歩いていない。


本当に良い時間を過ごしてる時って長く感じるのかなって思った。


砂だから疲れやすい。


2人で少し座って休んだ。


後ろに手をついて脚を伸ばしてた。


砂を少し握っては、手でパッパッと払って、また握った。


2人で月を眺めながら、少し喋っていた。


景色の事を言ったり、


冗談を言ったり


思い出を語ったり、と。


また歩き始める為に、立ち、彼女の手を取った。


今度は手を繋いで歩いていた。


進む方向に目をやると、公道が見えてきた。


月夜の光に加えて、ビルや乗り物の光も入ってきた。


そして、波の音、砂の音、彼女の声に加えて、他の人の話し声やクラクションの音も入ってきた。


入ってくる情報に邪魔なものがない。


どれも良いもので、どれと組み合わせても美しかった。


僕は、それを見ていて感動した。


(そろそろだな…)


と思って、


僕は今いる部屋から出た。


パソコンからブルーライトと共に放たれる男女の様子は見ていて美しく、心地良かった。


僕は車を出した。


その男女を監視し続けるために、パソコンを助手席に置いた。


パソコンからの音声とブルーライトが僕の脳に染みる。


海辺に近づいてきた。


ここら辺は都会でたくさんの人々が行き交う。


車が曲がる時のカッチカッチの音。


遥か上空のヘリコプターの音。


オシャレな店のオレンジっぽい電球の光。


パッと左を向くと、画面に表示される海と窓から見える海が綺麗。


車を走らせていると、もう駐車場。


斜めに駐車するタイプの場所。


僕は車から降りた。


降りた瞬間、噂の涼しい風が吹く。


少し緊張しながら僕はちょっとだけ海を見た。


海のもっと後ろに見える満月は言葉を失わせる。


こんな全部が全部オシャレな所に、


僕はナイフを持って浜辺に向かった。


砂のところまで歩いて、


あのカップルの足跡を追って早歩きで行った。


さざなみの音は実際に聴いてみると本当に素敵なものだった。


少し歩く先に、カップルがいた。


都会が音と景色で僕を楽しませてくれる。


僕は走った。


周りの音で走っている音は聞こえない。


どんどん走る。


すると、ようやく気がついた彼女が後ろを振り返る。


月に照らされたナイフがキラッと光った。


彼女がそれに気づく。


「ねぇ、ねぇ、ねぇってば!」


焦った彼女が彼氏の手を取って走り出す。


潮風を切りながら彼氏が言った。


「え?!どうしたの!」


息が切れ始めている彼女が言う。


「後ろにナイフを持った人がいるの!」


「え!」


彼氏の方が後ろを見る。


すると、彼氏は立ち止まった。


その瞬間、その彼氏が僕を襲った。


取っ組み合いになった。


砂の中なので、自分の身体が上手くコントロール出来ない。


僕と激しく揉み合っているのを彼女は少し離れた場所から見て茫然としていた。


ナイフを奪われた僕は這いつくばって海の方に逃げた。


興奮した男はそのまま逃げれば良いものを、僕の背中を何度も刺した。


ドロドロした血が海に広がって塩と水で薄められた。


僕は死に際に彼氏の震えた声を聞いた。


彼氏も彼女も泣いていた。














僕の方は、激痛ではあるけど、全然焦ってない。


これは強がってるわけではない。


全部僕がしたかった通りになった。


全く、悔いはない。








僕が15歳の時の事。


勉強が良くできた僕はその時に初めての恋に落ちた。


僕が恋した人は僕と同じぐらい頭が良い。


でも、僕とは違って笑う事を知っている。


その上、笑わせる事も知っている。


僕には友達が多くなかった。


数人はいたけど、大概は勉強の話。


もちろん、僕は勉強が好きだ。


勉強の話ができる友達は楽しいけど、


まあ、僕はクラス内ではマイノリティだった。


でも、勉強の話でその女の子と盛り上がる事はよくあった。


今までの友達と大差ないけど、凄く面白い子だった。


その子は地頭がいいのに、話で楽しませる。


勉強以外の事も聞いてみた。


得られた情報は女の子らしいっちゃ女の子らしい。


でも、大人っぽく、ロマンチックだ。という事。


その子の感性にはついていけないと思ったけど、勉強した。


聞き出す事で色々な知識を得た。


僕はますますその子に引き込まれる。


でも、僕はその子には彼氏がいる事は知っていた。


その彼氏はそれほど勉強はできない。


でも、それ以外のところで僕はその彼氏に負けていた。


負け惜しみが出ないほどの完敗だったので、心の底からそのカップルを羨んだ。


僕は得意の勉強を生かし有名な大学に進学した。


その大学の学生は全員がエリートだった。


勉強の事しか考えていないような人ばかりだった。


大学の勉強には、ついていけていた。


ある日、僕は高校の卒業アルバムを見ていた。


頭で恋した子との思い出が蘇る。


今では全く連絡を取れるわけでもない。


友達とも連絡は取れず、大学も別々になった。


好きな勉強に打ち込んだものの、話し相手がいない事が残念だった。


思い出を頭の中で何度も繰り返した。


思い出を繰り返し現実に戻る日々が疲れさせる。 


人生で最高の高校時代を考えるのに夢中になっているうちに、勉強なんてどうでも良くなってきた。


勉強は役に立った。


勉強して友達やあの子と繋がれた。


これで勉強の役目は終了。


勉強の役目が終わったと悟った時、僕自身の役目にも目を向けてみた。


勉強しか無い人間が勉強をやめたら、何が残るんだろう。


思い出を蘇らせて、頭の中で遊ぶしかない。


僕は大して生きている意味も覚えてないから、最期の何かをしようと決意した。


僕が1番応援していたカップルのファンサービスを受け取って僕の単調な人生を締めくくろう。と。
















背中を刺された時はとてつもなく痛かった。


でも、痛みの事なんて考えなかった。


刺されてる間は、あの子の事を考えた。


うっとりするぐらい、良い笑顔だ。


彼氏の事も考えた。


高校の時からいい奴だ。この男には男として勝ち目がない。


意識を失う前に満月、海、砂、夜、都会、クラクションを感じていたい。


この視覚的情報と聴覚的情報はこのカップルにピッタリだ。


静寂の中に騒がしさもある。


だけど、総合的にロマンチックな感じ。


血さえも良い味を出す。


僕は刺されに刺された後、最後の1発を受けてナイフを背中から引き抜かれた。


その瞬間、僕は耳と目の神経を研ぎ澄ました。


大人っぽい風景に目を凝らし、


2人で泣いている声に耳を澄ます。


この2人で泣いている感じが良かった。


団結力がある。仲が良い。ロマンチック。


「やっぱりこのカップルを応援したい」


僕はこう思って、


最高の最期を締めくくった。

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