第302話 対峙

「……ゆっくり話すのはこの件が終わってからじゃなかったのか?」


 気を失っているマルゼのすぐ横に立つ《この世界を知る者》――彼女は不敵な笑みを浮かべながら、こちらへと近づいてくる。


「っ!」


 謎の悪寒が俺を襲う。

 気がつくと、聖剣を構えて臨戦態勢を取っていた。


「血気盛んだねぇ」


 そんな俺を嘲笑う《この世界を知る者》。

 ……一体、ヤツの狙いは何なんだ?


「そう警戒しないでくれよ」

「俺はそっちのことを何も知らないんだ。警戒のひとつくらいするさ」

「ふーむ……言われてみればそうだね。私ばっかり君を追いかけているみたいでフェアではないな」


 白々しく言ってのける。

 ――だが、これはヤツの正体に迫れるチャンスだ。

 向こうの出方をうかがいつつ、いつでも攻撃に移れるよう魔力を――

 

「あ、あれ?」


 聖剣に魔力を込めようとした俺は困惑する。マルゼと戦っていた時まではいつものように溢れんばかりの魔力をまとっていた。しかし、今ではその魔力がどこかへと消え去ってしまっている。


「ど、どうなっているんだ……」


 このような事態は前例がない。

 一体……何がどうなっているんだ?


「お困りのようだね」


 俺の焦りを知り、《この世界を知る者》が動きだす。やはり、俺が魔力を扱えないのはヤツの仕業らしい。

 ……けど、一体何をやったっていうんだ?


「まあまあ、そう怒らないで」


 クスクスとこちらを小馬鹿にしたような笑みを浮かべて近づいてくる《この世界を知る者》――俺はヤツの前進を阻止しようと剣を構えた。


 いつでも戦えるという闘士をむき出しにしていたのだが、

 

「……君には、やり直してもらおう」

「何っ?」


 その言葉の意味を理解できず、俺はたまらず気を抜いてしまった。

 すると、その隙を待っていたと言わんばかりに、《この世界を知る者》はこちらへと手をかざす。

そして、


「悪いけど――勇者バレットの成り上がりストーリーはここまでだ」


 そう口にした瞬間、目の前が真っ白になった。 

 ……違う。

 真っ白というより、閃光が視界を奪っていると表現した方が適切だろう。


「ぐっ!?」


 眩しさに耐えかねて、俺は目を閉じる。どこからヤツが攻めてくるのかまったく予想できない中で、警戒を強めていたが……やがて俺は周囲を照らすこの強烈な光が、ただ視界を奪うためのものではないと気がつく。


 言い知れぬ恐怖が俺を襲う。

 なんだ……この感覚は。

 まるで、自分がこの場から消え去ってしまうような――


「っ!? ティーテ!」


 咄嗟に、俺はティーテの名を叫んだ……が、何も返ってこない。


「くそっ!」


 何が起きるかまったく予想できないが――なんだか、ティーテと二度と会えないような予感がした。

 必死にティーテを捜すが、ついに見つけることは叶わず、俺は意識を失った。

 

「ティー……テ」


 薄れゆく意識の中、俺は最後まで彼女の名前を呼んだのだった。






※次回からいよいよ最終章です!

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