第111話 騎士アベルの想い

 この展開って……原作にもあったよな。



 アベルさんが率いる部隊が強モンスターに遭遇し、窮地に陥る流れ。

 だけど原作では、聖騎士クラウスさんから連絡を受けたラウルとティーテが加勢にやってきて形勢逆転。

 ラウルの魔剣により、敵は討ち取られる。

 確か、そんな流れだったはず。


 それから、ラウルの騎士団内での評価が急上昇。

 それに焦った原作版バレットは、無謀なダンジョン攻略に挑み、自身の活躍を見せつけようと同行させたアベルさんを死なせる結果となった。レイナ姉さんとの仲が決定的に修復不可能となった事件だ。


 ……それにしても、早くないか?


 ラウルは学生時代にクラウスさんへ弟子入りをしたことがきっかけで、騎士団と交流を持つことになる。その頃から魔剣の力が噂になりつつあったが、ここでのモンスター討伐によって一気にそれが拡散されるんだよな。


 まあ、いずれにせよ、俺の推測通りとするなら、次に出てくるモンスターはかなり手強い。原作のラウルは打ち倒せたけど、今の俺にそれと同じ働きができるかどうか……少し不安ではあるな。


 ――と、心配をしていたが、結局、それらしいモンスターは出現しなかった。


「……気のせいだったようだな」

「みたいですね」

「あんな噂を耳にしたものだから、もしやと思ったが……何事もなくてよかったよ」

「噂?」

 

 俺が聞き返すと、アベルさんは「しまった!」という顔をして口をふさぐ。

 ……もう手遅れだけど。


「アベルさん……」

「ああ、いや、たいした話じゃないんだ。ただ、この辺におっかないモンスターが出るかもしれないというだけのことだよ」

「お、おっかないモンスターですか……」


 ティーテの表情が曇る。

 それを見て、すかさずアベルさんはフォローを入れた。


「噂話レベルで、信憑性は眉唾物さ。実は……俺たちがここへ来たのも、半ば休暇みたいなものだったんだ」

「えっ? そうだったんですか?」

「ああ。本当のことを言うと、差し入れの件がなくても、俺はここにレイナを招待するつもりでいた。普段は滅多に会えないが、ここでの任務中は一緒にいられるからな」


 確かに。

 学園の方も、そういった事情があれば特例措置をしてくれるらしいし、アベルさん的にはここで一気にレイナ姉さんとの距離を詰めたかったのか。

 

 唯一の誤算――というにはちょっと適切な言葉じゃないかもしれないけど、そんな心配をしなくても姉さんは十分アベルさんにベタ惚れしているんだな、これが。


「余計な心配をさせてしまったな。すまない」

「い、いえ、そんな……」


 なるほど、そういうことだったのか。

 アベルさんほどの優秀な人がどうしてこんな平和な田舎町の警備をしているのかとずっと疑問だった。もしかしたら、左遷なんじゃないかって勘繰ってしまったくらいだ。

 しかし、その中身は警備という名の騎士団公認いちゃつきタイムというわけか。

 遠征続きで疲労が溜まっている他の騎士たちにとってもいい気分転換になるし、なかなか粋な計らいをするじゃないか、騎士団も。


「戻ったら、ちょっとレイナと出かけるつもりだ。近くにいい絶景スポットがあるんでね」

「あ、それ、俺たちも教えてもらいたいです」

「はい! あ、もちろん、レイナさんとアベルさんのお邪魔はいたしませんので!」

「ははは! ありがとうな! ……君たちが義弟と義妹で本当によかったよ」


 アベルさんはしんみりと語る。

 しかし、それを言うなら、


「俺も、アベルさんが姉さんの婚約者で――義兄で本当によかったと思っています」

「もちろん、私もですよ」

「へへっ、そう言ってもらえて嬉しいが、なんだか照れ臭いな」


 和やかな空気の中、そろそろ戻るかと全員が振り返った時だった。

 爽やかなそよ風に乗って、禍々しい気配が俺たちの頬を撫でる。


「「「!?」」」


 俺もティーテもアベルさんも、その気配の異様さに辺りを見回す。

 だが、何もいない――と、おもむろに空を見上げたティーテが叫ぶ。


「バレット! アベルさん!」


 その声に反応して、俺たちも視線を空へ。

 敵は――宙を優雅に舞いながら、俺たちの方へ向かってきていた。

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