悪魔憑きの歪な少女イサミ ~邂逅編~
こたろうくん
第1話
その中をぶらぶらと歩いている金髪の青年は
「なーんてこたーないよ~っと……」
店内で繰り返し流されていた曲を、そこのフレーズだけ繰り返したりしつつ、ツルギはただ己が住まいとするアパートメントに向けて進む。
植木を幾つか過ぎて、通りを曲がり、そして路地を数本通過して前進。何かあったような気がして足が止まりそうになるツルギであったが、ゴミ袋がネコかネズミにでも漁られて揺れていただけであろうと思うことにして気にせず進む――のだが……
「なに、してんの……?」
何をしているんだと自分にこそ思いながらも気になってしまった以上、もうそれをゴミ袋だのネコだのとは言っていられないツルギ。彼はそっと通り過ぎた路地の一つに戻ってくると路地を形成する建物の影に寄り添いながらひょこっと顔を覗かせ、そしてうずくまったそれにおずおずとした調子でそう声を掛けた。
すると夜闇の中、更に路地の影へ深く潜んでいたそれがまたもぞりと蠢いて、そして白いドクロに空いた眼孔がぎろりツルギを見上げる。ツルギはぎくりと身体を強張らせた。
「……って、あれキミ、女の子じゃん?」
しかしそのドクロがパーカーのフードであること、そしてその影からチラリと見えた白い肌。ドキリとする程冴えた大きな瞳は紅かった。それらを見てうずくまるのが女性であると見抜けたのはツルギの慧眼とでも云うべきか?
兎にも角にも、そうと分かったツルギの態度はそれまでの小心者らしいものとは変わって、建物の影に隠した姿を顕にした後、その人物の前に屈み込むとうつむくそれの顔を覗き込もうとする。
「おー……ケッコーカワイイじゃん、カワイイカワイイ。あれ、ちょっと血ィ出てね? なに、ケガしてんの?」
ツルギに見られそうになって顔を逸らす女性。しかしツルギも中々に強引なものでフードに手を掛けると僅かに退けてその横顔を見てしまう。
女性はまだまだ若い、高校生くらいの少女の様であった。しかし彼が疑念した通り、少女はツルギに向けた左頬に血液の様な物を付着させていた。
直後、フードに掛けられていたツルギの手が少女により払い除けられるが彼は動じずヘラヘラとだらしない笑みを浮かべると手にしたビニール袋を広げて中を覗く。
「ちょっと待てや……えー、と……」
あった――言って手を突っ込んだビニール袋から彼が取り出したのは包装されたおしぼりだった。それをひらりと宙に泳がせ、少女の紅い眼が追ったのを見たツルギは次いでそれの封を切る。取り出した中身をそして少女の頬の汚れへと近付け、やがて触れるとそのまま拭ってやるツルギ。
「消毒もされんだろ、多分な……ほれ、キレイなった」
少女は抵抗もせず、動かされるおしぼりに頭を揺らし頬を歪めるばかり。そして笑顔を浮かべ、おしぼりを少女から退けたツルギは彼女の頬を改めて観察する。そこには確かに薄っすらとした裂傷が見て取れる。
「親とケンカでもして飛び出してきたんか? ケガする程とかよっぽどだな」
膝を深く曲げ股を割り、臀部を地面から僅かに浮かせたお世辞にも行儀良いとは言えない姿勢のままツルギは少女の雰囲気と傷を見て勝手な推理を繰り広げ一人納得する。
少女も少女で何も言わず、抱えた膝に顔を埋めるものだからツルギの勝手な想像は何となくの事実として彼の中で成立してしまう。
哀れな少女のその姿を見て、ツルギはほんの少しの下心と共に善意からにっと無駄に白く並び良い歯を剥いて笑うと言うのだった。
「じゃさ、行くとこねーならオレん家くっか? こんなとこで時間潰すよかマシだと思うぜ、多分な」
――が、その言葉の後いくら待てども少女から返事も相槌程度の反応すら帰って来ない。そこにはただ怪しい街の明かりを背負い、虚しく煌めくツルギの笑顔ばかりがあった。
がっくしと頭を垂れるツルギ。善意が本当なら下心も本当だったので、きっと後者の理由で機会を逃したのだと彼は落ち込む。
溜め息を一つ、自分の股ぐらに吐き出したツルギはまたビニール袋を漁ると中から綺麗に包装された三角おにぎりを取り出した。そしてそれを少女の頭の上に上手いこと乗せると彼は立ち上がり、危ない目に合う前に帰るよう告げてその場を去るのであった。
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