夢間

物書未満

ゆらゆらり

「ん? やぁ、こんなところに何用かな?」


「ふむ、用事はないしなんなら何故自分がここにいるのかも分からない、と」


「……それはおかしいね。君は来るべくしてここに来たはずだ」


「思い出せない? 大丈夫、ゆっくり思い出せばいい。そうだ、紅茶でも淹れよう。さ、座って」


「そうだね、君について聞こうか。ああ、違う違う、君の名前を聞きたいわけじゃない」


「うん? じゃあ私は誰かって? ふーむ、それは難しい質問かな。君が君を説明できないように、私も私を説明できないからね」


「なるほど……君はチョコレートケーキが好きなんだね。おお、そういってたらほら、チョコレートケーキが降ってきたよ。お皿に丁度よく乗ったね」


「本当に美味しそうに食べるね。なんだか嬉しいよ。私が作ったわけでもないのに、ね」


「へぇ、ピアノが得意なんだ。あ、そこにピアノの木があるよ。弾いてみるかい?」


「ふふふ、上手だね。もっと弾くかい? うん、満足なら結構なことだよ」


「どうかな? 少し思い出せてきたかい? ふむふむ、なんとなく、ね。それで大丈夫だよ。ゆっくりしていけばいい」


「今は何時かって? むむ、それも難しい質問だ。何せここには時計がない。太陽もあの位置のまま動かないし……そうだ、君が何時か決めればいいよ」


「ああ、でも待って。時間を決めてしまったら君がゆっくりできなくなるかもしれない。時間を決めるのは後にしよう」


「どうしたの? ああ、何か思い出したんだね? でもそれは嫌なことみたいだ。君の周りに黒いモヤモヤができてるのが証拠だよ」


「なんとかしてほしい? そうだね、ちょっとこの砂糖を振りかければ……ほら、消えた」


「嫌なことはいっぱいあるみたいだね。大丈夫だよ、全部消してあげよう」


「どうかな? スッキリしたかな? ……なら結構。良かった良かった」


「さて、他に思い出せることはないかな?」


「ほほう、家族のことを思い出したんだね。帰りたいのかい? うん、そうだろうね。でもそれは少し難しいかな」


「ああ、泣かないで。大丈夫、帰れるよ。まずは時間を決めよう」


「ふむ、君は今を夕方の四時にしたんだね。ならやることは一つだ。日が沈むまでにあの山を越えて向こう側にいくんだ。そうすれば帰れるよ」


「大丈夫、君なら走れる。心臓を高鳴らせて走るんだ。全力で走るんだよ。そうすれば絶対大丈夫」


――さぁ、行くんだ。君の元いた世界へ。

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