第200話



 神殿内部にはどうやら防衛用に魔物たちが配置されていたが、全員その気配を感じ取っていた。


「どうする?」


「あたしに任せて!」


 蒼太が振るとレイラが槍を手に自信満々で名乗り出た。


「……構わんが、大丈夫なのか?」


「まっかせなさい!」


 胸をドンと叩き、次の言葉を待たずにレイラは走り出した。



「ディーナ」


「はい」


 蒼太が名前を呼んだだけでディーナは全てを察し、銀弓を構える。


「実力はそこそこありそうだが、お調子者なのと彼我戦力の把握力がやや欠けるのが難点だな」


『あぁ、ディーナ殿との戦闘やあの男を蹴り飛ばした動きから考えるとここにいる魔物程度であれば問題はないだろうが……少し心配は残るな』


 アトラも蒼太の意見に同意する。



「大丈夫です、私がフォローしますので」


 ディーナはレイラの動きを確認しながら銀弓を構えている。


 レイラが走って先を進むと、それに気づいた魔物たちがレイラに襲い掛かっていく。


「こんのー!」


 襲い来る魔物たちを槍術と、強引な力技で倒して行く。突きはかなりの速さで繰り出され、それを戻す速度も同様であったが突き刺す位置が甘いことがあり、致命傷に至らずダメージを与えただけに留まっている魔物もいる。


 しかし、レイラは次の魔物に手を出しているためその事実に気づくことなく手負いの魔物から目線を外してしまっていた。



「手負いの魔物ほど危険だと誰か教えなかったのか?」


『戦闘技術は教えられたが、実際に魔物などと戦う機会は少ないだろうからのう。そもそも、あれだけの数の魔物を同時に相手にするのも初めてだろうのう』


 蒼太の疑問は古龍の言葉によって解消されたが、それは同時にレイラのおかれた状況が危ないということを示している。


「そいつはなかなかまずいな」


 言葉とは裏腹に蒼太の表情は変わらなかったが、それはディーナを信頼しているためだった。



 事実、レイラが討ち漏らした魔物たちにはディーナが次々に止めをさしていた。


「これで、最後だー!!」


 レイラは目の前の魔物に止めをさすと勝ち誇ってポーズを決めながら、蒼太たちのところへと戻ってくる。


「四十点」


「ひどい!」


 蒼太の容赦ない採点に、点数をつけられたレイラはショックで声をあげた。



「むう、どうしてだよ! あれだけの数の魔物を一人で倒したじゃないか!」


 蒼太に向けて不満の声をあげる彼女は、ディーナにフォローしてもらっていたことを気づいていないようだった。


「ほとんどの魔物に致命傷らしい致命傷を与えられていない。止めをささないまま次の魔物に向かっていって隙だらけだった。何よりさっきの戦いが全て自分の手柄だったと勘違いしている。甘めに見積もって四十点が妥当なところだろ」


「ど、どういうこと?」


「お前が討ち漏らした魔物は全てディーナが止めをさしている。見てみろ」


 蒼太が指差した魔物をレイラが改めて見ていく。



 彼女は魔物たちの死体を確認し、愕然とする。


「これ、矢が刺さってる……全部ディーナさんが?」


「え、えぇ」


 その事実を知ったレイラはがっくりと肩を落とした。


「そんな……やったと思ったのに」


 俯く彼女の肩を蒼太が叩いた。



「竜人族以外との実戦経験がほとんどないんだろ? 多人数戦も」


 レイラはそのままの姿勢で頷いた。


「だったら、大丈夫だ。これから戦い方を覚えていけばいい。俺も以前の旅の時には調子にのって先行しては仲間に助けてもらっていたことがある」


「怒ってないの?」


 顔をあげたレイラは悔しさと悲しさに潤んだ瞳で蒼太の顔を見る。


「そもそも怒る理由はない。俺は単純にお前の現在の戦闘を評価しただけだ、これから伸びていけば問題ない」



 蒼太の言葉が意外だったのか、レイラは目を見開いて蒼太や他の面々の顔を見る。


「そもそも、一緒に戦うパーティなんですからミスを補い合うのは当たり前のことです」


「ディーナさん……」


『元々の地力はあるようだからな、ソータ殿やディーナ殿の戦いを見て少しずつ覚えていけばいいだろう』


「わんちゃん……」


 レイラにとってアトラは大きな犬という認識だったが、アトラはその呼び方を気にすることはなかった。



「まあ、そういうことだ。とりあえず俺から言えるのは、これからは一人で先に突っ走るのだけはやめてくれ」


「あ、あはは……ごめんなさい」


 彼女は乾いた笑いのあと、全員に向かって頭を下げた。


「じゃあ、次は少し隊列を組んで進んで行くか。先頭は俺とアトラ、中衛としてレイラが俺たちに続く。後方支援としてディーナと古龍が来てくれ……あんたの力は宛てにしてもいいんだろうな?」


『かっかっか、我の力が必要になるとは思えんがのう。だがまあ手を貸すこともやぶさかではない、ここまでついてきたのは我のわがままだからのう』


 蒼太の問いに答える古龍の表情はどこか楽しそうだった。



 隊列を組みなおした一行は順調に進んで行く。レイラも蒼太たちの戦闘のやり方を見て学び、どこを狙っているのか、どう動くのかそれを吸収していく。蒼太も能力に頼ったごり押しをせずに、あえてレイラに見せるような戦いを選んでいく。


 そのおかげで途中で前衛を交代したレイラの戦い振りは、最初のそれと比較して油断や気負いはなくなり、確実に急所を狙って止めをさしていくスタイルに変化していた。


「悪くないな」


 蒼太がぽつりと漏らすと、レイラは勢いよく蒼太へと振り返った。



「そ、そう? へへ、これでもソータさんたちの戦いを間近で見せてもらったからね。あたしだって学習するよ!」


 レイラは嬉しそうな顔で話すが、その後ろからは新しい魔物がその口を開いてた。


「え? こ、この」


 それに気づいたレイラもすぐに戦闘体勢に戻ったが、魔物の攻撃は彼女の動きより数瞬早い。


「きゃー!」


 叫び声をあげて思わず目を瞑ったが、その牙がレイラに届くことはなかった。



「大丈夫か?」


 魔物とレイラの間に素早く割り込んだ蒼太が、夜月による一刀で魔物を両断していた。


「え、あ、ありがとう……」


「いや、無事ならそれでいい」


 蒼太はレイラの無事を確認すると、何ごともなかったかのように夜月を鞘にしまって再び先頭に立った。

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