第198話



 一週間という話を聞いたので、蒼太は馬車を取り出しエドも共に行くことにした。アトラは外を元の姿で歩き、古龍は小さい姿のままでアトラの背中に乗っていた。


「ところで、何でレイラは俺たちについてくる気になったんだ? なんというか必死な様子だったように思えたが」


 蒼太は御者台から振り向いて尋ねた。


「うーん、あたしたち竜人族ってここに来てからもう、何百年も経ってるんだよ。じいちゃんたちは元々地上にいたみたいだけど、あたしは物心ついた頃からずっとここにいるから刺激が欲しいんだよね」


 レイラは変わり映えのしない生活に飽き飽きしていた。元々地上で生活していた世代はここへ来た理由にも納得しており、外の世界のことも知っているため、レイラのような感覚を持つ者は少なかった。



 しかし、レイラはもちろんそれを口に出していない。だが他にも若い世代のなかには外に出られないことに不満を持つ者も少なくなかった。


「でもさ、そんな刺激なんてそうそうあるもんじゃないんだよね。大体外から来た客なんて、あたしの覚えてる限りあんたたち以外に見たことないもん」


 事実、古龍などの竜種や蒼太たち以外ではここ数百年の間、ここを訪れるものはいなかった。


「なるほどな、それで好奇心を抑えられなかったってわけか。悪く言えば退屈を紛らわせたい、と」


「むー、それでもいいじゃないか。大体さ普段だったら神殿に近寄っただけで大目玉なんだ、こんな機会でもないと行くことなんてできないんだよ」


 思わず膨れるレイラだった。



「いや、別に悪くはないさ。俺たちが旅に出ているのもそういった好奇心や興味とかが根本にあるからな」


「ですです」


 ディーナも蒼太の意見に同意する。


「ただ、やり方が少しばかり強引だっただけだな。それも別に構わないが……せめて普通にドアから入ってきたほうがよかったかもな」


「だよねえ……勢いで乗り切ったけど、あれはちょっとやっちゃたなあと今になって思うよ」


 ガインの怒った顔を思い出し、レイラは反省していた。



「それだけ気持ちが強かったってことですよ! 次からはやり方に気をつければいいだけです」


 ディーナは戦いを通じてなのか、どうやらレイラのことを気に入ったらしくフォローを入れていた。


「ディーナ! いや、姐さんと呼ばせてくれ! ありがとう!」


 レイラはそう言って手をとったが、さっきまで仲良くしようと思っていたディーナの表情は微妙なものへと変化していた。


「ね、姐さん? ど、どういうことですか?」


 ディーナは不思議なことを言われたため、どもってしまう。



「えっ? 姐さんは姐さんだよ! あたしがあそこまで手も足も出なかった相手なんて初めてだよ。大人でもあそこまで強い人はいなかった……それに、美人で優しいときたら尊敬するしかないでしょ! だから姐さんだよ!」


 ディーナはとりあえず褒められていることが伝わったため、頬を赤く染めていた。


「あ、ありがとうございます。で、でも姐さんは辞めてください、なんか恥ずかしいです。ディーナでお願いします」


 今度はレイラが不満を顔に表していた。


「えー? いいじゃないか。姐さんはもう姐さんなんだからさあ」


 子供のような理屈にディーナは困ってしまい、蒼太へと視線を送り助けてを求めた。蒼太は前を向いていたが、後頭部に突き刺さる視線を感じたため、助け舟を出すことにする。



「そのへんで止めておけ、ディーナが嫌がってるだろ。なんだったら戻って別のやつについてきてもらってもいいんだぞ?」


「そ、それ言うのずるいよ。もう、わかったよ……じゃあディーナさんにするよ。あんたはソータでいいよね」


「勝手にしてくれ」


 蒼太は何も気にしていなかったらしく、そう返したがディーナはそれを流すことができないでいた。


「レイラさん」


「ん? なあにディーナさん。ってか、あたしのことは呼び捨てでいいよ」


 ディーナが怒っていることに気づいていないレイラは無邪気にそう言ったが、ディーナの目を見た瞬間身体が硬直する。



「レイラさん、あなたは私に負けましたよね?」


 ディーナが目を見つめて言ってくるため、レイラも目を離せずすごい勢いで何度も頷いている。


「ソータさんは、そんな私よりも遥かに強いです。それなのに、あなたはそんな態度をソータさんに取り続けるんですか?」


 ここにきて何を失敗したのかわかったレイラは、思いっきり首を横に振った。


「し、しない! しないです! すいませんでした!!」


「よろしい、それでは呼び方は?」


「そ、ソータさんと呼ばせてもらいます!」


 にっこりと質問するディーナにレイラは敬語で返事をする。



「はい、よろしい。あっ、敬語は使わなくて構わないですよ。今までの話し方でどうぞ」


「は、はい。じゃなく、う、うん」


 ディーナの許しを得たレイラは、緊張から開放されて大きく肩を落として息を吐いた。


「でぃ、ディーナさん怖すぎだよ!」


 そう叫んだがディーナは微笑みを返すだけだった。



「ってか、ソータさんそんなに強いの? 今度お手合わせを……できるくらい強くなったらよろしく!」


 レイラは途中まで言ってから身の程知らずという言葉が頭に浮かんだため、少し言葉を弱めた。


「あぁ、構わないが……まずはディーナに勝てるくらいになってからだな。あの戦い振りじゃ俺と戦っても仕方ない」


「ソータさんは、すごく強いから仕方ないです」


 ディーナは妄信的に言っているわけではなく、過去に見た戦いからその実力を分析していた。



「すっごいなあ。ディーナさんが言うくらいだから……もしかして、じいちゃんのお兄さんより強かったり?」


 蒼太の実力を比較する対象に千年前に命を失った竜人族の勇者レジナードを提示した。


「レジナードと俺か……どうだろうな? 俺の力はあの時より強くなっているから正確にはわからんが、旅の後半の組み手の時は大体引き分けだった気がする。あとはどっちかが勝っても次は反対に負けるって感じだったよ」


 実感のこもったその言葉にレイラは目を開いて感動していた。

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