第132話



「しかし、あの衛兵は仕事のできるやつだったな。まさか、先に手を回してくれていたとは」


 馬上の蒼太が隣の二人へと話しかける。


「そうですね、将軍候補とまで言われることはあります。礼儀正しかったですし」


 ディーナも蒼太の意見に同意して頷いていた。


「俺は軽く話を聞いただけだからよくわからんが、とりあえず帰りも馬に乗れて助かったよ」



 検問所を後にしようとした三人へ衛兵は馬を準備していた。本来であればこのような対応をすることはありえなかった。しかし、衛兵は蒼太たちの可能性を感じとっていたことと、勇者の孫がいることから異例の対応をとることにした。


 もちろんその裏側は蒼太たちに話すことはなく、大変だから馬を使うといい、程度に留めていた。



「とりあえず戻ったら、さっそく武器を作りたいんだが大丈夫か?」


「あぁ、洞窟の戦いであの刀だったか? は壊れたんだったな。戻ったらできるだけ早く作業にとりかかろう」


 蒼太が新たな自分の武器を求める気持ちをアントガルは理解しており、返事をしてからは戻ってからどう動くか早速ぶつぶつ言いながら考え始めていた。


「十六夜に変わる、いえ越える刀が創れるといいですね!」


「あぁ、創ってみせるさ……」


 蒼太は強い決意を持ってディーナに答える。その顔を見てディーナは自然と笑顔になっていた。


「ふふっ、昔もそんな顔して色々と作ってましたね」


「そ、そうか?」


 そんな顔と言われてもよくわからなかった蒼太は自分の顔を右手で触りながらディーナに尋ねた。その様子がおかしかったのかディーナはくすくすと笑いが止まらない様子だった。




アントガルの工房



 国の入り口で事情を伝え、馬を返却すると真っすぐ工房へと戻ってきた。アントガルは戻るやいなや、道具の確認や武器の作成に必要な金属などの準備にとりかかっていた。更に竜鉄が今回のメインの金属になるため、鉱石から金属を取り出す作業の準備も行っていた。


 蒼太はアントガルの指示に従って、竜鉄の鉱石を取り出し工房の作業スペースへ置いていく。ディーナはいつでも休憩がとれるように食事の準備を始める。



「あー、あれだな。今日は金属を取り出す作業のみで終わりそうだから、あんたは休んでもらっていいぞ。この作業だけなら俺一人でもできるからな」


「大丈夫か? ただでさえ一日で二度ぶっ倒れてるんだ、単純作業なら俺も手伝うぞ」


 蒼太の提案にアントガルは首を横に振った。


「ここは俺の工房だ、俺が責任持ってやらせてもらう。あんたには明日の作業から手伝ってもらおう」


「……そこまで言うなら頼んだ。何かあれば呼んでくれ」


 すっかり職人の顔つきになったアントガルは強固な姿勢をとっていたため、潔く蒼太は引き下がることにする。アントガルは十六夜が壊れることになった原因の一端が自分にあると考えており、更には採掘後に倒れたのを運んでもらったことも聞いていたため、この作業を一人で行うことはせめてもの矜持だった。



 蒼太がダイニングルームに戻ると、ディーナが夕食の準備を終えて食事を運んでいるところだった。


「あ、ソータさん終わったんですか?」


 ディーナは蒼太に気づいてその手を止めた。


「あぁ、今日は鉱石から金属を取り出す作業で終わりだそうだ。俺の手伝いはいらないとさ」


 肩をすくめながら蒼太は席についた。


「それじゃあ、その作業が本格化する前に夕食にしましょうか。始まったらなかなか食べられないでしょうから」


 ディーナはアントガルを呼びに行くために工房へ向かう。



 しばらくすると、困ったような笑顔のディーナだけが戻ってきた。


「アントガルさんは、少ししてから来るそうなので先に食べていいそうです」


「そうか……まぁ、あまりに遅かったらまた声をかければいいだろ。あいつの言葉通り先に食おう」


 色々あったおかげで蒼太も空腹だったため、それ以上アントガルを待つ気はなかった。


「はい、スープをよそってきますね」


 ディーナはキッチンからスープをよそった皿を二人分持ってくる。それを各々の前に置くことで今日の食事の準備が完了した。



「それでは、いただきます」


「はい、いただきます」


 二人は先に夕食をとり始める。ディーナの今日の料理はサラダにパンとスープ、それとボアのカツレツだった。カツに合わせたソースを彼女は自作しており、それはとてもカツによくあっていた。一口食べると、ざくざくと衣が音をたて中から肉汁があふれ出る。肉汁とソースが絡むことで、更に一段上の味わいをかもし出していた。


「うまい! 今まで食べたカツの中でも一番かもしれない!」


「ありがとうございます、自画自賛になりますが思ってたより美味しくできました」


 ディーナは冷静を保とうとしたが、褒められたことで頬が少し赤く染まり喜びが顔に表れていた。


 蒼太は次にサラダに手をつけるが、こちらのドレッシングもオリジナルソースがかかっており、野菜の味をうまく引き立てていた。また、サラダにはクルトンが散らされており、食感の面でも楽しむことができる一品だった。



 最初のうまいという発言以降、無言で次々に箸を進めていく蒼太を幸せそうな笑顔でディーナはみていた。蒼太が次々に自分の皿の料理を腹に収めているとアントガルがやってくる。


「おー、うまそうだ。遅くなって悪かった、一通りの準備を終えたからあとは作業に入るだけだ。おそらく明日には武器を創れるぞ」


 そう言うとアントガルは席につき、食事を始める。ディーナはキッチンへと向かい、アントガルのスープをよそって戻ってくる。


「お、ありがとう……うめー!!」


 アントガルは見た目の通りの豪快さで次々に料理を平らげていった。その勢いは蒼太以上であり、ディーナが空になったパン籠に慌ててパンを補充するほどだった。



「いやぁ、美味かった。一人だと適当なものしか食わんから食事を作ってもらえるのは助かる! ありがとう!!」


 膨れた腹をさすりながらアントガルはディーナへと礼を言った。


「いいんです、アントガルさんにはソータさんの武器を創るという使命があるんですから、しっかり食べてがんばってもらわないと!」


「おう! 俺たちならきっといい刀が創れるはずだ。さて、それじゃ金属の抽出を片付けてくるか。夕飯ありがとな!」


 アントガルは気合を入れなおし、また工房へと向かった。



「ディーナの作るメシは美味いから、いい発奮材料になったみたいだな」


「お役に立てたみたいで良かったです。それじゃ私は片づけをしますね」


 そう言って空いた皿を流し台に運び、蒼太は席についたままその後姿を見送る。蒼太から見えないところで彼女の顔は自然と綻んでいた。

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