第104話



書庫には普段は司書はおらず、たまに誰かが来ても新しく所蔵する本を運び込む作業程度だった。そのため、書庫にある本は分類などはされておらず、ただただ本棚に並べられているだけだった。また、本棚に収納しきれないものは箱に入れたままであったり、酷いものでは平積みにされているものまであった。


「少し蔵書の整理が必要って言ってたよな……」


「言ってましたね……」


少し奥に進んだ二人は思っていた以上に雑然としていることに呆れていた。



蒼太はこの惨状を見て、亜空庫に収納しての並び替えを考えた。しかし、ジャンル分けすることができないため結局全て確認する必要があり、並べ替えたものを本棚に収納しなおす手間を考えるとこの方法は保留することになった。


「ディーナ、とりあえずこの辺りにスペースを作って読み終わった本はここに置いていくようにしよう」


「あ、そうですね。分けておかないとわからなくなっちゃいますよね」


蒼太がスペースを作ろうと本を持ち上げると、それをディーナは受け取り別の場所へと移動させていく。本が片付くと、そこに大き目の空の箱を置いた。



「こんなもんでいいか。ディーナ確認終わったらこの箱に順次入れていこう。グレヴィンの本以外でも必要そうだったり読みたいと思ったものは俺に渡してくれ、亜空庫にしまっておくから」


「わかりました。でも、長老さんの本以外にも手をだしていいんですか?」


ディーナは少し心配そうな顔をして蒼太に尋ねた。


「いいんだよ、俺が出した条件は『俺が必要な本をくれ』というものだ。グレヴィンの本をくれ、とは一言も言っていない」


「なるほど、確かにあの時交わした書類にもそんな風に書いてあったような……」


「というわけだから、気に入った本はどんどん俺に渡してくれ。ただ、読まないような本まで渡すのはやめてくれよ?」


「はーい、じゃあ私はあっちの奥の方から見てきますね」


「じゃあ、俺は手前から見ていくよ」


二手に分かれて、それぞれの棚をみていくことにした。



書庫の本は雑多に並べられており、難しい専門書の隣に子供向けの絵本などが並んでいたりもした。


「一体どういう基準で所蔵されているんだろうか……?」


それらの本をパラパラとめくり、必要ないと判断したものを先程作ったスペースへ置いていく。中には小説なども並んでおり、蒼太はそれらのシリーズを亜空庫へと格納していく。


ディーナも何冊か確認すると、それを空きスペースへと運び、気に入った本を蒼太へと渡していく。そのどれもグレヴィン著ではなく、単純にディーナが興味を持ったものだけだった。



しばらくその作業を続けていたが、昼を知らせる鐘が鳴り響いたため二人は作業を中断することにした。



部屋を出ると、廊下の向こうからルードレッドの姿が見えた。


「あ、お二人とも出てきましたか。昼の鐘が鳴りましたので休憩の声かけに伺うところでしたよ」


蒼太とディーナはわざわざそんな声かけに来るルードレッドに対して、暇なのかな? と疑問を持っていた。


「……一応言っておきますが、別に暇というわけではありませんからね。鍵を預かっているのが私なのでその責任を果たしているのと、私にも休憩時間というものはありますので。よろしければお二人も城の食堂で召し上がりませんか?」


蒼太とディーナは顔を見合わせた。二人はアイコンタクトで意思を確認していた。



「申し出はありがたいが、遠慮しておくよ。この街にお気に入りの店があるんでな」


蒼太の言葉にディーナも深く頷いている。


「ほほう、城の食堂を蹴ってまで行きたい店というのには興味をそそられますね」


ルードレッドは目を輝かせていた。


「じゃぁ、一緒に行ってみるか? 城からは少し離れているから、大臣さんが都合をつけられるならだが……」


「行きましょう!」


ルードレッドは蒼太の言葉にやや食い気味で反応する。


「城門でお待ち下さい、私は外出することを伝えてきますので」


そう言うと、ルードレッドは蒼太の反応を待たずに足早にその場を立ち去った。



「す、すごい食いつきでしたね」


「まさか、あんなに乗り気になるとは……」


二人は唖然としてルードレッドの背中を見送った。




城門で待っていると、ほどなくしてルードレッドがやってきた。いつもの文官としての服装ではなく、動きやすい私服に着替え、帽子を被ることで顔を隠していた。


「お待たせしました、色々と指示を出すことがあったので遅れてしまいました」


「構わない、どうせいつ行っても空いているからな」


「……その店、大丈夫なんですか?」


過大ともいえる期待を胸に都合をつけたルードレッドは蒼太の言葉に不安を覚えた。



「大丈夫です! わかりづらい場所にあるから人が来ていないだけで、とっても美味しいですから!!」


ディーナは握りこぶしを作り、熱弁をふるう。


「わ、わかりました。信じますから」


ルードレッドは、ディーナの熱意に押されてしまう。


「とりあえず食えばわかるさ、まずは店へ向かうことにしよう」



街中を歩いている内は何事も無かったが、路地裏の入り組んだ道に差し掛かるとルードレッドの表情は冴えなくなっていた。


「念のため確認しますが、道あってるんですよね?」


「大丈夫だ」


蒼太はそっけなくそれだけ返し、その歩みを進めていく。



何度目かの路地を曲がったところで蒼太はその足を止めた。


「ここだ」


蒼太とディーナにはお馴染みの、ルードレッドにとっては初めての店の前へとたどり着いていた。


「……ここが」


蒼太が扉を開け中に入っていき、二人はそれに続いていく。



「いらっしゃ……あらあら、今日は大臣様までいらしたんですか」


帽子をとったルードレッドの顔を見てゾフィは少し驚いた表情を見せた。


「あぁ、俺達が行く店に興味があると言うんで連れてきてみたんだ」


「へー、国の重鎮とお知り合いだなんて、お二人は顔が広いんですね。あ、お好きな席にどうぞ」


しかし、それも一瞬ですぐにいつものゾフィに戻っていた。



席につくとルードレッドはメニューを開くが、蒼太とディーナがメニューに目もくれないことに疑問を持つ。


「お二人はメニューを見ないんですか?」


「私達二人はいつも同じものを頼みますので」


「ほほう、なら私もお二人のお勧めにしましょうか。一体どの料理なんですか?」


その問いに対する二人の声は、示し合わせていないにも関わらず綺麗にハモっていた。


「「シェフのお勧め!!」」

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