第91話
蒼太が闘技場周辺の露店を見て回っていると、ディーナがやってきた。
「ソータさーん! はぁはぁ、やっと見つかった」
ディーナは息を切らしながら、蒼太の下へとやってきた。
「おー、ディーナか。よかった、別行動だったからどう探そうかと思ってたんだよ。そっちから見つけてくれて助かった」
蒼太からは探そうというそぶりを感じられなかったが、ディーナは気にしていなかった。
「なかなか見つからないから、もしかして宿に戻ったのかとも思ったんですけど」
「悪い、待ち合わせ場所くらい決めておけばよかったな。俺のほうもディーナがどこに行くか聞いてなかったから、とりあえずぶらぶらしてたからな」
蒼太はそう言うと、軽く頭を下げた。
「ううん、いいんですよ。探してる時は見つかるか不安だったけど、見つかった時はすごく嬉しかったから」
そう言ったディーナの屈託のない笑顔に蒼太は顔を赤くした。
「さ、さぁ、ここにずっといても仕方ないからどこかでメシでも食おうか」
赤くなった自分に気づいた蒼太は話を逸らして、やや足早に移動しようとした。
「あ、待ってください」
ディーナは遅れまいと蒼太の後に続くがその表情は変わらず笑顔だった。蒼太は小走りになったディーナに気づき、彼女に合わせて歩く速度を少し落とした。
時間帯が昼時なため、どこの店も混んでおり行列に辟易とした二人はそれらの店を回避し、空いている店を捜し求め路地裏へと入っていった。
しばらく進むと人気も少なくなり、昼間なのに日が差さず暗い道を進んでいくと一軒の店へとたどり着いた。店の風貌は決してお洒落とは言えず、どこか古臭い雰囲気だったが、蒼太はなぜかこの店に惹かれるものがあった。それはディーナも同じようだった。蒼太に顔を見られたディーナは大きく頷いていた。
「入ろう、か」
「はい」
二人は言葉少なに、のれんをくぐり店の中へと入っていった。
店の中へ入ると、外観同様古臭さはあるもの掃除が行き届いており清潔感が感じられた。
「いらっしゃいませ、お二人ですか?」
出迎えたのは女性の店員だった。彼女は少し背が高く、耳の特徴からおそらく熊の獣人であることが伺えた。
「あぁ、すぐに座れるか?」
蒼太は一応聞いたが、客は蒼太達以外はいないようだった。
「はい、ご覧の通り他にお客様もいませんので、お好きな席にどうぞ」
やや苦笑しながら彼女は答えた。
蒼太とディーナが手近な席に座ると、彼女は水とメニューを持ってきた。
「メニューをどうぞ、本日のシェフのおすすめ料理はハニーバードのシチューセットになっています」
ハニーバードとは、旨みの強い鳥でダチョウくらいの大きさをしておりその走る速さから、捕獲難易度は高いため安定した素材供給は難しいといわれている。蒼太は以前のたびの最中に食べたことがあるが、今思い出しても涎が出そうになるほどの味だった。
「それで!」
蒼太が間髪いれずに頼むのを見て、ディーナも蒼太に倣うことにする。
「じゃあ、私も同じのをお願いします!」
女性店員は二人の言葉に笑顔になった。
「はい、シェフのお勧めを二つですね。承りました」
復唱すると、彼女は厨房へと向かっていった。
「あなたー、今日のおすすめ二つお願いねー」
「あいよー」
蒼太はその返事に聞き覚えがあったため一瞬驚いた顔をしたが、こんなところにいるはずがないと思いなおし表情を整える。ディーナも同じだったようで、首を傾げていた。
「なぁ、さっきの声」
「ですよね」
それだけの言葉で二人の意思疎通は完了していた。
座ったまま、見る角度を変えて何とか厨房が見えないかと二人は動いてみたが奥の方で作業をしており、全く様子は伺えなかった。結果、二人は怪しい動きをしているように見えてしまったが、他に客はいないのでそれを指摘する者もいなかった。
しばらくすると、女性店員が料理を運んできた。
「はい、お待たせしました。ハニーバードのシチューセットになります、以上でご注文の品はおそろいでしょうか?」
「あぁ、これで全部だ」
「熱いので気をつけて召し上がって下さい、それでは失礼します」
女性店員はそう言うと、厨房の前に戻りそこで待機していた。
「さて、食べてみるか」
「ですね」
「「いただきます」」
手を合わせてから、食事を始める。
「ん!?」
「んん!?」
二人が一口食べた瞬間、驚きと幸せが舌を包んでいた。
まず一つ目に驚きとして、この料理からどこかで食べたことがある懐かしさを感じていた。二つ目にその懐かしい味と共通する部分を持っていたが、それよりも美味かった。そしてそれが幸せの理由でもあった。
「美味い!!」
「美味しいです!!」
二人の手は止まることなく、シチューがどんどん口に運ばれていく。ハニーバード自体からの旨み、それにシチューが絡み合いその旨みを更に引き出していた。走り回っているハニーバードは旨みが強いものの肉質は固いはずであったが、これは口にいれた瞬間ほろりとほどけるような柔らかさをしているのも感動の原因の一つであった。蒼太が以前食べたものは、塩をふっただけの焼き鳥風で味はよかったが筋張った固さが残っていた。しかしこのシチューからはそれが全く感じられなかった。
セットについているサラダも、野菜の味を引きたてるようなドレッシングがかかっており、そちらも絶品だった。またパンも柔らかく、それ単品で食べても十分一品として成り立つが、シチューにつけることでより一層美味しく感じられていた。
「これはすごいな。なぜ俺達以外に客がいないか理解できん」
「こんなに美味しい店、そうそうないですよ」
水を注ぎに来た女性店員の耳にそれが聞こえ、彼女は苦笑まじりで蒼太達に話しかける。
「そうなんです、あの人の作る料理の味はいいんですけど、店構えと立地が悪いみたいでなかなかお客さんが来ないんですよ」
確かにこの場所に来るまで、いくつかの路地を曲がっており、更にその奥の奥にあったため自分達でもよく見つけたもんだと思うような立地だった。
「確かに、味は超一流だが俺達もここまでたどり着いたのが奇跡みたいなもんだったからな」
「そうですね、宿に戻って一人でまたここに来いって言われても来れないかもしれないです」
二人の言葉に彼女は肩を落とした。
「ですよねえ、何かいい手があればいいんですけど」
そんな話をしていると、厨房からシェフが姿を現した。
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