第92話

「少なくても俺の料理を食って、美味いと言ってくれる客がいるから今のままで十分だ」


 現れたシェフは、白のコックコートを身にまとった虎族の獣人だった。


「また、あなたはそんなことを言ってー」


 女性店員はシェフのその言葉が不満なようだった。



「あー、全然話は変わるんだけど……あんた、ゴルドンっていう親戚はいないか?」


 シェフの姿を見た蒼太は、真っ先にその質問をした。その理由はトゥーラの宿のシェフとそっくりな声・顔をしていたからだった。


「ん? 弟のことを知ってるのか?」


「弟!!? ゴルドンさんの兄貴だったのか、そりゃ美味いはずだ……」


 蒼太は自分でも思った以上に大きな声が出てしまったため、後半は絞った声になった。



「あいつもちゃんと料理を作ってるようだな、安心した」


「は、はい、宿にある食堂の厨房で料理なさってます。繁盛していました」


 ディーナの言葉にシェフと女性店員は満足そうな顔で頷いていた。


「うむうむ、それなら安心だ。あいつは無愛想だから料理人になると言い出した時は不安しかなかったんだが……まぁ、ミルファーナとミリがいるから大丈夫だろうな」


 シェフの顔は懐かしい風景を思い出し頬が緩んでいた。



「弟のとこの客なら、歓迎しないわけにはいかないな。好きなものを頼んでくれ、料金はいらない」


 シェフは上機嫌でそう言い、女性店員は手で顔を覆った。


「全くあなたはそういうことを言う、まぁゴルドンのとこのお客様なら丁重におもてなしするのはいいけどね……」


「あー、金ならちゃんと払うから気にしないでくれていいぞ」


 蒼太はかきいれどきに自分達以外いない店内をチラリと見ながらそう言った。



「はっはっは、店のことなら心配しなくていい。道楽でやってるようなもんでな、お前さん達みたいに時々くる客に喜んでもらえるだけ俺は満足なんだよ」


「はぁ、本当は儲けも出て欲しいところなんだけどね……ゴルドン達と同じで私達も元冒険者で、その時の稼ぎのおかげで一応は働かなくても残りの人生生きていけるから、道楽といえば道楽なのよ。だから遠慮しないでいいのよ」


 シェフは豪快な笑顔で、女性店員は苦笑といった様子だったが、蒼太達を歓迎する気持ちは一緒だった。


「まぁ、そう言ってくれるなら……材料が余ってるならハニーバードを使った別の料理を食べてみたい」


 蒼太はあの味にはまってしまったため、別の料理方法でも食べてみたいと思っていた。


「じゃぁ、私は何かデザートが食べたいです」


 ディーナは満腹になっていたため、締めのデザートを希望した。



「はいよ! ほら、デザートはお前の担当だろ。いくぞ」


「はいはい、じゃあちょっと待っていてね」


 二人は厨房に戻っていく。


「獣人の国とはいえ、ここまでピンポイントで知り合いの家族に会うとはな……」


「びっくりしました。ゴルドンさんに似てるし、料理もすごく美味しいし、なんか色々……」


 蒼太とディーナはそれぞれの感想を口にしていた。



 シェフはゴルドンに良く似た顔だったが表情は豊かでその分愛想があるように見えた。体格はゴルドンを一回り大きくしたくらいの大きさで存在感も強かった。元冒険者という言葉通り、筋肉質なその肉体は普段着で歩いていたら誰も料理人だとは思わないだろう。


 蒼太とディーナは店の二人と少し打ち解けたことから、席から立ち上がり少し厨房を覗いてみた。すると調理中のシェフと目が会ったが、シェフは笑顔を見せるとすぐ調理に戻り、覗きにきた蒼太達を咎めることはなかった。



 二人の手際は鮮やかで、流れるように料理が作られていく。盛り付けにも手を抜かず丁寧な仕事をしているのが見て取れた。しばらく覗いていたが、蒼太達は満足すると再度席につき、料理が運ばれてくるのを待つことにした。


 それから更に待つこと十分ほどで二人の前に料理が運ばれてきた。



「お待たせしました。こちらハニーバードのソテー、オリジナルソースがけにハーブを添えたものになります。こちらはデザートで、四種のベリーを使ったデザートピザになります」


 二人はテーブルに並べられた料理に目を奪われていた。


「どちらもナイフとフォークを使ってお召し上がり下さい」


 新しいナイフとフォークが用意されていたため、それを使い料理を口に運んでいく。



「こ、これは。シチューならわかるが、ソテーしたもので何でこんなに肉が柔らかいんだ?」


 疑問を口にしながら、蒼太の手は止まらなかった。


「はふはふ、熱々だけど美味しい。上に乗ってるアイスが熱くなった舌を冷やしてくれて、そこから口に広がる甘さが上品で、すごく美味しいです!」


 蒼太達の食事風景を見ていた二人は、その反応に満足そうな笑顔を浮かべていた。



「それだけ美味そうに食ってくれると、こっちも作りがいがあるってもんだ」


「うふふ、ほんとそうね」


「いや、ほんと美味いよ。店がわかりづらすぎるのがもったいない」


 蒼太の言葉にシェフはにやりと笑った。


「かなり気に入ってくれたみたいで嬉しい。だがまぁさっき言ったように自己満足でやっているからな。何人かの固定客とあんたらみたいにたまに新しい客が来るくらいで十分だ」


 そう言ったシェフの顔は満足そうな笑顔が浮かんでいた。



「ソータさん、この国にいる間は私達が固定客になりましょうよ」


「そうだな、少なくとも大会が終わるまではいるからその間はここに通うことにしよう」


 ディーナの言葉に蒼太は同意し頷いた。


「お、兄ちゃんたちも武闘大会目当ての旅人か。もしかして……参加するのかい?」


「いや、俺達は観光だ。知り合いが昔参加したことがあって、その話を聞いて興味を持ったから来てみたんだ」


 シェフは何か考えるようなしぐさをする。



「ふーむ、あんたらならどっちもいいとこまでいきそうだと思ったんだが……まぁ、参加しないなら仕方ない。まぁ見るだけでも面白いだろうから楽しんでいってくれ」



 その後は過去にシェフが参加した時の話などを聞き、日が落ちるまで盛り上がった。しかし、その間新規の客が来ることはなかった……。

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