第89話



「出場するからには、優勝が前提だな」


「はい!」


 ディーナはやる気を見せた蒼太の言葉に喜びを見せ、大きく頷いた。


「それには、まず……」


「まず?」


「登録をしてこないとだな」


「ですね!」


 蒼太の言葉一つ一つに大きく反応するディーナに、蒼太は自然と笑顔になっていた。


「とりあえず、装備を決めるのと仮面を準備するのに宿に戻ろうか」


「はい!」


 自分の望みどおりに蒼太が武闘大会に出ることになったのがよほど嬉しかったのか城を出てからずっとディーナのテンションは高いままだった。



 ★


 宿、蒼太の部屋



 蒼太とディーナはベッドに隣り合って座っていた、


「さて、装備だが俺が普段使っているものは除外するとして……何がいいか」


 蒼太は亜空庫にアクセスし、腕を組みながら一覧を眺める。ディーナにも見えるように一覧を表示しているタブレットは具現化していた。


「これが武器一覧になるが、どれがいいと思う?」


 蒼太はどれでもいいと思っていたため、判断をディーナに委ねた。


「うーん、そうですね……やっぱり見栄えがよくて、それでいて使い勝手もよくて、やっぱり強いのがいいです」


 ディーナは名前だけでは判断がつかないので、ざっくりとしたイメージだけを蒼太に伝えた。



「それなら、これとかどうだ?」


 蒼太は一覧から一つを選び取り出した。それは水の魔力を宿していて、刀身がやや波打っているように見えた。柄頭は水の精霊をイメージしたデザインになっている。


「わぁ、すっごい綺麗ですね」


 ディーナは蒼太が取り出したその剣に見惚れていた。



「これは、魔力を通すとこうになる」


 蒼太が魔力を込めると、刀身が水で出来た紐のようなものを纏う。と、次の瞬間にはその紐が剣先に集まり水の玉になる。


「魔力を通すだけで、魔法自体を使えなくてもこうやって水の力を使うことができるんだ」


「すごいです! こんな武器持ってたんですね、なんていう名前の剣なんですか?」


 蒼太はディーナの質問に口を閉じ、考え込んでしまった。


「えっと、変わった名前なんですか?」


「あー、いや名前決めてなかったなあと思ってな。これは俺が初めて一人で作った武器なんだ、もっと強い武器を持ってたから結局実戦ではほとんど使わなかったけどな」


 ディーナは蒼太の言葉に目を見開いて驚いた。



「これ、ソータさんが作ったんですか? すごい!!」


「なんだったら、ディーナが名づけてくれていいぞ。俺の大会中の相棒になるこの武器に」


 ディーナは口元に指をあて、しばらく悩んだ。


「アンダイン、っていうのはどうでしょうか?」


「アンダインか……」


 蒼太は剣に向け、その名前をつぶやくと剣を亜空庫にしまった。



「ディーナ、見てみろ」


 亜空庫の一覧をディーナに見せると、先程の武器に名前がついていた。


「えっ? 今ので名前がついたってことですか?」


「そうだ。だが、ただ名前がついたわけじゃない。あの剣がその名前を受け入れたからこそついたんだ」


 ディーナは自分のつけた名前が剣に受け入れられたことで、胸が熱くなるのを感じた。



「なんか、なんかすごく嬉しいです!」


 ディーナは身体を揺らしながら喜びを表していた。


「そんなに喜んでくれるとはな、大会が終わったらこの剣はディーナが使うといい」


「ほんとですか!」


 ディーナはベッドから立ち上がると、ぴょんぴょんと跳ね回って全身で喜びを表現していた。



「さて、防具は適当でいいか……マントはこれで、一応中にも何か装備をっと、それから靴はこれでいいか、篭手もあったほうがそれっぽいよな」


 一覧から、隠遁能力の高い夢幻のマント、胸当ては黒く染色されたミスリルプレートを、素早く動けるように風属性の靴、そして防御力も期待できる魔鉄の篭手を選んだ。


「あとは、仮面はこれだな」


 それは灰色のマスクだった。仮面と口にした時、一番にこれを思い出したため安直ながらグレイと名前にすることに決めていた。



 取り出した装備を身につけ、更に念のため偽装の腕輪を身につけた。


「ふわー、これならソータさんと同一人物ってわからないですね」


 その答えに満足した蒼太は、装備を外し変装用装備フォルダへと格納した。


「どこか人気のないとこで着替えてから受付に行かないとだな。とりあえず一緒にいると俺だとばれる可能性があるから、ここからは別行動で行こう」


 蒼太が立ち上がると、ディーナも続く。


「わかりました、それじゃあ私は参加者の情報集めたりお買い物したりしてますね」


「あぁ、日が落ちる前に宿で落ち合うことにしよう」


 宿を出た二人は、別の方向へと別れていった。



 蒼太は人気のない路地に入り、気配がないことを確認し先程の装備へと着替えると、闘技場の受付へとまっすぐ向かった。


 仮面をしていることで怪しいものを見るかのような視線も時々あったが、ほとんどは祭りの仮装や冒険者の装備だろうと判断され気にも留めなかった。



「個人戦の参加の登録をしてもらいたい」


「はい、武闘王部門ですね。こちらの書類に記載をお願いします」


 仮面をつけたままの蒼太に対してそのことには何も触れず、書類を書くようにだけ受付の女性は言った。書類といっても、記入欄は少なく名前と職業欄がある程度であった。


「これでいいか?」


「……グレイ様、職業は剣士ですね。あとは参加費が銀貨1枚になります」


 参加費用のことを聞いていなかった蒼太は、一瞬面を食らったが銀貨をポケットから取り出し渡した。


「はい、これで登録完了です。それと、こちらが参加証になりますのでなくさないでください」


 受付嬢は一枚の札を蒼太に渡した。



「あとであちらの掲示板に名前のプレートを掲示しておきますね。予選は一週間後になります、朝九時から開会式がありますので、それまでには控え室に来るようお願いします。控え室はこちらに来ていただければ案内しますので」


「わかった、よろしく頼む」


 蒼太こと、グレイは軽く頭を下げるとその場を後にした。



 受付嬢は最後まで仮面を外さなかったグレイのことを内心では怪しんでおり、それを上司に報告するが彼に関しての詮索を止めるようにと言われたことでグレイへの不信感が更に高まることとなった。

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