第31話

「きゃぁ!」


 それを見たアイリが叫び声をあげる。


 見ていた周囲の冒険者も、おぉ! っと声を出す。



 拳を受けた蒼太だがその場から一歩も動くことはなく、殴った男のほうが拳をさすっている。


「て、てめえ何しやがった!」


「俺は何もしていない、殴ったお前の拳が弱かっただけだろ?」


「く、くそ! もう一度喰らえ!!」


 男は懲りずに反対の手で殴りつける。



 その拳は今度は蒼太の顔へ届く前に蒼太の手によって防がれる。


 男は渾身の力を込め引きはがそうとするが、拳を掴まれ動くことが出来ない。


「ぐぐぐっ、は、離せ!!」


 蒼太は言われるままに離す。男は急に離されたためバランスを崩し、尻もちをついてしまう。



「何しやがるんだ!!」


「いや、お前が言ったから離したんだが……ほら、掴まれよ」


 男に手を貸そうと右手を差し出し、男は素直にその手を握る。



 自分で立ち上がろうとするが、それを制し、蒼太の力で強引に立ち上がらせる。



 男は仮にもCランクになるだけの実力があり、その握られた手から蒼太の力を感じ取っていた。


 ただ握られているだけなのに、男はその動きを封じられていたからだ。


「それで、どうするんだ? まだやるのか?」


「い、いやもう終わりにしよう。俺の思い違いだったようだ、騒がせてすまなかったな」


「そうか、それならよかった。じゃあ、俺は用があるからこれで行くぞ」


 蒼太はそう言うと掴んでいた手を離し、ギルドを出て行く。



 残された男は呆然とした表情のまま、先ほどまで握られていた自分の右手を閉じたり開いたりして確認している。


 みんなの注目を集めていることに気づくと、周囲に頭を下げる。


「あーっと、みんな騒がせてすまなかった。俺の勘違いだ。アイリさんも騒がせてすまなかったな」


「い、いえ、私は気にしてないんですが……」


 アイリも周囲の観衆達も、騒ぎがあったことより先ほどまであれほどいきり立っていた男がなぜ急におとなしくなったのか、そちらが気になっていた。


 しかし、あまりに不思議に思えた為、誰も彼に聞けずにいた。



 誰かが意を決して男に質問しようとしたその時には、既に男はそそくさとギルドから出て行った後だった。



 蒼太はギルドを出ると真っ直ぐ大図書館へと向かう。


 アイリに聞いた通りにギルドを出て北東へ向かうと、大きな建物があり入り口には『図書館』と書かれている。


 外観は石造りで、窓は小さめのサイズのものがいくつもある。窓から中は見えずカーテンにより日が入らないようにされているようだった。


 人の出入りはあまり多くないようで、図書館に近づくにつれてすれ違う人は減っていった。



 重厚感のある扉を開き、中に入ると本の香りが溢れている。


 見える範囲に無数の本棚があり、二階にも本棚が並んでいるのが見える。


 採光を制限しているが、各所に灯りの魔道具が設置されているため、明るさが保たれている。



 入ってすぐ右手にカウンターがあり、二人の司書が受付をしている。奥には眼鏡をかけた女性が、手前には男性の司書がいる。


 蒼太は、近いほうを選びカウンター前に行く。


「いらっしゃいませ、ご利用は初めてでしょうか? それとも以前のご利用がありますか?」


「いや、今日が初めてだ」


「そうですか。では、当施設の利用説明をさせて頂きます」


 そう言うと、一枚の紙を蒼太に差し出す。



「口頭で説明しますが、忘れたらそちらの紙をご覧下さい」


 蒼太は頷き、用紙を受け取ると司書の話を聞きながら軽く眼を通す。


「まず、保証料ですが金貨一枚となります。特別高価に思われるかもしれませんが、これは図書への損傷が確認された場合の保証金でして、何もなければ返却されます」


 様々な分野での魔道具の使用が広がっているが、印刷・製本に関してはその技術の進歩が遅れており、本は高価なものが多かった。


「次に、図書の貸し出しは行っていないので原則建物内での利用となります。基本的なルールとしてはその二つになります」



 その説明では足りないと思ったのか、隣にいた司書も会話に加わってくる。


「その他、こういう本を探しているとか、これについて詳しい本はないか? など、本について知りたいことなどあれば私達に質問して頂ければお答えします」


 蒼太は鞄から金貨を取り出す。


「まずは、保証金を払おう。それと、各種族の国の情勢が書いてあるような本を探してるんだが……あるか?」


「そうですねぇ……」


 男性司書が目録を捲くっていく。



 それを待っていると、隣の女性司書がメモ紙を蒼太に渡してくる。


「こちらに書物の棚番号とタイトルが書かれています。そちらを読めば求めている情報が手に入るかと思われますので参考にどうぞ」


「あ、ありがとう」


 それを受け取り、ちらりと男性司書に目線を移すと悔しそうな顔で隣を睨んでいる。


「棚は二階に上がって右のほうにあります」


 その視線を気にせずに蒼太への案内を続ける。


「あぁ、ありがとうな。それじゃ、俺は行くよ……まあ元気出せ」



 階段を上り、言われた通り右側の棚を見ていくとすぐにメモにある棚が見つかる。


「えーっと、これとこれと……」


 メモを見ながら、書かれたタイトルの本を手にとっていく。



 本を読み進めていく内に各国の情勢がわかっていく。



 人族領は昔から複数の王国があり覇権を争っていたが、近年は落ち着いているとのこと。


 北の帝国が最も力を持っており、蒼太が召喚されたアーディナル王国は南の小国で戦力的には他国に見劣りする。


 そのため、その存在を示すために一発逆転の手段として勇者召喚を行ったのかもしれない。


 その他にも大小様々な国が存在している。



 獣人族領は、三獣王と呼ばれる三人の王によって統治されている統一国家がある。


 複数の王による一つの国家は珍しいが、それぞれが得意な分野を担当し治めることで隅々まで眼が行き届くらしい。


 また、千年前の戦いより人族のことをよく思っていない者が多かった。


 しかし、先々代の獣王の頃よりその考えは徐々に改められていき、一部では人族嫌いの者もいるが徐々に減ってきている。



 小人族は千年前の戦いで元々皆をまとめていた長老が亡くなってしまい、代理の者では抑えきれなかった。


 そのため今では各地に散らばってしまい、その領土はなくなってしまった。



 ドワーフ族領は帝国の更に北に位置し、鉱山を中心とした街がいくつもあり他国からの買い付けも多い。


 またその種族性から特に他種族との隔たりはなく、来るものは拒まず、去るものは追わずの姿勢で分け隔てなく付き合っている。


 現在も鍛冶に関する技術力では他国は追いつけずにいる。



 竜人族は、千年前の戦いで英雄を失い、それ以来歴史からその姿を消している。



 エルフ族は、勇者を殺されたことで人族を嫌悪するが人族の英雄によって関係改善が図られる。


 しかし、数百年前のいやしの木の乱獲により人族だけでなく他種族とも関係が悪化する。


 元々閉鎖的な種族性を持っていたが、それに輪をかけたかのように他国のやりとりに制限が課せられるようになった。


 だが、中にはその閉鎖性に嫌気がさし国を出ているものも少なからずいた。



 それ以外にも細かい歴史なども書かれていたが、大まかにはこの内容が読み取れた。

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